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第4章 絶望から希望へ
まだ、希望は―――
しおりを挟む「ルカ…っ」
ジョーの携帯電話を握り締めて、キリハは何度目かも分からない涙を流す。
ルカがレクトの血を飲んだ理由は、仕返しのためなんかじゃなかった。
最初から全部、自分を助けるためだった。
衝突から始まった、ルカとの縁。
それはこの二年半で、ここまで強くて優しい絆に変化していたのだ。
こんなにも嬉しいことがあるだろうか……
「その原点を考えるなら、エリクを殺されかけた恨みが生まれたからといって、ルカ君があそこまで非道な手段に出るとは思えないね。今のあの子なら、エリクが助かった時点で理性的に飲み込めたはずだ。」
泣き伏すキリハを見つめながら、ジョーはそう語る。
「じゃあ、どうして……」
「認めたくない?」
怪訝そうに眉を寄せるキリハに対し、ジョーは険しい表情。
「どう考えたって、レクトが血の力を使って、ルカ君の怒りと憎しみを暴走させてるとしか思えないでしょ。」
ほぼ断定に近い彼の意見。
それをすぐに受け入れることはできなかった。
「そんな……」
「ありえない話じゃない。表層意識を乗っ取れるなら、深層意識を操作することだってできる可能性は十分にある。黙秘は決して否定じゃないんだ。頭が切れる奴なら、そんな便利な能力を他人に言うわけがないよ。」
「でも、あくまでも可能性の話でしょ?」
「どうだか。」
ジョーは冷たく、そうとだけ。
「元々ルカ君は、周りに対して好意的じゃないんだ。その隙を突いて便利に使うのは簡単なはずだよ。そしてルカ君を引き込めれば、キリハ君が闇に転ぼうと光に転ぼうと、キリハ君の苦しみを通してユアンを苦しめられる。だからシアノ君やエリクを使って、ジャミルにキリハ君を襲わせた……―――そうだよね、ミゲル?」
切れるように鋭いジョーの瞳が、ミゲルを捉える。
肩を痙攣させたミゲルは、少しの間を置いて息を吐き出した。
「お前には敵わねぇな。いつの間に知ってたんだか。」
その言葉は、実質的にジョーの指摘を認めたものだった。
「まあ、病院で暇してる間にジャミルの供述書は全部読んだし、そもそも僕は最初から、レクトが人間と和解する気がないことも知ってたし?」
「じゃあ、なんでわざわざおれに確認を取ったんだよ……」
「鎌かけただけ。この状況でユアンが使うとしたら、ミゲルの可能性が高いでしょ。実際にやたらとエリクのところに通ってたし、そろそろエリクやシアノ君からも言質が取れた頃かと思って。」
「……全部正解だよ。正直、いつキー坊に伝えるか悩んでたから、お前が空気を読まずに突っ込んでくれて助かったわ。」
降参だ。
そう示すように、ミゲルが諸手を挙げた。
「じゃあ……本当に、これは全部レクトが……」
「全部が全部って言えねぇのが、性質悪いとこでな。」
顔面を蒼白にして呟くキリハに、ミゲルは複雑そうな表情。
「ジャミルがキー坊の目を欲しがっていたことに、レクトは関係ねぇ。あいつは奴にシアノやエリクを送り込んで、奴の計画にちょっと協力してやっただけなんだと。ただ……エリクの暗号にあった〝もう一人の自分〟ってのがレクトなのは、間違いねぇよ。」
「………っ」
「キリハ君。残酷なことを言うようだけど、これが現実だよ。」
大きく顔を歪めたキリハに、ジョーがとどめとなる言葉を突きつける。
「本当はキリハ君も、レクトに不信感を持ってるはずだよね? どうして自分の体を使って、ロイリアにこんなことをしたのかって。」
そんなことを言われたら、もう言い逃れなんてできなくて……
「―――――うん……」
がっくりとうなだれて、キリハは小さく頷いた。
そうだ。
いい加減、もう認めなければいけない。
ジャミルの事件の後から、レクトはこちらの呼びかけに一切応えなくなった。
そして、ユアンが《焔乱舞》を暴走させた自分を助けに来てくれたのに対して、レクトは声をかけることもしなかった。
その時点で、何かがおかしいとは思っていただろう?
そしてその疑念は、レクトが自分の体を使ってロイリアを傷つけた時に、確信に変わってしまったはずだ。
自分とレクトはもう、同じ世界を見ることはできないんだと……
「ごめんね。」
うつむいて動かなくなったキリハに、ジョーがこれまでの口調を一転させる。
「知ってたんなら、最初から教えろって話だよね。」
「……ううん。」
ジョーの声にこもる罪悪感を、キリハは首を振って否定する。
「レクトを信じるなって話なら、ユアンから散々されてたんだ。どうせあの時の俺は、誰に何を言われたって聞かなかったよ。それに、レクトが協力しなくたって……あの人はいつか、俺を殺そうとしたわけでしょ?」
「……だろうね。」
一瞬だけ躊躇いながらも、ジョーは取り繕うことなくシンプルに答える。
相手のことを考えるなら、下手な情けはかけるべきじゃない。
彼らしい優しさと共に、この現実を胸に刻み込んだ。
「―――でも。」
キリハは顔を上げる。
「結果論かもしれないけど、まだ誰も死んでない。絶望と同じだけの奇跡が起きたんだ。まだ―――希望は、繋がってるよね?」
サーシャが見せてくれた、小さな光。
それはアルシードの力も伴って何倍にも増幅されて、自分に道を示してくれている。
ならば自分は、周りの皆を信じてその道を突き進むだけ。
ここまでお膳立てをしてもらったんだ。
望む未来を手繰り寄せるのは、簡単なはずだ。
「ああ、もちろん。」
ジョーが微笑み、サーシャが何度も頷く。
ディアラントやターニャも、ミゲルたちだって、その瞳に強い光を宿している。
きっと大丈夫。
絶対に大丈夫。
もう一度《焔乱舞》を掴んだからには―――今度こそ立ち上がって、前に進もう。
「やっぱり、キリハ君はそうでなくちゃ。」
「うん、そうだね。」
ジョーにそう言われて、キリハは無邪気に笑う。
一度は闇のどん底に落ちて。
悪足掻きのように白と黒の境界線をさまよって。
そしてようやく―――光へと踏み込むことができた瞬間だった。
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