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第6章 最後の戦いへ
裁きの炎
しおりを挟む「―――……」
岩山を突き破って現れた存在に、その場の誰もが呼吸を奪われた。
レティシアやレクトよりも貫禄がある、白銀色の巨体。
邪魔な岩を振り落とすように広げられた両翼は力強さを感じさせながらも、太陽光を透過するようにきらめく空色の被膜が美しさも感じさせる。
ゆっくりと開かれた瞼の裏から覗いたのは、荘厳さを醸し出す金色の瞳。
皆が息を飲んでその姿を見つめる中―――
――――――ッ
遠くのフィロアにまで届きそうな咆哮が、空気と地面を切り裂いた。
「………っ」
それを聞いたキリハやディアラントたちは、気付かぬうちに身をすくませる。
レクトから離れたレティシアと、地面に降り立ったロイリアは、彼へと静かに頭を垂れた。
――――――これが、ドラゴンの頂点に立つ神竜リュドルフリア。
その存在を目の前にして、格の違いというものを強制的に理解させられる。
文字通り〝神々しさ〟を体現した彼は、そこにいるだけで全ての存在をひれ伏させる威厳を放っていた。
「―――レクト。」
彼は、いの一番にレクトへと声をかけた。
「久しいな。どうせなら、もう少し近くに来るがいい。」
「あ……ああ……」
リュドルフリアに呼ばれたレクトは、ふらふらと彼に近づいていく。
「ああ、リュドルフリアよ…。やはりお前は、そうでなくては…っ。全ての者に傅かれ、その中で凛と佇み、物静かな瞳で全てを見透かす……まさに神竜たるに相応しい……私の神竜…っ」
それはもう、執着であるのか、はたまた妄信なのか……
「……すまないな。我が眠っている間、お前には苦しみを与え続けた。」
「リュドルフリア……ようやく……ようやく分かってくれたのか…?」
歓喜で震えるレクト。
そんな彼を見つめるリュドルフリアは、ただ静かであった。
「レクトよ。お前は今でも、我がお前の唯一であることを望むか? 我にとっての唯一がお前であることを望むか?」
何もかもを悟った声で、リュドルフリアはレクトにそう語りかける。
「ああ、もちろんだとも! そのために私は、なんだってやってきた! なんだって犠牲にしてきたのだ!!」
レクトの答えに迷いはない。
「そうか……」
リュドルフリアはそっと目を閉じた。
沈黙の時間が五秒、十秒と過ぎていく。
やがて、再び目を開いたリュドルフリアは―――
「ならば、レクトよ。―――今この場で、私の炎に焼かれるといい。」
レクトにそう告げた。
「実を言うとな……私は、まだ完璧な神竜ではないのだ。」
「完璧な神竜ではない、だと…?」
リュドルフリアの言葉に、レクトが怪訝そうに唸る。
そんな彼に一つの頷きを返し、リュドルフリアは自身の胸に手を当てた。
「卓越した知識で皆を率い、浄化と裁きの炎をもって安寧を守る、神のごとき竜……知らぬうちにそう謳われるようになった我だが、その中身はとんだ臆病者でな。浄化としてならともかく、裁きとしての炎は使ったことがないのだ。我がこの炎で裁く前に、もっと穏便に解決してほしいと……そう願ってばかりでな。」
そう語るリュドルフリアの声には、深い悲しみが満ちている。
それはまるで、これまでのことを心から後悔しているかのよう。
「だから、レクトよ。お前が、我を完全なる神竜にしておくれ。そうなれば、皆は我をより一層畏れ、我は孤高たる存在になるだろう。そしてお前は―――初めて我に裁かれた者として、永遠に我の中に生き続けることになろう。」
「―――っ!!」
そこで、明らかにレクトの様子が変わった。
「それは……本当か…?」
おそるおそる訊ねたレクトに、リュドルフリアは肯定を示すのみ。
「忘れたくとも……忘れられないだろうな。大事な友を、この手で屠ったのだ。誰と触れ合っていようと、隣にユアンがいようとも……ふとした拍子に、私の心はお前で埋め尽くされるだろう。この命が尽きる、その時まで。」
「………っ」
それを聞いたレクトが全身を震わせる。
彼の返事は―――
「ならば、今すぐに私を焼いてくれ!! 気高き孤高な神竜として、この私に初めての裁きの炎を!!」
一切の迷いなく望む、己の死。
声は感動と興奮で震えながら両手を差し出す姿は、リュドルフリアの炎を今か今かと待ちわびるよう。
そんなレクトを見つめていたリュドルフリアは、一瞬だけ目元を歪めて、すぐに目を閉じた。
「―――さらばだ。我が友よ。」
最後まで物静かな口調を貫き、リュドルフリアはレクトに別れの言葉を告げる。
「待って!!」
その足元に、小さな存在がすがりついたのはその時のこと。
「キリハ……」
レクトには姿が見えないようにリュドルフリアの首の後ろに身を隠していたユアンが、眼下を見て目を見開く。
「俺も……―――俺も一緒にやる!!」
全力で走ってきたキリハは、頭を上げてそう訴えた。
「これで……俺と焔の役目も最後なんでしょ? なら、一緒に……最後まで、この手で終わらさせて。」
この役目は、誰にも代わりをさせずに自分が背負っていく。
一つの命が潰えるその時を、自分が最後まで見届ける。
ユアンやリュドルフリアの因縁とは別に、自分の使命感が体を突き動かした。
彼らの邪魔をするつもりはないけど、せめて同じ場所に立たせてほしいのだ。
「リュード……」
ユアンが小さくリュドルフリアに声をかける。
リュドルフリアは、それに小さく頷いた。
「そうだな。我が分身たる焔も共に役目を果たさねば、完全とは言えぬな。」
厳かさと穏やかさを併せ持つ金色の双眸が、キリハに向けられる。
「我が意志の代弁者たる者よ。焔を構えるがいい。我と共に、彼の者に裁きの炎を。」
その重厚な響きが、全身を揺さぶってくる。
《焔乱舞》を初めて手にした時と同じ―――神託でも受けているかのようだ。
キリハは表情を引き締め、首を縦に振る。
そして、リュドルフリアの足元で《焔乱舞》を構えた。
「さあ、罪深き者よ。お前は我が炎に裁かれることによって、その罪が浄化されるだろう。平伏するがいい。」
リュドルフリアが重々しく告げると、レクトが異を唱えることなく身を低くして地面に伏す。
リュドルフリアの口腔から、炎がチリチリと舞う。
それを見ながら、キリハも《焔乱舞》の炎を大きくしていく。
そして―――紅蓮の二重螺旋が、黒いドラゴンの全てを飲み込んでいった。
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