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第8章 それぞれが歩んだ道
不思議な兄弟関係
しおりを挟む「―――ところでさぁ……」
シアノとの話が落ち着いたところで、アルシードが急に声のトーンを下げた。
「色々と話を盛り上げて〝空気を読め〟って訴えてきたつもりだけど……もう限界!!」
わっと叫んだアルシードは、ずっと自分の肩にかかっていた手を大きく振り払った。
「いつまでくっついてるつもり!? とっくのとうに健康チェックは終わったよね!?」
彼が渾身の睨みを利かせた先には、にこにこ顔のエリクがいる。
「やっぱり、アルシード君は細すぎるなぁ~。しかも、また徹夜したねぇ?」
「ちょっ……また触ってくるなっての!!」
「はい。この処方箋あげるから、とりあえず目を通しながら飲んで。」
「ああ……はい。」
エリクに処方箋を渡されたアルシードは、瞬時に表情を引き締める。
薬のリストをじっくりと眺めながら、エリクに渡されたカプセルを口に放り込んで、これまたエリクに渡された水でそれを飲み込む。
「……あの暗号、今はあの二人で使ってんのか。」
ぽそり、と。
その様子を眺めていたルカが呟く。
言われて処方箋をよく見てみれば、薬の写真こそ本物だが、薬の説明文には支離滅裂な記号や文字が並んでいた。
「ふーん、なるほど……」
エリクから何かしらの情報を受け取ったアルシードは、思案深げに唸った。
それとなく栄養剤を飲まされたことには、おそらく気付いていないと思われる。
「そういや、お前に言ったことあったっけ? 兄さんの中では、アルシードは第二の弟らしいぜ?」
「へ…?」
ルカからこっそりと耳打ちされた言葉に、キリハは目をまんまるにする。
「カルテを見て、一個上だと思ってたアルシードが、実は二個下だったってことに気付いてな。それで〝弟にしちゃう?〟って思ったそうだ。」
「エリクさーん…?」
「そういう目論見があって、宮殿の医療部に転職する時に〝アルシードの主治医にしてくれ〟って条件をつけたんだと。」
「そ、そんなことが……」
「まあ、主治医って堂々と世話を焼けるポジションだもんな。発作がそれなりに落ち着くまでは、ほぼプライベート無視でつきっきりの看病だったらしいぜ。何度オレに〝あのくそうざ兄貴、どうにかならない?〟って相談に来たことか……」
「あー……だからアル、ルルアに来た時はやけに解放感を噛み締めてたんだ。」
アルシードが来るや否や、エリクが体温や脈拍を測ったり、体のラインを確かめたりするものだから、何をしているんだろうと思ったら、そういうことでしたか。
「まあ、でも……それなりに上手くはやってるのかな。なんだかんだ、研究中のアルには割とエリクさんの仕草や口調が移ってるもん。」
「多分な。宮殿でも、兄さんの言うことはすんなりと聞いてるらしい。今みたいに、上手く乗せられてるだけかもしれねぇけどな。他の患者たちも軒並み攻略してるもんだから、兄さんの通り名は〝猛獣使い〟だ。」
「猛獣使い……」
「まあ、あいつには飼い慣らしてるつもりもねぇだろうけどなぁ。」
そこで会話に割り込んできたのはミゲルだ。
「前に飲みに行った時よ、エリクの奴なんて言ってたと思う? 〝いんや~、可愛い可愛い! ツボさえ分かれば、結構素直な子なのよ~♪〟だってよ。アルを素で可愛いって言う奴なんか、あいつ以外にいるか?」
「いねぇな。」
「………」
即答するルカに対し、キリハは無言。
〝俺はそういう人を他に知ってる……〟
気まずげに逸らされた視線は、そんなことを語っているように見えた。
「……って、何をにやにやしてんのさ。」
じっくりと暗号を読み解いたアルシードが、エリクの視線に気付いて眉を寄せる。
すると、エリクの表情が一瞬で笑み崩れた。
「いや、もうさ~。なんでこんなに素直なのに、口からは可愛げのない言葉しか出ないのかなぁ~って。」
「だああぁぁっ!! だから! 所構わずベタベタしてくるのは自重しろって言ってんのが分かんないかなぁ!?」
「素直じゃない弟には、スキンシップが一番ってねー。」
「誰が弟だーっ!! こんなくそうざ兄貴を持った覚えはなーい!!」
「うん。僕が勝手に弟認定してるだけー♪」
「なおうぜえぇぇっ!! あんたの中で、僕は幼稚園児か何かなのかよ!?」
抱きついてくるエリクに四苦八苦するアルシードは、キッと目つきをきつくしてルカを睨む。
「ちょっと、リアル弟!! このくそうざ兄貴、さっさと回収してってくれない!?」
それは、至極全うな注文に思えたが……
「やだ。」
リアル弟、まさかの拒否。
「兄さんは愛が分散している今がちょうどいいから、ぜひともそのまま愛でられていてくれ。おかげでオレ、超・平・穏。めっちゃ快適。よくやった!!」
仕上げとばかりに、ルカはグッドサイン。
それを見せられたアルシードは、カッと顔を赤くした。
「この裏切り者ーっ!!」
「裏切り? オレ、お前と何か約束したっけ?」
「僕が君を規律監査部に突っ込んだ時点で、〝兄貴を回収してほしい〟って意図があるのは明らかでしょうが!?」
「あー、無理無理。あの時点でオレは、お前が兄さんの相手をしてくれてることに味を占めてたからな。回収する気はゼロだったわー。」
「はあ!? 自分のお兄ちゃんを取られて複雑とか、そんな感情はないわけ!?」
「ないない。オレは十分に愛でられたから、満足してんだわ。だから、あとは任せた。」
「だああぁぁ!! あんた、さっさと子供でも作れーっ!!」
最終的に、喚くしかなくなったアルシード。
こんなんでも、これだけ感情的になれるのは、アルシードがそれなりにエリクに気を許している証拠。
あの事件を機に生まれた二人の関係は、アルシードが本格的にルルアに移住した後も長く続くことになる。
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