竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
492 / 598
第5章 想いと想いの激突

お前が求めるものは―――

しおりを挟む

 お前が必要としているのはリュドルフリアではない、と。


 ユアンにそう言われたレクトの顔が、とてつもない驚愕で染まった。


「違う!!」


 己を支える根幹を全否定されたのが、相当なショックだったのだろう。
 レクトは、どこか必死そうな様子でユアンに反論した。


「私には、リュドルフリアしかいないんだ!! 私の気持ちを理解してくれるのは彼だけだった!! あの気高く孤高なリュドルフリアだけが、私の―――」


「ああ、そうさ。」


 レクトの言葉を、ユアンが平坦な声で遮ったのはその時。


「〝気高く孤高な神竜〟。お前が欲しいのはリュードじゃなくて、それだろう?」
「………?」


 意味が分からない。
 眉を寄せたレクトが、表情でそう語る。


「お前が必要なのは、気高くて孤高な神竜という存在であって、リュード個人じゃないんだ。だから、その枠の外からリュードに手を差し伸べた僕を恨んで、僕の手を掴んで枠から飛び出したリュードが許せなくなったんだろう?」


「―――っ!? そんなわけ……」


 ユアンの説明を聞いたレクトが再び否定を述べようとするが、ユアンは首を横に振ってそれを拒否する。


「はっきり言おう。気高く孤高な神竜なんてものは、この世に存在しない。お前の前にいたのは最初から、リュドルフリアという一体のドラゴンだけさ。」


「違うと言っているだろう!?」




「ならお前は、気高くて孤高だという以外に、リュードの何を知っているんだ?」




 次なるユアンの質問。
 それに対して、レクトは……


「は…?」


 そう漏らしただけで、固まってしまった。


「僕より前から、リュードだけを見てきたんだろう? 知っていることはたくさんあるはずだ。リュードが好きな食べ物は? 好きな場所は? 逆に嫌いなものは?」


「それは……」


「リュードの気が一番休まるのはどんな時だ? おっとりとしたのんびり屋のリュードが、その内に抱えていたうれいは? 他より優れた能力を持ったリュードの、ささやかだけど難しい願いは?」


 問いを重ねるユアンの声が、徐々に震えていく。
 そして。


「一つでもいいから言ってみろよ!! お前から見た、神竜じゃないリュードの姿を!!」


 血を吐くように叫ぶユアン。
 その目元に、こらえきれない感情の欠片が涙となって浮かぶ。


「何が……何が気高くて孤高だ。孤高であることに、リュードが何も感じていなかったとでも? お前だって、孤独であることの寂しさを知っているはずだろう。それなのに、どうしてリュードを孤独に縛りつけようとする!?」


「わ、私がいたではないか!!」


 そこでようやく、レクトが声を大にする。


「リュードには私がいた! 同じ境遇で、同じ立ち位置から同じ世界を見られる私が!! 他の平凡な奴らなど、どうでもいい。一人でも自分の苦しみを分かち合える者がいれば、それで十分ではないか!!」


 一縷いちるの望みにすがりたい。
 レクトからは、そんな切実さが滲み出ていた。


 ユアンはまぶたを伏せる。


 レクトの叫びを、人々はどう受け取るだろうか。
 自分と同じようにレクトを責める者もいれば、レクトを憐れんで自分たちを責める者もいるだろう。


 だが、今重要なのは第三者の意見ではなくて……




「リュードはお前だけではなく、お前が平凡な奴らと切り捨てたドラゴンたちや人間たちとも、絆を作りたかったんだよ。」




 自分とレクトの間で苦しまざるを得なかった、リュドルフリアの心だ。


「リュードの口癖を知っているかい? 〝われの炎が恐れられるから炎を使う  掟おきてを定めたのに、他に我の何が怖いから、皆は近寄ってこないのか…〟だってさ。やんわりとアドバイスしても察しないから、業を煮やして〝待ってるだけじゃなくて、自分から行け〟ってどやしたもんさ。そしたら〝誰に?〟って、真面目に訊いてくるんだ。」


 ユアンは、やれやれと肩をすくめる。


「とりあえず、真っ先にレティシアを生けにえにしたよ。娘か孫かひ孫か知らないけど、自分の能力を多少なりとも引き継いでいる親戚なら、まだ話しやすいだろうってね。だけどリュードったら、一人の時間が長すぎたせいか、コミュニケーション初心者かってくらい会話が下手でねぇ……」


 当時のことを思い出してか、ユアンの表情が苦々しく歪む。


「でも、リュードがあまりにも一生懸命だったから、僕もできうる限り手を貸した。レティシアがばっさりタイプだったのは助かったね。他のドラゴンが炎の偉大さについた想像で勝手に怖がっているだけだって知って、リュードは本当に安心したみたいだった。」


「違う……」


「まあ、その時に〝あなたは炎と知恵を除いたら案外ポンコツっぽいので、話してみれば全然怖くない方だって、誰でも分かると思いますよ〟って、微妙な激励もされてたけどね。思ってても言っちゃあかんでしょって思ってたら、リュードったら大笑いだもん。あんな言葉でも嬉しくなっちゃうくらい、色んな人との触れ合いに飢えてたんだろうね。」


「違う……そんなの、私が知っているリュドルフリアではない…っ」


 ぶんぶんと首を左右に振って、ユアンの思い出話を否定するレクト。
 それを眺めるユアンは冷ややかだ。


「ああ、そうだろうね。これが、お前が知らなかった……いや、見ようとしなかったリュードの姿だ。」
「………っ」


 ユアンの表情と声に込められたすごみに、レクトは否定の言葉すらも奪い去られる。


「僕はただ、リュードがより楽しい日々を送れるように、自分にできることを精一杯やってきた。そうして触れ合いの輪を広げていくリュードを見ているのが、自分のことのように嬉しかった。だって……僕は、永遠にリュードと一緒にいられるわけじゃないから。」


 己の両手を見つめるユアン。


「お前の言い分で、唯一認められることがある。確かにリュードは、僕のことをお前以上に特別だと思っていただろう。僕も、まさか自分がそこまでリュードの特別になるとは思っていなかった。友として、同じ世界を見よう……そう言った時は、リュードがどんなに孤独な存在かを知らなかったからね。」


 ユアンは沈鬱ちんうつな面持ちで目を閉じる。


 あの時は自分も若くて、気軽な気持ちでリュドルフリアにそう告げてしまった。


 自分にとっては、友になりたいと思った相手にそう言うことは普通で、それが間違いだったことはなかったから。


 ただ……気軽に言ったその言葉が、相手によっては途方もなく重く響くんだということを、あの時の自分は知らなかったのだ。


 あの時の言葉が間違っていたとは、今も思わない。
 だけど、あの言葉で生じた変化には、それ相応の責任を取ろうと思った。




 リュドルフリアのことが、それだけ大切だったから……




「だからこそ、僕はリュードが交流を広げていくことを望んだ。いずれ僕が死んだ時に、リュードがまた孤独になってしまわないよう、レティシアに無理を言って、リュードと他のドラゴンの橋渡しを頼んだ。僕の仕事仲間や、子供や孫……人間側にも、リュードと仲良くしてやってくれって頼んで、何度も交流の場を設けた。リュードとも、腹を割って話したよ。君がどんなに嫌がったとしても、僕が君より先に死んでしまうことは変えられないと……」


 人間とドラゴン。
 種族の間に横たわる寿命の差。


 それを直視した時のリュドルフリアは、今でも忘れられない。


 彼があまりにもショックを受けるものだから、その時ばかりは、友になろうと言ったことを後悔したくらいだ。


「それでもリュードは、僕と友であり続けることを望んだ。お前がいなくなったとしても、お前の心を受け継ぐ人間がいれば、われは人間を愛し続けられるって……明らかに泣きそうな声でも、頑張って笑ってそう言ったんだ!! その覚悟は、お前だって聞いていたはずだぞ!?」


「なっ…」


 驚いて目を見開くレクト。
 それを見たユアンの怒りが、激しく再燃する。


「ああは言っても、リュードは結構落ち込みやすい。種族が違う以上、人間が彼の全てを理解するのも限界がある。だから、お前がドラゴンの中で一番の理解者になって、リュードに寄り添ってあげてくれって…。僕がお前に託したこの願いは、お前にとって、戯言ざれごとと聞き流して忘れられる程度のものだったのか!? 他でもない、お前が唯一の存在としていたリュードのことだったのに!! お前が僕の願いを聞き届けていれば……僕がこうして生き続けることもなかったかもしれないし、リュードの一番がお前になってた可能性だってあったんだぞ!?」


「―――っ!!」


 その衝撃は、いかばかりか。
 呆けたレクトが、剣を持つ手をだらりと下げた。


「ようやく、身にみて分かったか?」


 そんなレクトに、ユアンは事実を突きつける。




「お前は僕のことどころか、リュードのことすら見ていない。お前が取り戻そうとしているそれは……―――実体のない、ただの虚像だ。」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...