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第1章 闇の中に光るもの
苦渋の判断
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ほぼ終わりと言ってもよかったドラゴン討伐。
大切な仲間も死の危機から脱して、後はもう心穏やかに最後の一体が目覚めるのを待つだけのはずだった。
それがまさか、こんな事態になるなんて……
突然湧いて出てきた、二つのドラゴン討伐計画。
どちらも、難易度は最上級を振り切っている。
レクトは言うまでもないだろう。
高度な知性を残し、レティシアよりも格上だという彼と一戦を交えるなんて、戦況が何一つ想像できない。
彼にとどめを刺してルカを取り返すまでに、こちらもどれだけの犠牲を強いられることか。
そして……ロイリアにこの刃を向けるというのも、心にずんと重くのしかかるものがある。
ドラゴンとはいえ、愛くるしい小動物のように人懐こい彼に気を許していた人間が、この部隊にどれだけいただろうか。
反射的にロイリアを殺したくないと思った時、当然のように彼を仲間の勘定に入れていた自分たちに気付かされた。
どうか、どうか助かってくれ。
ターニャが淡々と語る討伐の話を聞きながら、誰もがそう願っていたに違いない。
「ミゲル先輩。」
これまでとは一味も二味も違う会議を終えると、ディアラントがすぐに駆け寄ってきた。
「申し訳ないんですが、しばらく部隊の監督を任せてもいいですか?」
まさかの頼み事。
想定外だった展開に、ミゲルは目を丸くしてしまう。
「もちろん、出動の際にはオレが総指揮を執ります。ただ……色んな意味でジョー先輩を動かせなくなった今、ターニャ様の補佐を埋める人間が必要でして。」
憂いを帯びた翡翠色が、ターニャが去っていったドアを見つめる。
それを見て、断るという選択肢は浮かばなかった。
「分かった。行ってこい。」
「ありがとうございます。」
ディアラントは深く頭を下げると、すぐに制服の裾を翻して会議室を出ていく。
いつもと違って、冗談やおふざけが一切ない会話。
それが、今の状況の深刻さを物語っていた。
ディアラントがターニャの補佐に回ったのは、彼女が抱える仕事以上に、彼女の精神的な負担を気にしたからだろう。
昨日の判断は、さすがの彼女も堪えただろうから。
『やだ…。絶対にやだ!!』
ターニャからジョーとの接触を禁じられた時、キリハは涙目で首を振った。
彼があんな風に子供っぽい拒絶を見せたのは、いつぶりのことだろうか。
お願いだから、自分からジョーまで取り上げないで。
全身で必死にそう訴えるキリハに、ターニャもディアラントも苦渋に満ちた表情で頭を下げた。
しかし、キリハは一切聞く耳を持たず。
最終的にその場は、命令の意図を悟ったジョーが潔く宮殿を去ったことで、うやむやという形で強制終了となった。
傷ついた顔で涙を流したキリハは部屋に閉じこもり、一晩経った今朝も出てくる気配がないという。
『キリハ君のこと、どうかよろしく。ただし、安直な慰めなんてしないであげてよ? 今のあの子には……それが一番つらいんだから。』
見送りに来た自分に、ジョーはそう言ってキリハを託した。
口調こそ普段と変わらなかったが、あんなにも苦しげでつらそうな親友の顔は、十四年の付き合いで初めて見た。
『何がなんでも行く。僕が行かないと、だめなんだよ…っ』
病室でキリハのことを聞いたジョーは、立つのもやっとのくせに、無理やり現場についてきた。
普段なら冷静に遠隔サポートをするはずの彼が強行突破を選んだ時点で、違和感はあったのだ。
そして実際にキリハは、他の人よりも慕っていたはずのディアラントや自分には目もくれず、これまで距離を置かれていたジョーに真っ先にすがった。
ジョーも自らキリハを受け止めて、絶望にうちひしがれる彼をずっと抱き締めていた。
まさか、自分が行かないとだめだという言葉が、ロイリアの対処ではなくキリハのケアを指していたなんて。
レイミヤで何があったのかは分からない。
しかしこの事件をきっかけに、あの二人にはとてつもなく強力な絆が生まれたのだと。
そう知るには十分な光景だった。
互いに互いを必要としている状態の二人を、無理に引き離すのはあまりにも忍びない。
あんな光景を見せられたら、誰もがそんな罪悪感を抱かざるを得ない。
だが、ターニャの判断が正しいのもまた事実。
ジョー自身もそう感じたから、何も言うことなく身を引いたのだ。
ボロボロになったところに追い打ちをかけられている二人には、何よりも静かに心を休める時間が必要だ。
誰よりも強固に結ばれた絆が、悲しい結末をもたらさないように。
(本当にもう、妬けちまうけどな……)
両親がジャミルに殺されていたかもしれないと。
目覚めたばかりの時こそディアラントにすがりついたキリハだったが、あれ以降の彼は誰にも胸中を語ろうとしなかった。
そんなキリハはジョーの腕の中で、己の心を剥き出しにして泣き叫んでいた。
そしてジョーもまた、キリハには十五年前の秘密を打ち明けていたようだ。
これまであの二人と距離が近かったのは、自分の方だったはずなんだけど。
どうして自分には言えなかったことを、お互いにはあっさりと言えてしまったんだか。
安堵する反面、羨ましくて寂しいような。
複雑な心境に陥りながら、可能な限り冷静に周囲へ指示を振る。
その間にも病院にいるはずのジョーから届く様々なサポートに苦笑しつつ、ロイリアの様子を見に行くために車に乗り込もうとした時。
「ミゲル。」
ふと、自分を呼び止める声がした。
大切な仲間も死の危機から脱して、後はもう心穏やかに最後の一体が目覚めるのを待つだけのはずだった。
それがまさか、こんな事態になるなんて……
突然湧いて出てきた、二つのドラゴン討伐計画。
どちらも、難易度は最上級を振り切っている。
レクトは言うまでもないだろう。
高度な知性を残し、レティシアよりも格上だという彼と一戦を交えるなんて、戦況が何一つ想像できない。
彼にとどめを刺してルカを取り返すまでに、こちらもどれだけの犠牲を強いられることか。
そして……ロイリアにこの刃を向けるというのも、心にずんと重くのしかかるものがある。
ドラゴンとはいえ、愛くるしい小動物のように人懐こい彼に気を許していた人間が、この部隊にどれだけいただろうか。
反射的にロイリアを殺したくないと思った時、当然のように彼を仲間の勘定に入れていた自分たちに気付かされた。
どうか、どうか助かってくれ。
ターニャが淡々と語る討伐の話を聞きながら、誰もがそう願っていたに違いない。
「ミゲル先輩。」
これまでとは一味も二味も違う会議を終えると、ディアラントがすぐに駆け寄ってきた。
「申し訳ないんですが、しばらく部隊の監督を任せてもいいですか?」
まさかの頼み事。
想定外だった展開に、ミゲルは目を丸くしてしまう。
「もちろん、出動の際にはオレが総指揮を執ります。ただ……色んな意味でジョー先輩を動かせなくなった今、ターニャ様の補佐を埋める人間が必要でして。」
憂いを帯びた翡翠色が、ターニャが去っていったドアを見つめる。
それを見て、断るという選択肢は浮かばなかった。
「分かった。行ってこい。」
「ありがとうございます。」
ディアラントは深く頭を下げると、すぐに制服の裾を翻して会議室を出ていく。
いつもと違って、冗談やおふざけが一切ない会話。
それが、今の状況の深刻さを物語っていた。
ディアラントがターニャの補佐に回ったのは、彼女が抱える仕事以上に、彼女の精神的な負担を気にしたからだろう。
昨日の判断は、さすがの彼女も堪えただろうから。
『やだ…。絶対にやだ!!』
ターニャからジョーとの接触を禁じられた時、キリハは涙目で首を振った。
彼があんな風に子供っぽい拒絶を見せたのは、いつぶりのことだろうか。
お願いだから、自分からジョーまで取り上げないで。
全身で必死にそう訴えるキリハに、ターニャもディアラントも苦渋に満ちた表情で頭を下げた。
しかし、キリハは一切聞く耳を持たず。
最終的にその場は、命令の意図を悟ったジョーが潔く宮殿を去ったことで、うやむやという形で強制終了となった。
傷ついた顔で涙を流したキリハは部屋に閉じこもり、一晩経った今朝も出てくる気配がないという。
『キリハ君のこと、どうかよろしく。ただし、安直な慰めなんてしないであげてよ? 今のあの子には……それが一番つらいんだから。』
見送りに来た自分に、ジョーはそう言ってキリハを託した。
口調こそ普段と変わらなかったが、あんなにも苦しげでつらそうな親友の顔は、十四年の付き合いで初めて見た。
『何がなんでも行く。僕が行かないと、だめなんだよ…っ』
病室でキリハのことを聞いたジョーは、立つのもやっとのくせに、無理やり現場についてきた。
普段なら冷静に遠隔サポートをするはずの彼が強行突破を選んだ時点で、違和感はあったのだ。
そして実際にキリハは、他の人よりも慕っていたはずのディアラントや自分には目もくれず、これまで距離を置かれていたジョーに真っ先にすがった。
ジョーも自らキリハを受け止めて、絶望にうちひしがれる彼をずっと抱き締めていた。
まさか、自分が行かないとだめだという言葉が、ロイリアの対処ではなくキリハのケアを指していたなんて。
レイミヤで何があったのかは分からない。
しかしこの事件をきっかけに、あの二人にはとてつもなく強力な絆が生まれたのだと。
そう知るには十分な光景だった。
互いに互いを必要としている状態の二人を、無理に引き離すのはあまりにも忍びない。
あんな光景を見せられたら、誰もがそんな罪悪感を抱かざるを得ない。
だが、ターニャの判断が正しいのもまた事実。
ジョー自身もそう感じたから、何も言うことなく身を引いたのだ。
ボロボロになったところに追い打ちをかけられている二人には、何よりも静かに心を休める時間が必要だ。
誰よりも強固に結ばれた絆が、悲しい結末をもたらさないように。
(本当にもう、妬けちまうけどな……)
両親がジャミルに殺されていたかもしれないと。
目覚めたばかりの時こそディアラントにすがりついたキリハだったが、あれ以降の彼は誰にも胸中を語ろうとしなかった。
そんなキリハはジョーの腕の中で、己の心を剥き出しにして泣き叫んでいた。
そしてジョーもまた、キリハには十五年前の秘密を打ち明けていたようだ。
これまであの二人と距離が近かったのは、自分の方だったはずなんだけど。
どうして自分には言えなかったことを、お互いにはあっさりと言えてしまったんだか。
安堵する反面、羨ましくて寂しいような。
複雑な心境に陥りながら、可能な限り冷静に周囲へ指示を振る。
その間にも病院にいるはずのジョーから届く様々なサポートに苦笑しつつ、ロイリアの様子を見に行くために車に乗り込もうとした時。
「ミゲル。」
ふと、自分を呼び止める声がした。
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