竜焔の騎士

時雨青葉

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第6章 復讐の道

事情聴取

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 それから現地の警察が乗り込んでくるまでに、数時間はかかったか。
 一人でのんびりと建物の入り口で待っていた僕に、警察の人たちは少し混乱していた。


 中には毒ガスが充満しているから、気をつけて突入した方がいい。
 当然、僕の言葉はすぐに信じてはもらえなかった。


 だけど、いざ中に入ってみればそのとおりの光景が広がっている。
 さらには、僕が毒と解毒薬のレシピを渡したもんだから、誰もがこの現実を受け入れるしかなかった。




 たった九歳の子供が、テロ組織のアジトを制圧したんだと。




 とりあえず病院に担ぎ込まれたあいつらは、誰も死ぬことはなかった。


 当たり前じゃん?
 毒だと言ってはみせたけど、実際は効果が強烈なだけのしびれ薬だもん。


 まあ、解毒薬を飲まないと動けるようにはならないから、放置される時間が長くなれば、餓死か衰弱死が待っていただろうけど。


 詳しい事情聴取はともかく、僕はすぐにセレニアに帰されて、宮殿本部に保護されることになった。
 そして、徹底的に人払いをかけて隔離した貴賓室で、一ヶ月以上ぶりに両親に再会。


 あいつらに仕返しをしてやることに夢中だった裏側では、かなりのストレスを溜めていたのかもしれない。


 温かい胸に抱かれた瞬間に気が抜けて、両親と三人で大声をあげて泣いた。


 それから三日後。
 厳戒態勢の両親に挟まれて、僕は宮殿の事情聴取を受けることになった。


 事情聴取の担当は、情報部で立ち上がった捜査チームの代表であるケンゼルさんが務め、僕の話が専門的なものになった時の解説役としてオークスさんが選ばれた。


 そして、事件の首謀者がテロ組織だったこともあり、ターニャ様の父親である当時の神官や、その護衛兼監視役のランドルフ上官までもが、その場に集まった。


 僕がアジトを制圧せずにあいつらの言いなりになっていたら、いつかはセレニアで大規模な殺戮さつりくが行われていた可能性もある。


 事が事だけに、全てをおおやけにするわけにはいかなかったのだろう。
 警察には一切関与させず、宮殿が直々に調査に乗り出ていることから、それは明らかだった。


 僕は淡々と、事件の経緯を話した。
 とはいえ僕が話せることなんて、急にかっさらわれて毒を作れと言われたってことくらいだけど。


「ああ…っ。やっぱり……やっぱり、ジョーが……」
「母さん……」


 顔を覆って泣き伏す母さんの肩を、父さんが気遣わしげに支える。
 宮殿サイドの人々も、苦々しい表情で言葉を躊躇ためらっていた。


 そりゃ、もう知ってるか。
 あんなに分かりやすくパソコンにデータを残していれば、捜査が入ればすぐにばれるっての。


「それで、お兄ちゃんがどこにいるのか、アルシード君は知っているかな?」


 訊くのをはばかられる空気だとしても、事情聴取である以上訊かないわけにはいかない。
 とても優しい口調とは裏腹に、ケンゼルさんの表情はかなりつらそうに見えた。


「死んだ。」
「!?」


 端的な僕の答えに、皆が顔を真っ青にして呼吸を止める。
 でも、事実なんだから仕方ない。


「バラバラにして、海に捨てたってさ。その前に荷物に潰されてぺしゃんこになってたし、その時にはもう死んでたんじゃない?」


「すぐに埠頭ふとうに人を送れ。どこかに血液反応が残っているかもしれない。」


「はい!」


 ケンゼルさんの鋭い指示で、彼の部下が慌ただしく部屋を出ていく。


「そんな……そんな…っ」


 やっと息子の一人が戻ってきたのに、もう一人の息子は二度と戻ってこない。
 その事実に母さんは声をこらえきれずにむせび泣き、父さんも茫然として涙を流す。


 あんな奴が死んだところで、何が悲しいんだろう。


 両脇の反応を、僕は理解できなかった。


「神官様……これは、どうしたものでしょうか?」
「うん……」


 ケンゼルさんの問いに、彼は難しそうにうなる。


「ひとまず、アルシード君には被害者保護制度を適用して、名前も年齢も変えよう。だけど……一般家庭の子供にするのは危険すぎる。ご両親たっての希望で、これまではメディアに姿を見せずに済んでいたとはいえ……今回の拉致らちで、裏にはアルシード君の容姿が知れ渡ってしまった可能性が高いだろう。」


「………」


 彼を断言を否定する人間はいない。
 誰もが皆、深刻そうな表情で頷くだけだ。


「名前を変えた上で……警護体制が厳格であるのが当然な、宮殿関係者の縁者に加えるのが最も安全性が高いか。……ケンゼル、オークス。この件を外に漏らせない以上、君たち二人のどちらかにアルシード君の保護を頼むしかない。宮殿からの支援は惜しまないから、請け負ってもらえないだろうか。」


「もちろんです。」


「この件については、マスコミの規制とアルシード君の警護に出遅れた情報部にも責任がありましょう。喜んでお引き受けいたしますとも。」


 神官からの要請に、オークスさんもケンゼルさんも真摯しんしに応える。


「ま……待ってください。」


 そこで、父さんが焦った様子で口を挟んだ。


「ケンゼルさんかオークスさんの縁者に加えるって……アルシードは、私たちの息子ですよ!?」
「ご理解ください。お父様、お母様。」


 彼は痛む胸を押さえながら、静かに語る。


「アルシード君の才能は世界の発展には欠かせない、とても素晴らしいものです。ですがそれは、使い方次第で善にも悪にもなりえるのです。この子が二つの難病治療薬を作った一方で、テロ組織を壊滅させる毒を作ったという事実を、我々は重く受け止めなければなりません。」


「だからアルシードを、国の監視下に置くと…? この子はただ、自分の身を守るために必死だっただけです!!」


「分かっております。」


 父さんの訴えを、彼は深く頷いて肯定する。


「もちろん、アルシード君にはなんの非もありません。それはもう、重々に承知しております。ですがもう、何もなかったことにはできないのです。」


 そう語る彼は、父さん以上に切なくて苦しげな表情をして、現実を突きつけてくる。


「命を守るためとはいえ、アルシード君は薬も毒も作れるのだということを証明してしまった。多くの勢力がこの子を欲するでしょうし、多くの勢力が、この子を脅威と見なして命を狙うでしょう。残酷なことを言うようですが……あなた方の力では、アルシード君を守ることはできません。」


「………っ」


 あなた方では子供を守れない。
 そう言われたことは、両親には屈辱的だったのだろう。


 一瞬カッとして拳を震わせた父さんだったけど、反論できる材料がないからか、その拳を振り上げることはしなかった。


 母さんは僕をきつく抱き締めて、現実を拒絶するように首を左右に振っている。


「アルシード君を引き取るのは、私がいいでしょうな。」


 名乗りをあげたのは、オークスさんだった。


「私の親戚ならば、科学に携わっていても違和感はありません。その上で、ご両親が勤める製薬会社を研究部の傘下に入れておけば、会合だなんだと建前をつけて、ご両親とアルシード君を会わせてあげることも可能かと。」


「そうだね。その方がよさそうだ。」


「確かに、私のネットワークでは、ご両親との縁を繋げる自然な建前がありませんからね。」


 オークスさんの提言に、神官の彼もケンゼルさんも同意した。




「―――ねぇ。それよりも、もっといい方法があると思うんだけど。」




 もうそろそろ、しゃべってもいいかな。
 途中から退屈になって携帯電話をいじっていた僕は、大人たちに向かってそう言った。

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