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第8章 次なるターゲット
願いを託して
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夜が明けて、ジョーの容態を宮殿に報告してからたったの数時間。
息を切らせたディアラントとその他の面々が、怒濤の勢いで病室に雪崩れ込んできた。
昨日までピンピンとしていたはずの人間が、たった一晩で瀕死の状態に陥るなんて。
悪い冗談だと思いたかったのに、ベッドの上のジョーは固く目を閉じていて、心拍を刻む電子信号は微弱。
唐突な報告に動揺する皆を迎えた現実は、彼らを救ってはくれなかった。
「これは隊長命令ですよ…? いつもの無駄なしぶとさで、絶対に起きてください。そんで、ここまで心配させた責任を取ってください。もう二度と……あなたの悪魔スマイルになんか、騙されてやりませんからね…っ」
涙目でジョーに告げたディアラントは、残りの気力を振り絞ってミゲルのフォローに回った。
ジョーの話によると、ディアラントと彼は、ランドルフに派遣されたターニャの剣と盾。
誰にも明かせないもう一つの任務を背負う者どうし、その仲はミゲル並みに深かったのだろう。
ミゲルや他の人々を鼓舞しながらも、ディアラントは誰よりも悔しそうだった。
他の皆も次々とジョーに語りかける中、こっそりとターニャも病室に訪ねてきた。
「まさか……こんな形で、もう一度お会いすることになるとは思いませんでした。父と交流があったあなた方が、ジョーさんのご両親だったなんて……」
ジョーの両親と対面した彼女は、複雑そうな声音でそう呟いた。
どうやら、十五年前にジョー本人と顔を合わせることはなかったものの、彼の両親とは何度か面識があったようだ。
ジョーの両親も肩を落とすターニャの手を取り、「本当にご立派になられましたね。」と、親しみを込めて彼女に接していた。
「あの方のことについては、ランドルフさんからお聞きしました。もしもの時のために、今後のことについて話し合わせていただけますか?」
神官としての態度を貫き、ターニャは冷静に告げる。
その話し合いは決して明るいものではないが、それを受けたジョーの両親は覚悟の表情で頷いて、彼女と共に病室を出ていった。
「アルシード……」
面会時間も終わり、ミゲルやケンゼルたちも別室へと引き上げた後。
ようやくジョーと二人きりになれたキリハは、ポツリとその名前を呼んだ。
「今起きたら、びっくりするよ? アルシードの周り、みんなが買ってきた花束で埋もれそうになってるんだから。やっぱり、みんなも分かってたんだよ。怒らせると怖いけど……一度味方になったら絶対に裏切らないって、そんな風に信じて頼れる人だって。これのどこが最低な人間なのさ? 僕が死んでも誰も悲しまないなんて、完全に嘘じゃん……」
たくさんの人々が泣いた。
あの能天気な師匠や不動の神官ですら、悲しみと恐怖に身を震わせていた。
それほどまでの好意と信頼に、どうして気付かないの?
どうして、気付こうとしなかったの…?
「アルシード……お願いだから、行かないでよ。こんな俺を、置いていかないで…っ」
余計な人がいなくなったことで、ようやくこの心細さを吐き出せる。
どうして…?
せっかくエリクが助かったのに、その代償としてアルシードが死ななきゃいけないの?
彼はトラウマを乗り越えて、それこそ命懸けでエリクを救ったじゃないか。
それなのに……命の天秤は、こんなにも機械的に、少しの情もなく、正負のバランスを取ろうとするのか。
「キリハ……この子の秘密を聞いたんだね。」
激情を必死に押し殺していると、背後に音もなく気配が立った。
「ユアン…っ」
その姿を見た瞬間、どっと気が抜ける。
気付かぬうちに、涙があふれてくるほどに。
「ユアン、どうしよう…っ。このままじゃ、アルシードが…っ」
「うん……」
すがりついてくるキリハに、ユアンは静かに頷く。
「希望は五分五分だろうね…。この子が簡単に負ける子ではないことは分かっているけど……開いた傷が、あまりにも深すぎるから。」
「そんなのやだよ!!」
ユアンを前にしたら我慢などできなくて、キリハは心が訴えるままに叫んだ。
「やだ…。アルシードが死んじゃったら……俺は、誰にこの気持ちを聞いてもらえばいいの? 父さんや母さんを殺された苦しさを、誰に吐き出せばいいの!?」
「キリハ……」
キリハの胸中を聞いたユアンは一度大きく目を見開き、次に全てを悟った表情で息をついた。
「そうか…。そうだね。確かにアルシードは……君にとって、唯一の存在になりえるか。」
キリハの肩を抱き、ユアンはアルシードを見つめる。
「キリハ。誰から、アルシードのことを聞いたんだい?」
「そんなの、アルシードからに決まってんじゃん。」
「え…? 本人から、直接…?」
「そうだよ。俺が違和感に気付いて踏み込んだら、ちゃんと教えてくれた。エリクさんを助けてくれたのも、アルシードだったんだよ。」
「嘘……この子が、エリクを助けたって…?」
「うん……うん…っ」
抑えていた感情があふれて、キリハは涙と共に必死に語る。
「アルシードは、ルカや俺に自分と同じになってほしくないからって……トラウマに勝って、エリクさんを助ける薬を作ってくれたんだ。それなのに、俺は……アルシードを、エリクさんに会わせちゃった。どうしよう…っ。アルシードはケンゼルじいちゃんたちに任せて、俺はサーシャと一緒にエリクさんの所に行ってれば……こんなことには…っ」
昨日からずっと、後悔していた。
アルシードの傷が深いことは分かっていたし、彼が発作でどんなに苦しんでいたかも見たはずなのに、考えと気遣いが及びきっていなかった。
こんなことになるなら、エリクを待たせることになったとしても、レイミヤから出ない方がよかったのに……
「……いや。」
顔を覆って嘆くキリハに対し、ユアンの声に少しの希望が宿った。
「それなら、まだ望みはある。」
「―――っ!!」
その言葉に、キリハはバッと顔を上げる。
「この子は一度、君とルカのために自力でトラウマに勝った。そして、完全に崩れ落ちる前に、君に傷を共有することができた。それならこの子の中でも、君は誰よりも特別になっているはずだ。だから……」
「だから…?」
「君の声なら、届くかもしれない。」
涙で濡れたキリハの瞳をまっすぐに見つめ、ユアンは力強く頷く。
「焔に頼んでみよう。あの子は君が大好きだから……僕が君を呼び戻した時と同じように、君がアルシードを呼び戻す手伝いをしてくれるはずさ。」
「で、でも……」
ユアンの提案に、キリハは戸惑う。
「今の俺は、焔に触れないんだよ…?」
「そんなの、関係ないさ。」
キリハの不安を、ユアンは軽く笑い飛ばす。
「君たちの絆は、人間と剣という物理的なもので繋がっているわけじゃないだろう? あの子は、君がもう一度自分を受け入れてくれる日を今もずっと待ってる。そのために必要なことなら、喜んでやってくれるはずだよ。生みの親である僕が保証する。」
「………」
「だから、焔に願いを託してごらん。」
大丈夫だから、と。
ユアンの微笑みが、力強く心を支えてくれる。
「………っ」
涙を流すばかりだったキリハは、そこでぐっと表情を引き締めた。
正直、疑問は残る。
過去に《焔乱舞》が自分を呼び戻してくれたのは、それが親であるユアンの望みだったから。
自分の望みなんか、聞いてくれるだろうか。
そう疑い始めたら、きりがない。
それでも今は、藁にもすがりたいほどに追い詰められている状況だ。
成功の確率が一パーセントでもあるなら、なんだって試してやる。
キリハは緊張の面持ちで、ジョーの手を取る。
それを額の前に持っていき、祈るように目を閉じた。
(お願い、焔…。俺の時みたいに、アルシードに俺の声を届けて。俺のために戻ってきてって……みんながあなたを必要としてるって、伝えてあげて…っ)
何度も何度も、くどいくらいに。
声に出していたら喉が枯れるくらいの力を込めて、ただ戻ってきてほしいと願う。
―――チリ…
そんなキリハの手元に、微かに赤い色が舞う。
それを見たユアンは、柔らかく表情を和ませた。
一度キリハを後ろから抱き締めた彼は、ゆっくりとその手をキリハの手に重ねる。
そしてキリハと共に目を閉じて、一縷の希望に願いを託した。
息を切らせたディアラントとその他の面々が、怒濤の勢いで病室に雪崩れ込んできた。
昨日までピンピンとしていたはずの人間が、たった一晩で瀕死の状態に陥るなんて。
悪い冗談だと思いたかったのに、ベッドの上のジョーは固く目を閉じていて、心拍を刻む電子信号は微弱。
唐突な報告に動揺する皆を迎えた現実は、彼らを救ってはくれなかった。
「これは隊長命令ですよ…? いつもの無駄なしぶとさで、絶対に起きてください。そんで、ここまで心配させた責任を取ってください。もう二度と……あなたの悪魔スマイルになんか、騙されてやりませんからね…っ」
涙目でジョーに告げたディアラントは、残りの気力を振り絞ってミゲルのフォローに回った。
ジョーの話によると、ディアラントと彼は、ランドルフに派遣されたターニャの剣と盾。
誰にも明かせないもう一つの任務を背負う者どうし、その仲はミゲル並みに深かったのだろう。
ミゲルや他の人々を鼓舞しながらも、ディアラントは誰よりも悔しそうだった。
他の皆も次々とジョーに語りかける中、こっそりとターニャも病室に訪ねてきた。
「まさか……こんな形で、もう一度お会いすることになるとは思いませんでした。父と交流があったあなた方が、ジョーさんのご両親だったなんて……」
ジョーの両親と対面した彼女は、複雑そうな声音でそう呟いた。
どうやら、十五年前にジョー本人と顔を合わせることはなかったものの、彼の両親とは何度か面識があったようだ。
ジョーの両親も肩を落とすターニャの手を取り、「本当にご立派になられましたね。」と、親しみを込めて彼女に接していた。
「あの方のことについては、ランドルフさんからお聞きしました。もしもの時のために、今後のことについて話し合わせていただけますか?」
神官としての態度を貫き、ターニャは冷静に告げる。
その話し合いは決して明るいものではないが、それを受けたジョーの両親は覚悟の表情で頷いて、彼女と共に病室を出ていった。
「アルシード……」
面会時間も終わり、ミゲルやケンゼルたちも別室へと引き上げた後。
ようやくジョーと二人きりになれたキリハは、ポツリとその名前を呼んだ。
「今起きたら、びっくりするよ? アルシードの周り、みんなが買ってきた花束で埋もれそうになってるんだから。やっぱり、みんなも分かってたんだよ。怒らせると怖いけど……一度味方になったら絶対に裏切らないって、そんな風に信じて頼れる人だって。これのどこが最低な人間なのさ? 僕が死んでも誰も悲しまないなんて、完全に嘘じゃん……」
たくさんの人々が泣いた。
あの能天気な師匠や不動の神官ですら、悲しみと恐怖に身を震わせていた。
それほどまでの好意と信頼に、どうして気付かないの?
どうして、気付こうとしなかったの…?
「アルシード……お願いだから、行かないでよ。こんな俺を、置いていかないで…っ」
余計な人がいなくなったことで、ようやくこの心細さを吐き出せる。
どうして…?
せっかくエリクが助かったのに、その代償としてアルシードが死ななきゃいけないの?
彼はトラウマを乗り越えて、それこそ命懸けでエリクを救ったじゃないか。
それなのに……命の天秤は、こんなにも機械的に、少しの情もなく、正負のバランスを取ろうとするのか。
「キリハ……この子の秘密を聞いたんだね。」
激情を必死に押し殺していると、背後に音もなく気配が立った。
「ユアン…っ」
その姿を見た瞬間、どっと気が抜ける。
気付かぬうちに、涙があふれてくるほどに。
「ユアン、どうしよう…っ。このままじゃ、アルシードが…っ」
「うん……」
すがりついてくるキリハに、ユアンは静かに頷く。
「希望は五分五分だろうね…。この子が簡単に負ける子ではないことは分かっているけど……開いた傷が、あまりにも深すぎるから。」
「そんなのやだよ!!」
ユアンを前にしたら我慢などできなくて、キリハは心が訴えるままに叫んだ。
「やだ…。アルシードが死んじゃったら……俺は、誰にこの気持ちを聞いてもらえばいいの? 父さんや母さんを殺された苦しさを、誰に吐き出せばいいの!?」
「キリハ……」
キリハの胸中を聞いたユアンは一度大きく目を見開き、次に全てを悟った表情で息をついた。
「そうか…。そうだね。確かにアルシードは……君にとって、唯一の存在になりえるか。」
キリハの肩を抱き、ユアンはアルシードを見つめる。
「キリハ。誰から、アルシードのことを聞いたんだい?」
「そんなの、アルシードからに決まってんじゃん。」
「え…? 本人から、直接…?」
「そうだよ。俺が違和感に気付いて踏み込んだら、ちゃんと教えてくれた。エリクさんを助けてくれたのも、アルシードだったんだよ。」
「嘘……この子が、エリクを助けたって…?」
「うん……うん…っ」
抑えていた感情があふれて、キリハは涙と共に必死に語る。
「アルシードは、ルカや俺に自分と同じになってほしくないからって……トラウマに勝って、エリクさんを助ける薬を作ってくれたんだ。それなのに、俺は……アルシードを、エリクさんに会わせちゃった。どうしよう…っ。アルシードはケンゼルじいちゃんたちに任せて、俺はサーシャと一緒にエリクさんの所に行ってれば……こんなことには…っ」
昨日からずっと、後悔していた。
アルシードの傷が深いことは分かっていたし、彼が発作でどんなに苦しんでいたかも見たはずなのに、考えと気遣いが及びきっていなかった。
こんなことになるなら、エリクを待たせることになったとしても、レイミヤから出ない方がよかったのに……
「……いや。」
顔を覆って嘆くキリハに対し、ユアンの声に少しの希望が宿った。
「それなら、まだ望みはある。」
「―――っ!!」
その言葉に、キリハはバッと顔を上げる。
「この子は一度、君とルカのために自力でトラウマに勝った。そして、完全に崩れ落ちる前に、君に傷を共有することができた。それならこの子の中でも、君は誰よりも特別になっているはずだ。だから……」
「だから…?」
「君の声なら、届くかもしれない。」
涙で濡れたキリハの瞳をまっすぐに見つめ、ユアンは力強く頷く。
「焔に頼んでみよう。あの子は君が大好きだから……僕が君を呼び戻した時と同じように、君がアルシードを呼び戻す手伝いをしてくれるはずさ。」
「で、でも……」
ユアンの提案に、キリハは戸惑う。
「今の俺は、焔に触れないんだよ…?」
「そんなの、関係ないさ。」
キリハの不安を、ユアンは軽く笑い飛ばす。
「君たちの絆は、人間と剣という物理的なもので繋がっているわけじゃないだろう? あの子は、君がもう一度自分を受け入れてくれる日を今もずっと待ってる。そのために必要なことなら、喜んでやってくれるはずだよ。生みの親である僕が保証する。」
「………」
「だから、焔に願いを託してごらん。」
大丈夫だから、と。
ユアンの微笑みが、力強く心を支えてくれる。
「………っ」
涙を流すばかりだったキリハは、そこでぐっと表情を引き締めた。
正直、疑問は残る。
過去に《焔乱舞》が自分を呼び戻してくれたのは、それが親であるユアンの望みだったから。
自分の望みなんか、聞いてくれるだろうか。
そう疑い始めたら、きりがない。
それでも今は、藁にもすがりたいほどに追い詰められている状況だ。
成功の確率が一パーセントでもあるなら、なんだって試してやる。
キリハは緊張の面持ちで、ジョーの手を取る。
それを額の前に持っていき、祈るように目を閉じた。
(お願い、焔…。俺の時みたいに、アルシードに俺の声を届けて。俺のために戻ってきてって……みんながあなたを必要としてるって、伝えてあげて…っ)
何度も何度も、くどいくらいに。
声に出していたら喉が枯れるくらいの力を込めて、ただ戻ってきてほしいと願う。
―――チリ…
そんなキリハの手元に、微かに赤い色が舞う。
それを見たユアンは、柔らかく表情を和ませた。
一度キリハを後ろから抱き締めた彼は、ゆっくりとその手をキリハの手に重ねる。
そしてキリハと共に目を閉じて、一縷の希望に願いを託した。
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