竜焔の騎士

時雨青葉

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第6章 最後の戦いへ

音のないやり取り

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 それは、暗い洞窟に身を潜めている頃。
 自分もレクトも、日々の疲れから深く眠っている時のことだった。


「……ルカ。」
「………」


「ルカ……ルカ……」
「……ん? シアノ、か…?」


 ぼんやりとした意識。
 その中でも、声変わりを迎える前の高い声は脳裏によく響いた。


「声に出しちゃだめ。父さんが……近くにいるでしょ?」
「………?」


 妙なことを言うものだ。
 レクトが第一のシアノが、彼に話を聞かれることを嫌がるなんて。


 疲れてぼうっとした頭では、何故シアノが自分に声を届けてこられるのか、そんなことを疑問に思う余裕もなかった。


「お前……何かやらかしたのか? レクトも心配してるぞ?」
「………」


 黙り込むシアノ。
 その声が涙ぐむのは、一瞬のことだった。


「お、おい……シアノ?」
「……なさい。」


「は…?」
「ごめんなさい……ごめんなさい…っ」


 唐突な謝罪。
 それに戸惑っていると……




「本当は……全部、ぼくと父さんがやったの…っ」




 そこから、懺悔ざんげのように告げられた真実。
 とんでもない衝撃を受けたし、眠気も疲れも一気に吹き飛んでしまった。


「……なぁ。今、シアノはどこにいるんだ?」


 要領を得ない幼い話を聞き終えた後、静かにそう訊ねる。


「エリクと一緒に……宮殿にいる。みんなにも話した。」


 恐怖で声を震わせながらも、シアノは正直に答えてくれる。


「兄さんは無事か?」


「うん…。ユアンに言われて……リュドルフリアの血を飲んだから、もう父さんに操られることはないって。」


「兄さんは、今何してる?」


「ぼくをずっと抱き締めて……ずっとなでてる。エリクが……ぼくの声も、父さんみたいに聞こえてたって言うから……ルカにも、聞こえるかなって思って……だから……」


「だから、謝りにきてくれたんだな。」


「うん……うん…っ。ごめんなさい……ごめんなさい…っ」


 シアノの泣き声を脳裏で聞きながら、そっと目を閉じる。


(兄さんは……最初から、全て許してたんだな。)


 シアノの話から察するに、エリクはきっと、自分が殺されそうになる前からシアノの介入を知っていたのだ。


 それでも彼は、シアノを許そうと決めていた。


 そうじゃなきゃ、自分と一緒に見舞いに来たシアノを、あんなに温かく迎え入れなかっただろう。




 本当に、どこまでもお人好しで―――まぶしいくらいに立派な人だ。




「シアノ。どうして急に、オレたちに謝ろうと思ったんだ?」


 できるだけ優しく、問いを投げかける。


「だって……だって、エリクが死んじゃうなんて嫌だったんだもん…っ。父さんに言われても……殺したくなかった。もう……そんなことできない…っ」


「そうか…。お前は父さんより、オレや兄さんを選んでくれたんだな。」


 何も知らない子供だったのだ。
 誰からも見放され、道を示してくれる相手がレクトしかいなかった。


 これは、周囲の悪意と本人の無知が生み出した過ち。
 それは分かっている。


 でも……自分は、だからといって全てを許せるほどお人好しじゃない。


「シアノ。今からオレが言うことを守れるか?」


 優しい口調を取り下げ、厳しく問う。
 シアノが怯えたように息を飲んだが、その返事を待たずに先を続けた。


「お前はユアンに言われたとおり、リュドルフリアの血を飲むんだ。」


「………っ」


「その前に、アルシードのアホを呼べ。あいつには、これからやってもらわねぇといけないことがある。あいつとの打ち合わせが終わるまでは、オレとこうやって話せるようにしておいてくれ。」


「………」


 シアノは何も答えない。
 きっと、怖いのだろう。


 リュドルフリアの血を飲め。


 それは言い換えれば、レクトとの繋がりを絶てということ。
 父親も自分たちも助かるという道を捨てて、どちらかだけを選び取れということなのだから。


 己の行いを悔いているのなら、同じく己の行いで誠意を示せ。


 この一言を突きつけるのは簡単だ。
 そしてこれが、嘘偽らざる自分の本音でもある。


 でも、あそこまで自分に懐いてくれた、自分と似ている子供にそう告げるのは気が引ける。
 なんだかんだと、自分はシアノのことを可愛く思っているようだ。




 それに―――エリクは、自分がシアノを突き放すことを望まない。




 一番の被害者である兄がシアノを許し、今もシアノを支えようと心を砕いているのだ。
 ならば自分は、尊敬する兄の意思に沿った道を選ぼう。


 そうしてきたエリクが、堂々と自分を誇れているように。
 そうしてきたキリハが、周りを変え続けてきたように。




 許すことで、誰かを救うことができるのであれば……




「シアノ、信じてるぞ。」




 今の自分から贈れる精一杯の言葉を、人生の岐路に立つ小さな子へ―――



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