竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
430 / 598
第6章 復讐の道

今こそ、この強みが活きる時。

しおりを挟む
 キリハがはっきりと否を告げると、ピクリと肩を震わせたジョーが、ゆっくりと顔を上げた。
 その表情から笑みが消え失せ、若干の不愉快さを伴った冷たい眼光がキリハを貫く。


「どういう意味?」
「………っ」


 言外に、〝分かったような口をくな〟と告げられているのが分かる。
 彼が全力で放つ拒絶に、ともすれば気持ちが怖気おじけづきそうになる。


 だけど、ここで引いてはいけないと思った。


 ここで引いたら、こうして真実を語って傷ついた心を見せてくれた彼を、またひとりにしてしまうような気がして……


「俺は、アルシードが報酬のためだけに頑張ってたんじゃないと思う。」


「……はぁ。僕に変な幻想をいだくのも、いい加減にしたら?」


「じゃあどうして、レティシアたちの処分で喧嘩してた時、俺を心配してケンゼルじいちゃんの所まで駆けつけてくれたの?」


「………っ!!」


 率直に訊ねると、彼は露骨に言葉をつまらせた。


「今まで言わなかったけど……実はあの時から、アルシードが俺にひどいことを言った本当の理由を知ってたんだ。」


「本当の理由…?」


「俺のことを考えるなら、余計な情けはかけるべきじゃない。自分たちは、俺に重たいものを押しつけちゃいけないんだって……そう言ってくれてたよね?」


「……あっ!?」


 もう一年以上前のことなので、思い出すのに少し時間がかかったようだ。
 数秒記憶を手繰たぐった彼は、思い至った瞬間に焦った様子を見せた。


「ちょ……待って! 最後まで聞いてたなら、これも聞いてたよね!? キリハ君を突っぱねた理由の大半は、ドラゴンが僕らにとっての危険因子に他ならないと思うからだって!」


「それでも、俺のことを心配してくれたのも本当でしょ?」


「そ、それはあくまでも、軍人としての義務の範囲で―――」


「じゃあ、これも教えて?」


 言い募るジョーに、キリハは純粋な眼差しで問いかける。


 宮殿で二年半以上の経験を積んだって、やっぱり自分は頭を使いながら話せない。
 直感が訴えるままに、思ったことを飾らずにぶつけることしかできない。


 でも、そんな自分だからこそ見抜ける真実がある。
 こうしてすぐに周りを拒絶してしまう彼にも、届けられる言葉があるはずだ。


 何事とも裏表なく向き合えるのは、自分の立派な強みだって。


 いつかのルカも、そう言ってくれたんだから。


「どうして、レティシアたちの管理をミゲルに任せなかったの? レティシアたちが危険だって言う割には、アルシードは平気でレティシアたちにさわってるよね? 今でも時々公表してるレティシアたちの映像に、俺とロイリアが遊んでる映像が絶対に入ってるのはなんで?」


「それは……そういうシーンを見せておけば、ドラゴンに対する偏見も少しはやわらぐかと……」


「そうだよね。じゃあそれは、誰のためなの?」


 キリハは畳み掛けるように、問いを連ねる。


「それは本当に、ランドルフさんとの契約でターニャを助けるため? だけどアルシードは、たまにこうぼやいてなかったっけ? ドラゴン討伐が終わったら、どういうメリットを大義名分にして、レティシアたちを保護し続ければいいのかって。それってさ……レティシアたちを契約に組み込んで、ターニャの剣や盾にする気がないってことだよね?」


「―――っ!!」


「あれ? その考えはなかったの? 俺だったら、レティシアたちはターニャの護衛にはピッタリだと思うけどなぁ。」


 ターニャの勢力拡大に尽力すること。
 それが契約なら、レティシアたちをターニャの支配下に置くことが何よりも大きな成果になるはず。


 考えが深くは回らない自分でも、真っ先にそう思うのだ。
 頭脳では右に出る者がいない彼ならば、当然のようにその考えに思い至っていると思ったのに。


 ここで彼がハッとした顔をするということは、彼がレティシアたちの保護を積極的に統括していた理由はそれじゃない。


 じゃあ、それ以外の理由なんて明らかだ。


 以前にレティシアから教えてもらった推測。
 それがここで、大きな武器となる。




「アルシードが率先してレティシアたちを管理してるのは、契約のためじゃない。ただ単純に、レティシアたちを西側に帰したくないだけ。それは―――レティシアたちに、俺を裏切らせないためだよね?」




 たくさんの記憶が繋がって、自分に真実を教えてくれる。


『どうにかしようって頑張って心を砕いた分、それが叶わなかった時にどうなると思うの? ドラゴンを自然に返してやったとして、それが仇になったらどうするの? その時になって今以上に傷つくのは、キリハ君なんだよ?』


 レティシアたちの処分を巡って対立した時、彼が頭ごなしに自分を否定した真意は、この言葉に凝縮されていたんだと思う。


 裏切りという行為は、彼にとって一番の禁忌。
 そう考えれば、彼の言動はそのトラウマにかなり縛られていることが分かる。


 彼が基本的に一人で多くの仕事を抱え込んで、誰にも頼ろうとしないことも。
 少しでも距離を縮めようとすると、猫のように逃げていったり威嚇したりしてくるのも。


 他人も自分も信じずに常に一定の距離を保つことで、彼は裏切りという状況がそもそも成り立たないようにしたいのだ。


 裏切られて傷つく心の根底には―――相手を信じていたという気持ちがあるから。


「アルシードは、誰かを裏切らない。。誰かが裏切られる場面だって見たくない。だから……裏で色んなことを頑張って、みんなを守ってくれてたんじゃないの?」


 キリハはふんわりと表情を緩めて、ジョーに優しく問いかけた。


『あなたにどんな意図があったにしろ、私たちと町の皆があなたに感謝していることは変わりません。』


 ばあちゃん。
 本当にそのとおりだね。


 今度は、俺からアルシードに伝えてあげる。


「どんな理由だったとしてもね、アルシードがみんなを守ってたことは変わらないよ。裏切られた仕返しをするなら、その分自分も裏切っちゃえばいいって考え方もあると思うけど、アルシードはそうしなかった。その時点で、アルシードは最低な人間じゃないと思うよ。」


「―――っ!?」


 その瞬間、ジョーがカッと顔を赤くする。
 それは照れたわけではなく、プライドを刺激されて不愉快だったからだろう。


「そんなこと―――」
「アルシード。」


 声を荒げかけたジョーの冷たい手を、キリハは両手でそっと包む。


「アルシードがどう思ったとしても、俺は断言する。俺はアルシードを信じるし、アルシードが死んじゃったとしたら、それを誰よりも悲しむよ。」


 今までみたいに、彼が優しい人だとは言わない。


 復讐のために躊躇ためらいなく自分自身を殺したことも、計画に邪魔な人間を殺してやるというランドルフの契約に乗ったことも、とても怖い判断だと思う。


 普段は温厚に見える彼が、非常に攻撃的で自尊心が高くて、自分を否定されるのが大嫌いなんだということも分かった。


 口振りや言葉の端々から、彼が周囲のほとんどを見下していることも伝わっている。


 でもね……―――これだけは、認めてもらうしかないよ。


 アルシードの計画は、半分成功で半分失敗なんだ。




 ―――だって俺は、真実を知ってもあなたを嫌いになれないもの。




 むしろ、放っておけなくなっちゃった。
 こんな可哀想な人を、ひとりにできるわけがないじゃん。


 ネガティブ方面の共通点の方が、仲が深まるかもしれない。


 以前にルカが言っていた言葉の正しさを、今ひしひしと感じている。


 もし、自分の両親が本当に殺されていたんだとしたら。
 幼い頃に家族を殺された彼は、生きている人の中で一番自分に近い存在になる。


 この短くも濃厚な時間を経て、アルシードはディアラントを越えて、自分の中で特別な存在になってしまった。


 もしかしたら彼がやたらと自分に優しいのも、そんな仲間意識がさせていたことなのかもしれない。


「あのね、アルシード。俺は―――」


 続きの言葉は、ふと途切れることになった。
 真夜中なのにも関わらず、携帯電話が大きく鳴り響いたからだ。


「カレンだ…。もしもし?」


 片手はジョーの手を離さないまま、キリハは電話に出る。
 そして、その目を大きく見開くことになった。




「……え? エリクさんが―――」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...