竜焔の騎士

時雨青葉

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第7章 救われた命の代償

想定外の来訪

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 ノックをしたのは、外に控えていた見張りの一人。


 彼は細く扉を開いて、室内にいる仲間に何かを伝える。 
 伝言を聞いたその人は、明らかな困惑と動揺を見せていた。


「ケンゼル総指令長。」


 周囲にも困惑が伝播していく中、伝言を聞いた彼は控えめにケンゼルを呼ぶ。


 自らは動こうとせずに「ちょっと……」と手招きをしている仕草から、他の人々には聞かれたくないことなのだと察せられた。


「なんじゃ?」


 不穏な何かを察知し、ケンゼルはそちらへと向かう。
 そして耳元に寄せられた口から、こっそりと報告を聞いた彼は……




「なっ……エリクが…っ」




 驚きのあまりか、つい口を滑らせてしまった。


「―――っ!?」


 まさか、エリク本人がここに来たのか。
 ケンゼルの表情と言葉から、キリハとオークスも最悪の事態を察した。


 自分たちですら、息が止まりそうになったのだ。
 当然、慌てて振り返った先では―――


「………っ」


 顔を真っ青にしたジョーが、全身を震わせていた。


 誰もが想像していなかった展開。
 逃げようにもここは五階の最奥だし、点滴のチューブで繋がれている彼は、すぐに身動きできる状態ではない。


 本人もここが袋小路であることを理解している上に、強がれる余裕もなかったのだろう。
 普段の無表情か笑顔は霧散し、眉を下げて両目を見開くその表情は、完全に怯えきってしまっていた。


「……はっ……は…っ」


 一気に呼吸のリズムが狂ったジョーの唇から、荒くなりかけた吐息と喘鳴ぜいめいが零れる。


「ま、まずい…っ」


 いち早く発作に気づいたロンドが、チェストに置かれていたジョーの薬ケースを取った。


「今は仕方ない。鎮静剤はどれだ!?」
「………っ」


 彼からの問いに、片手で胸を押さえてあえぐジョーは、もう片方の手で一本の注射器を指差すことでなんとか答える。


 オークスがジョーを支えに飛んでいく中、キリハはケンゼルの方へと駆け寄っていった。


「ごめん! 多分、俺がいつまで経っても来ないから……」


「いや…。わしが、余計なことを言ってしまったのが悪いんじゃ。それにまさか、まだ絶対安静のエリクが自分で歩いてくるとは、さすがに思っておらんかったわい……」


 自分の失態を呪うように、ケンゼルは苛立たしげに爪を噛んだ。


「と、とりあえず、俺が出るね?」
「ああ、頼んだ。」


 ケンゼルと頷き合い、キリハは病室の扉に向かう。


「ごめん、もたもたしてて…っ」


 慌てて扉を開けると―――


「キリハ君……」


 柔らかい声が、自分を呼んだ。


「エリクさん……」


 それ以上、何も言えない。


 やはり、動くには無理があったようだ。
 片手で杖をつくだけでは足りず、反対側はルカに支えられてやっとといった様子のエリク。




 でも、その顔に浮かべられた笑顔は、今までと寸分の違いもなく優しくて―――




わりぃ。全員で散々止めたんだけど、這ってでも行くって聞かなくてよ。」


 呆れ半分、困惑半分といった心境だろうか。
 エリクを支えるルカが、複雑そうにそう告げる。
 それに対し、エリクは小さく肩をすくめるだけだった。


「だって、宮殿の人がキリハ君を五階の病室に連れ去ってったって、サーシャちゃんが言うから…。強制的に連行されるくらい体調が悪いのかって、心配になるじゃない。」


「あ…」


 しまった。
 込み入った話になったらと思って、サーシャを先にエリクの元へ行かせたことが裏目に出たらしい。


「あ、あはは…。だ、大丈夫だよ。しばらくレイミヤに帰っててお医者さんにかかってなかったから、念のためにってくらい。」


 とにかくここは、一刻も早くエリクたちと共に立ち去らなくては。
 曖昧あいまいに濁したキリハは、このままの流れでエリクの病室に向かおうとしたのだが……


「そっか……ごめん。キリハ君の顔を見てほっとしたら、急にしんどくなってきた。ちょっと、中で座らせてもらってもいい?」


 苦笑いのエリクに、そう頼まれてしまった。


「あ…」


 そりゃそうだ。
 無理を通して歩いてきたエリクに、元の場所へ帰るまでの体力はまだあるまい。


 一瞬固まりつつも、ちらりと後ろへ目配せ。
 瞬時に中では厳戒態勢が準備され、外にいた一人が車椅子の手配に走る。


「もう……無理するから……」
「面目ない……」


 周りの人に補助されながら、扉近くに設置した椅子に座るエリクは、やはり笑うばかりだった。


「おい。あれ、どうした?」


 部屋の奥で介抱されているジョーに気付いたルカが、小声で訊ねてくる。


「実は……今、結構笑えない状態。そもそも、強制連行されたのは俺じゃないんだ。」
「………」


 こちらの言葉とジョーの様子から、ルカは色々と悟ったらしい。
 切れ長な目が、険しく細められた。


「キリハ君……」
「あ、はい!」


 そこでエリクに袖を引かれ、キリハは慌てて彼の前に膝をついた。


「大丈夫…?」


 エリクの手を握り、そっと訊ねる。


「そう訊きたいのは、僕の方だよ。」


 瞬く間に涙を浮かべたエリクは、力が入らない腕でキリハを精一杯抱き締めた。


「ごめんね……ごめんね…っ。つらかっただろう…? 僕のせいで……あんなに怖い思いをして、あんなものを見せられて…っ」


「………っ」


 涙で震えるエリクの声が、心を揺らす。
 大きく顔を歪めたキリハは、自分も強くエリクを抱き締め返した。


「違うよ…。エリクさんは悪くない…っ。エリクさんがルカに残したメッセージは、俺も読んだ。あれがあったから俺は助かったんだし……エリクさんが、好き好んであんなことするわけないって……信じてたもん…っ」


 ショックを受けたのは本当。
 つらかったのも本当。


 だけど、心の奥ではずっと信じていた。
 信じていたかった。




 大事な人を、また失いたくなかった……




「よかった…っ。エリクさんが死んじゃわなくて……もう一度、話すことができて…っ」
「うん…。僕も、君にちゃんと謝れてよかったよ…っ」


 二人で涙しながら、互いの生を確かめ合う。


 心が痛みながらも、確実に暖まる。
 それは、そんな時間だったように思えた。

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