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第2章 崩壊までのカウントダウン
〝心と魂で〟
しおりを挟む「は…?」
自分が、兄のために生きているだって?
意味が分からない。
反論もできずに言葉を失うジョーに、ノアは淡々と語りかけた。
「なあ、アルシードよ。お前の計画はな、そのままでは永遠に達成されることはないのだぞ?」
「……どういう意味だよ。」
そんなのありえない。
そんな致命的な落ち度なんて、この計画にはないはずだ。
「よく考えてもみろ。確かにお前の計画どおりに事が進めば、お前が特別に見逃した人間以外は、兄の死を悼むことなく死んでいくだろう。だがそれだけでは、憎い兄を忘却の彼方へ消し去ることはできん。」
ノアは復讐計画の一部を肯定する一方で、その一部を真っ向から否定する。
「何故なら……他でもないお前が、永遠に兄を覚えているからな。」
「……は? それのどこがいけないのさ?」
なんだよ。
何を言い出すのかと思えば、そんなことか。
ジョーはノアの指摘を鼻で笑う。
「僕があいつを忘れたら、復讐が成り立たなくなるじゃんか。それこそ、計画が本末転倒だよ。僕があいつを覚えていたところで、僕があいつの死を悼むわけでもないんだし、問題ないっての。」
「では訊こう。」
画面の向こうにいるノアの黒い双眸が、鋭い光を宿す。
「自分以外に兄を覚えている人間がいなくなったら……お前は、アルシード・レインに戻るつもりがあるのか?」
「……ないけど?」
何を馬鹿なことを訊いてくるのだろう。
そんなつもりがあるなら、十五年前に死亡届をでっちあげてまで自分を殺さないっての。
第一、自分が途中でアルシードであることをばらしてしまったら、下手な同情心でジョーの死を悼む馬鹿がいるかもしれないじゃないか。
「そうか…。それを聞いた上で浮かんだ、素朴な疑問があるのだが……兄の特技をトレースして、兄が選ぶであろう進路を辿り、復讐を終えた後も兄の仮面を被って生きていくつもりのお前は―――憎いはずの兄に、自分の人生を乗っ取られているのではないか?」
「………っ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、心が動揺した。
しかしそれも、すぐに落ち着きを取り戻していく。
「今さら、それが何? 死なばもろともってやつだよ。どうせ僕の人生は、十五年前のあの時に潰されてるんだ。泣き寝入りするくらいなら、自分の人生を乗っ取られたって、あいつから死者としての権利を奪ってやるさ。あいつの特技や進路をトレースしたのは、周りに僕をジョーだって思い込ませるためでしかない。」
「本当にそれだけか?」
つんと顔を逸らすジョーに、ノアは小さく笑う。
まるで、聞き分けのない子供に困っているような。
そんな笑い声だった。
「私は思うのだがな…。情報を支配して己の益とするためには、相手に与えすぎても、逆に与えなさすぎてもいけない。失敗の対価が命となりかねない針の上で、絶妙な最適解を模索する。それは……―――とても、製薬と似ていると思わないか?」
「―――っ!?」
彼女の口から放たれた言葉。
それが自分の心を―――世界全体ですらをも、大きく揺らす。
「そ……れは……」
「血は水より濃いのであろうな。道は違えど、その魂が求める本質的な喜びは同じだった。だからお前は、ある意味苦しむことなく、兄の道をトレースできたのだろう? 自分の人生や心は犠牲になっても、魂までは殺さずに済んだから。」
「そんな……そんな、わけ……」
「確かにお前は、復讐のために自分自身を殺した。万が一にも自分の亡霊が生き返らないように、細心の注意を払ってきた。だが、お前自身も目を逸らした光の中で、その魂は確実に生き延びてきたのだぞ。」
「違う……アルシードは、もう―――」
「では、自分の手元を見下ろしてみるといい。」
首を左右に振って自分自身を否定し続けるジョーに、ノアは静かにそう告げた。
「お前が握り締めているそれは、いつから用意していたものだ?」
「―――っ!?」
言われたとおりに手元を見て、心底驚いてしまう。
「無駄な足掻きはよせ。魂はもう、答えを決めているようだぞ。」
ノアの口調は、幼子を諭すように優しい。
「中途半端に退場するのが嫌いなお前から、逃げ道を取り上げてやろう。お前はな、可愛いキリハのためにルカの兄を助けた時点で、すでにその一歩を踏み出している。」
「………っ」
「本当にいいのか? 一度踏み込んでしまった領域から、なんの利益も搾り取らないまま逃げ出して。」
「この…っ」
ノアに煽られたジョーは、唇を大きく戦慄かせる。
その表情にはありありと〝黙れ〟と書いてあったが、ノアは止まらなかった。
「それでもなお、お前がもう一歩を踏み出せないと言うなら、私が背中を押してやろう。よく聞くといい。」
表情を引き締めたノアは、真剣な眼差しでジョーを射抜く。
そして、こう告げた。
「お前が今、本当にやりたいことはなんだ? お前は今、自分がやりたいことを本当にできているのか? お前にとって、今この瞬間が最初で最後のチャンスだ。名前ではなく―――心と魂で選べ。」
これが、魔性の改革王たる彼女の底力か。
悔しい限りだが、その言葉がもたらす影響力の強さには適わない。
否応なしに、そう思わされてしまった。
「あなたは……どうして、僕にそこまで……」
本気で意味が分からない。
こんなことをして、彼女になんのメリットがあるのか。
「そんなの、決まっているではないか。」
震える自分に、ノアが見せたのは爽やかな笑顔。
「キリハは私の大切な友人なのだ。そのキリハが泣いている今、キリハが飼い慣らしている最強の獅子を利用しない手はあるまい?」
「……は?」
「あ、そうそう。ついでの話が長すぎて、本来の用件が抜けるところだった。ウルドたちにセレニアへドラゴン研究関連の物資を届けさせたのだがな、その内の一つをお前の部屋に運んだのだよ。あまり日持ちするものではないから、早めに回収してくれ。……お代に、期待しているぞ?」
ひらひらと手を振ったノアは、一瞬で通話を切る。
真っ黒になった画面を前に、ジョーはしばらく呆けていた。
それから数秒後。
「―――利用…?」
ポツリと呟くジョー。
その全身が、にわかに大きく震え始める。
「この僕を利用しようとは、いい度胸してるねぇ…。あのくそ女が…っ」
ふふ……ふふふ……と。
ジョーの唇から不穏な響きの笑い声が漏れる。
「―――上等だ。僕を利用するからには、あんたも僕に利用されるんだって思い知りやがれ…っ」
好戦的に口の端を吊り上げたジョーは、弾かれたようにベッドを飛び出す。
「わっ!?」
勢いよく病室の扉を開くと、そこにいた見張りが全身を大きく痙攣させる。
怯えて挙動不審になっている彼。
自分の恐怖伝説は宮殿中に轟いているわけだし、そんな自分が先ほどから怒鳴りまくっていたわけだから、ひやひやするのは仕方ないけれど。
「行くよ。」
見張りに一言だけ告げて、ジョーはすたすたと廊下を進んでいく。
「へ…? ど、どこに…っ」
「いいから、黙ってついてきな。やましいことをしようってわけじゃないんだから、堂々と見張りをぶら下げて動いてやるよ。それとも、職務怠慢で手痛い処分でも受けたいわけ?」
遅れて呟いた彼に、ジョーは氷のごとき一瞥をくれてやる。
情報の覇者たる魔王が本格的に降臨した彼に、一見張りが逆らえるわけもなかったのである。
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