竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 想いと想いの激突

ユアンの叫び

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 長年をかけて形成されたユアンへの恨みは、相当なものなのだろう。


 自身の感情が解放されたことを喜ぶかのように、レクトはユアン目掛けて剣を振り上げた。
 ユアンはそれを冷静に受け止め、つば迫り合いにもつれこむ間もなくぎ払う。


 触れては流れるように離れる二つの剣。
 そんな遊びのようなやり取りが数分続いた頃、両者の表情に変化が表れた。


「貴様……どんな手品を…っ」
「何? まさか僕が、キリハの能力を使えてるとでも思ってる?」


 唇を噛むレクトに、ユアンは単調な口調で訊ねる。


「―――馬鹿だな。」


 呟いたユアンの動きが、そこで大きく変わる。


 受け一方だった彼の剣が、突如として猛烈な攻撃をレクトに叩き込む。
 それを必死にさばくレクトだったが……


「ぐ…っ」


 ユアンが繰り出した鋭い一撃が、レクトの二の腕をかすった。
 体の動きが止まった隙をのがさず、ユアンはさらに太ももと肩口に切り傷をお見舞いする。


「おやおや…。さっきまでの威勢はどこに行ったんだい? 君に合わせて手抜きをするのも限界だよ?」


「くそ……何故…っ」


「何故、ね…。本当に君は、リュードしか見てこなかったんだねぇ。僕がこの子を作ったってこと、忘れてない?」


 炎をまとう剣を構えるユアンの目は、完全に猛者もさのそれだ。


「今でこそ、竜使いの始祖ってことばかり語り継がれてるけどね…。本来の僕は、そこそこ名を馳せた鍛冶師だったんだよ? 武器を生み出す者として、その武器を使いこなせないでどうするの?」


「この……戯言ざれごとを…っ」


「戯言? ……まあ、勝手にそう思っていればいいさ。口はともかく、剣は嘘をつかないからね。後ろのディアなら、この剣がキリハの借り物じゃないことくらい分かるだろう。」


 抑揚の欠けた声で言いながら、レクトに容赦ない猛攻を仕掛けるユアン。
 そんな彼を、見物人となるしかないディアラントは、薄ら寒い心地で見つめていた。


 ユアンの言うとおり、あれはキリハの流風剣じゃない。
 キリハが身につけた身体能力こそ借り物だが、剣技は確実にユアン自身のものだ。


 そしてそのレベルは、上級者どころか熟練者の域に達している。
 常勝無敗と言われている自分でさえ、彼に勝てるか分からない。


 鍛冶師として自分の作品を試すだけなら、あそこまでの技術はいらないはすだ。
 それなのに……


「どうして……」
「どうして? 愚問!」


 ディアラントがうめく理由を正確に察したユアンが、当然のように答えを述べる。


「望んでいなかったことだとしても、僕はリュードとの絆を手に入れたことで、集落のおさ、果てには国の幹部にまでまつり上げられたんだ。その地位に見合った強さが必要だったから、とことん極めるしかなかったんだよ。あの時代の人間は、強い奴にしか従わなかったからね!!」


 そう言ったユアンは、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
 それをレクトが真正面から受け止めたことで、二人の動きが膠着こうちゃくした。


「……にが…っ」


 ユアンの口から、普段より何倍も低い声が漏れる。




「何が、僕がお前からリュードを取り上げただよ!? 言いがかりも大概にしやがれ!!」




 彼から爆発したのは、人々を簡単に萎縮させるような怒り。


「言っとくけどな! 僕はお前が言うほど、リュードと一緒にいなかったからな!? 人を率いる立場に放り投げられた僕に、リュードと遊び呆けてる暇があるかよ!!」


 その怒りのほどを示すように、ユアンの剣が荒ぶる。


「だからこそ、僕もリュードも、二人で語らえる時間を大切にした! 一緒にいられる時間が少なくても、同じ世界を見る友であろうと……その約束を忘れないでいるために、ほむらを作った!! そして、ドラゴンたちに甘えっぱなしにならないように、壊れたドラゴンたちの処理に皆で協力した! それの何が悪かったんだ!? 言ってみろよ!!」


「く…っ」


「そもそも、僕とリュードが出会ったことが悪かったとでも言うか!? それならいっそのこと、二人だけの住処すみかでも作って、そこにリュードを閉じ込めておけばよかったんじゃないのか!? リュードを繋ぎ止めておきたかったくせに、どうして僕たちが出会う前に、リュードの心を捕まえておかなかった!?」


「な…っ!?」


 ユアンの問いかけに、レクトがわずかに怯む。
 それを見たユアンが、大きく目元を歪めた。


「結局のところ、お前はリュードに自分の理想を押しつけてただけなんだろ!? 神竜と忌竜いみりゅう……同胞から遠巻きにされる者どうし、その心が帰る場所はお互いにしかないって、そう決めつけてリュードに甘えてただけなんだよ!! リュードを馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」


「違う!!」


 その時、ユアンの勢いに飲まれかけていたレクトが大声を張り上げた。


「お前が私からリュドルフリアを奪ったのは事実だろう!? お前と出会ってからのリュドルフリアは、いつだってお前と人間を優先したのだ!! 他の同胞たちと頻繁に接するようになったことだって、お前がそうそそのかしたからなのだろう!?」


「アホかぁ!!」


 隙だらけの振りで剣を叩き込みまくっていたレクトに、ユアンは一喝する。


「僕と出会う前から、リュードは皆に平等だったっつーの!! お前だけが特別だったわけじゃない!! 境遇が似ていたお前と話す機会が多かったってだけだ!!」


「違う!! リュードは私だけを見てくれていた!!」


「この朴念仁が! 誰かと話す時に、話している相手のことを見るのは当たり前だーっ!!」


 レクトの剣を大きく払いのけ、ユアンは彼と距離を取る。


「そこまで言うなら訊こうじゃないか! お前は何かにつけて、僕がお前からリュードを奪い、リュードがお前を裏切ったと言ってきたな!? お前は、リュードと何を約束したから、リュードに裏切られたとのたまう!?」


「―――っ」


「リュードがお前に、お前以外は友として認めないとでも言ったのか!? もしくはお前が、永遠に自分しか見るなと言って、リュードがそれを了承でもしたのか!?」


「それは…っ」


「言葉はなくとも、自然と通じ合っているとでも思ってたのか? それを押しつけというんだって、言葉を変えながら何度伝えてきたと思ってる!?」


 ユアンの怒りが頂点に到達する。


「お前は一度でも、リュードに友であろうと言ったか!? リュードの話に本気で耳を傾けたか!? リュードの心を、そのまま見つめてあげたことがあったのかよ!?」


「………っ」


 矢継ぎ早に突きつけられる問いかけ。
 それに、レクトは何一つとして答えられない。


「―――はっ。やっぱり、そうなのかよ。」


 レクトの態度から何を悟ったか。
 ユアンの瞳が極寒の冷たさで満たされる。


「おおらかすぎるリュードは、絶対にこんなことを言わないだろうから、僕が言ってやる。」


 まっすぐにレクトを見据えたユアンは、こう告げる。




「お前が必要としているのは、リュードじゃない。」



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