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第4章 絶望から希望へ
最後の一手
しおりを挟む「くそ! どういうことだ!?」
募った苛立ちが、我慢の限界を超えて外へと飛び出す。
「何かあったのか?」
暗がりから、淡々としたルカの声。
それに冷静さを取り戻されて、レクトは小さく息をついた。
「数日前から、キリハともシアノともリンクができんのだ。」
「ん…? 何か、原因に心当たりは?」
「シアノは検討もつかんが、キリハは《焔乱舞》が邪魔をしてきているからだろう。だが、あの剣が私の邪魔をできるということは……」
「あいつが、もう一度焔を掴んだってところか。」
「………っ」
あくまでも事実を述べるだけの、機械じみたルカの口調。
否定も肯定も含まないその声を聞くと、落ち着けたばかりの苛立ちが勢いを取り戻していくようだった。
「ありえない…。あそこまで人間に不信感を募らせたキリハが、今さらあの剣を手にするなど……」
「とはいえ、事実は事実だからな……」
ルカは眉を寄せて腕を組む。
「お前が焔に邪魔されてるってのが確実なら、カレンからの情報は本当か……」
「何…?」
ルカの言葉の一部を聞き咎め、レクトは声を低くする。
「お前、仲間に連絡を取ったのか?」
「カレンにだけな。あいつはオレ第一主義だから。お前だけは迎えに行ってやるって言ったら、あっさりと協力したぜ?」
「………」
「おいおい、そんなに機嫌を悪くするなよ。」
レクトの無言に含まれた抗議を察し、ルカはやれやれと肩をすくめる。
「お前が情報収集に苦戦してるなら、オレが動くしかねぇだろ? ただでさえ昼間は、街に下りるオレの感覚とリンクしてて、他の人間の感覚を盗み見る余力もないんだからよ。」
「それはそうだが、そやつが口を滑らせたら……」
「ないな。カレンには、きちんと口止めをしてある。迎えに来てほしいなら、何がなんでもしゃべらねぇさ。シアノだって、お前の言うことなら無条件で聞くだろ?」
「……確かにな。」
胸に苦い気持ちを抱えながら、レクトはルカに同意する。
シアノが初めて自分に逆らったとは言えない。
そのことを言えば、藪から棒に自分がシアノを使ってエリクを始末しようとしたことがばれてしまう。
「で? そやつから仕入れた情報というのは?」
「ああ。オレもいまいち信じられないんだがな……」
そう告げたルカの目元が、険しく歪む。
「キリハが焔を掴んだのは、ロイリアが暴走する前に殺すためだっただったらしいんだが……ロイリア、助かっちまったらしい。」
「なっ…!?」
その情報は、まさに寝耳に水。
レクトは両目を大きく見開いた。
「そんな馬鹿な! それこそありえない!!」
「だが、キリハが焔を掴んだことが事実なら、このことも事実だと認めるしかねぇぞ。カレンは、事実と嘘を交えて情報を流すなんて器用なことはできねぇからな。」
「だ、誰がそんなことを…っ」
「さあな。カレンは現場にいなくて、後からキリハに話を聞いただけらしいから。研究部が死に物狂いになって、ロイリアを治療する薬を開発したってくらいしか。」
「おのれ…っ」
事態が想定外の方向に転じていたことを知り、レクトは奥歯を噛み締める。
人間の技術がめざましい発展を遂げていることは知っていたが、その底力を甘く見ていた。
まさか、自分の血に侵されたロイリアを治療してしまうなんて。
「ならば、シアノも……」
「可能性はあるな。兄さんに取っ捕まって、そのまま宮殿に保護されたって話だし。」
「くっ……」
どうする?
このままでは、ユアンに流れを取られかねない。
彼が笑う姿など、それこそ見たくないというのに……
「こうなりゃ、正面突破しかねぇか。」
しばしレクトを見つめていたルカは、溜め息をつきながらそう言った。
「正面突破だと?」
「ああ。計画が狂いに狂うけど、ここまでやっちまった以上、オレも引くに引けないから。」
地面を睨みつけて、じっと思案するルカ。
本人の言うとおり、そこには追い詰められたが故の悲壮な覚悟が表れているように見えた。
「あいつらはきっと、これからあの場所に乗り込んでくるだろう。……死なばもろともだ。そこであいつらを一網打尽にできれば、少なくとも今の人間の大きな希望は潰せる。お前としても、ユアンに致命的な一撃を与えられるだろう。……復讐には、少し物足りないけどな。」
「お前……まさか、自分を囮に使う気か?」
「それ以外に、確実な手はないだろ?」
レクトの確認に、ルカはにべもなくそう答える。
「お前も分かっていることだと思うが、キリハがオレを叩き潰せないことを差し引いたって、オレ一人ではキリハをねじ伏せられない。そこにあいつの師匠とかも加わるなら、なおさらに負け戦が確定だ。それなら、残る手は一つだけ。」
すらすらと自身の考えを述べるルカ。
そこに、躊躇いや恐怖といった感情は皆無だった。
「オレが洞窟の中であいつらを足止めするから、お前は外から洞窟を潰せ。後のことは、お前に任せる。」
残された一手。
それは、自身の命も犠牲にする最後の選択だった。
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