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第1章 闇の中に光るもの
耳障りな綺麗事
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それから、どれくらいの時間が流れた頃だろう。
「……キリハ。」
ふいに聞こえたのはドアを小さくノックする音と、自分を呼ぶ柔らかい声。
のろのろと顔を上げると、寝室の入り口にサーシャが立っていた。
「サーシャ……来てくれたんだ。」
「当たり前じゃない。心配だもん。」
微笑んだ彼女はそっと近寄ってきて、自分の隣に腰を下ろした。
「カレンは……大丈夫だった?」
「……今はまだ、大丈夫じゃないかな。ルカ君がそんなことをするわけないって、かなり取り乱してたから。さっき様子を見に行った時には、少し落ち着いたように見えたけど……念のためにってことで、カレンちゃんにも監視がつくことになったみたい。」
「そっか……」
行動派のカレンのことだから、放っておいたらルカを捜しに飛び出していただろう。
彼女まで危険に巻き込むのはルカの望むことではないだろうし、それでよかったのかもしれない。
ぼんやりとした思考で、そんなことを思う。
「キリハ…。キリハは、どうしたいの?」
「………」
サーシャからの問いに、すぐに返せる答えはなかった。
悩んでいるというより、そもそも分からない。
今の自分には、追い詰められたこの心が何を望んでいるのかも見えないのだ。
「……私には、言えない?」
悲しげな声が耳朶を打って、反射的に頭を振る。
「ごめん。言えないわけじゃないんだ。本当にもう、何もかもが分からなくて……」
―――嘘つき。
即座に、もう一人の自分がそう囁く。
自分の気持ちが分からないのは本当だけど、サーシャに言えないわけじゃないというのは嘘でしょ?
サーシャに負担をかけたくないからと言えば聞こえはいいけど、サーシャにこの気持ちが分かるわけないって、そう思って線を引いているだけじゃん。
そんな自分自身の囁きから逃げたくて、サーシャからも顔を逸らしてしまう。
「そっか……」
サーシャは静かにそう言うだけで、明らかに避けられたことには何も言ってこなかった。
「―――私はね、裁きや復讐だって理由があったとしても……キリハはやっぱり、誰のことも傷つけたくないんだと思うよ。」
彼女が口にしたのは、耳障りな綺麗事。
今の精神状況では、それを笑って聞き流すことも、曖昧に濁すこともできなかった。
「……よく言うよ。そうだったら俺は、あの時にルカを止められてた。」
「だから、そのチャンスをもう一度掴むために、ルカ君にはついていかなかったんでしょう?」
「やめてよ!!」
激情があっという間に臨界点を超えて、たまらず声を荒げてしまう。
「そんな風に、俺の行動を正当化しなくていいよ!! そんな都合のいい理想論なんか聞きたくない! そんな理想論で動ける自信なんか、今の俺にはない!! 俺は別に、救国の騎士でもなんでもないんだよ!?」
衝動的に立ち上がったキリハは、サーシャをきつく睨んで痛烈な言葉をぶつける。
そう。
救国の騎士だなんて、自分はそんな高尚な人間じゃない。
それなのに、成り行きでつけられた二つ名のとおりに、どんなにつらい時でも国を救えって?
幻想を押しつけるのも大概にしろ。
サーシャを通して見える、世間からの見えない圧力。
それに、底はかとない怒りが込み上げてくる。
「―――っ」
サーシャが大きく顔を歪める。
しかしその瞳に宿ったのは悲しみではなくて、自分と同じく怒りだった。
キッと目元を険しくしたサーシャは自身も立ち上がって、キリハに両手を伸ばす。
そして―――怒りに震えるキリハの唇に、自分のそれを重ねた。
「……キリハ。」
ふいに聞こえたのはドアを小さくノックする音と、自分を呼ぶ柔らかい声。
のろのろと顔を上げると、寝室の入り口にサーシャが立っていた。
「サーシャ……来てくれたんだ。」
「当たり前じゃない。心配だもん。」
微笑んだ彼女はそっと近寄ってきて、自分の隣に腰を下ろした。
「カレンは……大丈夫だった?」
「……今はまだ、大丈夫じゃないかな。ルカ君がそんなことをするわけないって、かなり取り乱してたから。さっき様子を見に行った時には、少し落ち着いたように見えたけど……念のためにってことで、カレンちゃんにも監視がつくことになったみたい。」
「そっか……」
行動派のカレンのことだから、放っておいたらルカを捜しに飛び出していただろう。
彼女まで危険に巻き込むのはルカの望むことではないだろうし、それでよかったのかもしれない。
ぼんやりとした思考で、そんなことを思う。
「キリハ…。キリハは、どうしたいの?」
「………」
サーシャからの問いに、すぐに返せる答えはなかった。
悩んでいるというより、そもそも分からない。
今の自分には、追い詰められたこの心が何を望んでいるのかも見えないのだ。
「……私には、言えない?」
悲しげな声が耳朶を打って、反射的に頭を振る。
「ごめん。言えないわけじゃないんだ。本当にもう、何もかもが分からなくて……」
―――嘘つき。
即座に、もう一人の自分がそう囁く。
自分の気持ちが分からないのは本当だけど、サーシャに言えないわけじゃないというのは嘘でしょ?
サーシャに負担をかけたくないからと言えば聞こえはいいけど、サーシャにこの気持ちが分かるわけないって、そう思って線を引いているだけじゃん。
そんな自分自身の囁きから逃げたくて、サーシャからも顔を逸らしてしまう。
「そっか……」
サーシャは静かにそう言うだけで、明らかに避けられたことには何も言ってこなかった。
「―――私はね、裁きや復讐だって理由があったとしても……キリハはやっぱり、誰のことも傷つけたくないんだと思うよ。」
彼女が口にしたのは、耳障りな綺麗事。
今の精神状況では、それを笑って聞き流すことも、曖昧に濁すこともできなかった。
「……よく言うよ。そうだったら俺は、あの時にルカを止められてた。」
「だから、そのチャンスをもう一度掴むために、ルカ君にはついていかなかったんでしょう?」
「やめてよ!!」
激情があっという間に臨界点を超えて、たまらず声を荒げてしまう。
「そんな風に、俺の行動を正当化しなくていいよ!! そんな都合のいい理想論なんか聞きたくない! そんな理想論で動ける自信なんか、今の俺にはない!! 俺は別に、救国の騎士でもなんでもないんだよ!?」
衝動的に立ち上がったキリハは、サーシャをきつく睨んで痛烈な言葉をぶつける。
そう。
救国の騎士だなんて、自分はそんな高尚な人間じゃない。
それなのに、成り行きでつけられた二つ名のとおりに、どんなにつらい時でも国を救えって?
幻想を押しつけるのも大概にしろ。
サーシャを通して見える、世間からの見えない圧力。
それに、底はかとない怒りが込み上げてくる。
「―――っ」
サーシャが大きく顔を歪める。
しかしその瞳に宿ったのは悲しみではなくて、自分と同じく怒りだった。
キッと目元を険しくしたサーシャは自身も立ち上がって、キリハに両手を伸ばす。
そして―――怒りに震えるキリハの唇に、自分のそれを重ねた。
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