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第5章 亡霊の正体
反転する世界
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初めて知る、ジョーにいた弟の存在。
その弟が成し遂げた、とんでもない功績。
正直なところ、あまりにも現実離れした話についていくのがやっと。
この話を聞いたところで、自分にはどうすればいいのか分からなかった。
ただ分かるのは、ジョーが十五年前に弟を亡くしたという過去。
そしてその弟が、彼にとってかなり重要な存在だということだけだ。
「弟さんは……どうして……」
この先に踏み込んでもいいのか分からない。
だけどなんとなく、話の続きを聞かなきゃいけない気がした。
ノアからもらったアドバイスと、ここまで追い詰められて苦しんでいるジョーの姿が、そうしろと訴えているように思えたのだ。
「表向きは事故死。」
最初に簡潔な結論を述べたジョーは、そこで瞼を伏せる。
「だけど……―――アルシードを殺したのは僕だ。」
あくまでも淡々と、彼は衝撃の事実を述べた。
言葉を失うキリハに構わず、彼は口を止めずに語る。
「魔が差したんだよ。難病の治療を押し進めたのがアルシードだって分かってから、世間はアルシード一色になった。誰もが天才だって言って、あいつを持ち上げて賞賛した。僕の同級生だって、口を開けばあいつの話ばかり…。悔しくないわけないだろう? それまで天才って呼ばれてたのは……僕の方だったのに……」
「………」
なんと答えればいいのか分からない。
その気持ちは、自分にはいまいち理解できないから……
「あいつが本当に僕以上の天才だって実感できたなら、まだ納得できたのかもしれない。だけどあいつったら、妖精さんに教えてもらって薬を作ったって、訳の分からないことばかり言うんだ。頭おかしいだろって、普通にそう思ったよね。」
「………」
「そのうち、あいつの顔を見るのも嫌になって、プログラミングやハッキングばっかやって、気を紛らわせてた。そんな時だったなぁ……海外のハッカーから、僕にメールが届いたのは。」
遠い記憶を手繰るように、ジョーは虚空を見上げる。
「弟がいらないなら、自分たちにくれないか……だってさ。どう考えても怪しい迷惑メールだし、いつもなら開かずにゴミ箱行きだったはずだけど……思わず、返事を出しちゃってたんだよね。」
彼の唇が、ふいに孤を描く。
「楽しかったよ? あいつらと一緒に、アルシードを消す算段を立てるのは。ちょっと散歩に行こうかって誘ったら、あいつは馬鹿みたいに笑ってついてきた。かと思えば、急に知らない大人たちに囲まれて大泣きさ。やっぱり、あいつが天才だなんて嘘だよ。僕がここに連れてきたってことも忘れて、必死に僕に助けを求めてくるんだから。」
くすくすと笑う彼。
それを黙って見つめていると、彼はまた息をついた。
「その後のことは、過去のニュースでも検索すれば出てくるんじゃない? どうにかこうにか大人たちを振り切って逃げる道中、崩れてきた荷物に押し潰されて……ってわけ。」
「そんな……」
どうしよう。
ジョーの口から告げられる過去が、何一つとして普通に当てはまらない。
こんなの、自分には対処しきれない。
「まあ普通に、アルシードの死はテロ組織に狙われた末の、不慮の事故で片付けられたよ。僕が事件に関与したことを疑う奴らもいたっちゃあいたけど、それが事実だったとして、だから何って話さ。だって、まだ犯罪に問われる年齢じゃなかったからね。父さんたちも現実を認めたくないのか、あの事故については一切僕に話を聞いてこなかったよ。どうせ、僕のパソコンに残ってたメール履歴で、何もかも分かってるくせにね。」
肩をすくめて、ジョーは話を切り上げる雰囲気を見せる。
その態度は至って普段どおりで、過去の事件は単なる事実として割り切っているように見えるけど……
「後悔……してるんだね……」
それが、素朴な感想だった。
『どうして…? ジョーはこの事件に、なんの関係もないよね…?』
ノアとの会話の一端を、また思い出す。
『そんな理屈は、トラウマに関係ないのだよ。』
自分の問いに対して、ノアは静かにそう告げた。
『兄に裏切られた弟……この光景が、あいつにとっては何よりも最悪なのだ。』
ノアの言葉が、ジョーの話を通して意味を得る。
幼い嫉妬で弟を殺してしまった過去。
誰にも裁かれることなく、責められることもない罪。
それは十五年もの間、ずっと彼の心を蝕み続けてきた。
そしてこの事件をきっかけに爆発したトラウマは、その命をも奪い取る勢いで彼を襲っているのだ。
彼がここまで追い詰められる理由は、他でもない彼自身がその行いを悔いているからとしか思えなかった。
しかし……
「後悔…?」
ぽつりとその単語をなぞった彼が浮かべたのは―――冷笑と涙。
「どうして、僕があいつの死を後悔しなきゃいけないの?」
暗く澱んだ笑顔で、ジョーは声を震わせる。
「あんな奴、死んで清々してるよ。あいつは僕に、身をもって教えてくれた。他人なんか、信じるべきじゃないってね。どんなに信じて、頼りにして、すがってたって……好きであった分だけ…………裏切られた時に、死ぬほど苦しむだけなんだよ…っ」
深くうなだれて、己の感情を必死に押し殺しているジョー。
(あれ…?)
その姿に、とてつもない違和感を覚えた。
「―――ジョーは、裏切った方じゃないの?」
口から勝手に、その違和感が零れ落ちていく。
「―――っ!?」
ジョーがハッとして顔を上げる。
その顔には、ありありと〝しまった〟と書かれているように見えた。
「その言い方じゃあ、まるで……裏切られたのはアルシードじゃなくて、ジョーの方だって言ってるように聞こえるよ?」
「………っ」
その指摘に、ジョーが目元を歪めて言葉につまる。
ドクドクと。
心臓が重く鳴り響く。
認識が―――――世界が反転する。
「もしかして……ジョーは、ジョーじゃないの?」
まさか。
そんなことってありえる?
そうは思うけど、あの言葉とこの反応は、どう考えたって―――
どこか青い顔をして、ジョーを見つめるキリハ。
そのまっすぐな視線を受け続けたジョーは、やがて諦めたように肩を落とす。
「―――はっ…」
冷たく笑った彼の頬を、一筋の涙が伝っていく―――……
その弟が成し遂げた、とんでもない功績。
正直なところ、あまりにも現実離れした話についていくのがやっと。
この話を聞いたところで、自分にはどうすればいいのか分からなかった。
ただ分かるのは、ジョーが十五年前に弟を亡くしたという過去。
そしてその弟が、彼にとってかなり重要な存在だということだけだ。
「弟さんは……どうして……」
この先に踏み込んでもいいのか分からない。
だけどなんとなく、話の続きを聞かなきゃいけない気がした。
ノアからもらったアドバイスと、ここまで追い詰められて苦しんでいるジョーの姿が、そうしろと訴えているように思えたのだ。
「表向きは事故死。」
最初に簡潔な結論を述べたジョーは、そこで瞼を伏せる。
「だけど……―――アルシードを殺したのは僕だ。」
あくまでも淡々と、彼は衝撃の事実を述べた。
言葉を失うキリハに構わず、彼は口を止めずに語る。
「魔が差したんだよ。難病の治療を押し進めたのがアルシードだって分かってから、世間はアルシード一色になった。誰もが天才だって言って、あいつを持ち上げて賞賛した。僕の同級生だって、口を開けばあいつの話ばかり…。悔しくないわけないだろう? それまで天才って呼ばれてたのは……僕の方だったのに……」
「………」
なんと答えればいいのか分からない。
その気持ちは、自分にはいまいち理解できないから……
「あいつが本当に僕以上の天才だって実感できたなら、まだ納得できたのかもしれない。だけどあいつったら、妖精さんに教えてもらって薬を作ったって、訳の分からないことばかり言うんだ。頭おかしいだろって、普通にそう思ったよね。」
「………」
「そのうち、あいつの顔を見るのも嫌になって、プログラミングやハッキングばっかやって、気を紛らわせてた。そんな時だったなぁ……海外のハッカーから、僕にメールが届いたのは。」
遠い記憶を手繰るように、ジョーは虚空を見上げる。
「弟がいらないなら、自分たちにくれないか……だってさ。どう考えても怪しい迷惑メールだし、いつもなら開かずにゴミ箱行きだったはずだけど……思わず、返事を出しちゃってたんだよね。」
彼の唇が、ふいに孤を描く。
「楽しかったよ? あいつらと一緒に、アルシードを消す算段を立てるのは。ちょっと散歩に行こうかって誘ったら、あいつは馬鹿みたいに笑ってついてきた。かと思えば、急に知らない大人たちに囲まれて大泣きさ。やっぱり、あいつが天才だなんて嘘だよ。僕がここに連れてきたってことも忘れて、必死に僕に助けを求めてくるんだから。」
くすくすと笑う彼。
それを黙って見つめていると、彼はまた息をついた。
「その後のことは、過去のニュースでも検索すれば出てくるんじゃない? どうにかこうにか大人たちを振り切って逃げる道中、崩れてきた荷物に押し潰されて……ってわけ。」
「そんな……」
どうしよう。
ジョーの口から告げられる過去が、何一つとして普通に当てはまらない。
こんなの、自分には対処しきれない。
「まあ普通に、アルシードの死はテロ組織に狙われた末の、不慮の事故で片付けられたよ。僕が事件に関与したことを疑う奴らもいたっちゃあいたけど、それが事実だったとして、だから何って話さ。だって、まだ犯罪に問われる年齢じゃなかったからね。父さんたちも現実を認めたくないのか、あの事故については一切僕に話を聞いてこなかったよ。どうせ、僕のパソコンに残ってたメール履歴で、何もかも分かってるくせにね。」
肩をすくめて、ジョーは話を切り上げる雰囲気を見せる。
その態度は至って普段どおりで、過去の事件は単なる事実として割り切っているように見えるけど……
「後悔……してるんだね……」
それが、素朴な感想だった。
『どうして…? ジョーはこの事件に、なんの関係もないよね…?』
ノアとの会話の一端を、また思い出す。
『そんな理屈は、トラウマに関係ないのだよ。』
自分の問いに対して、ノアは静かにそう告げた。
『兄に裏切られた弟……この光景が、あいつにとっては何よりも最悪なのだ。』
ノアの言葉が、ジョーの話を通して意味を得る。
幼い嫉妬で弟を殺してしまった過去。
誰にも裁かれることなく、責められることもない罪。
それは十五年もの間、ずっと彼の心を蝕み続けてきた。
そしてこの事件をきっかけに爆発したトラウマは、その命をも奪い取る勢いで彼を襲っているのだ。
彼がここまで追い詰められる理由は、他でもない彼自身がその行いを悔いているからとしか思えなかった。
しかし……
「後悔…?」
ぽつりとその単語をなぞった彼が浮かべたのは―――冷笑と涙。
「どうして、僕があいつの死を後悔しなきゃいけないの?」
暗く澱んだ笑顔で、ジョーは声を震わせる。
「あんな奴、死んで清々してるよ。あいつは僕に、身をもって教えてくれた。他人なんか、信じるべきじゃないってね。どんなに信じて、頼りにして、すがってたって……好きであった分だけ…………裏切られた時に、死ぬほど苦しむだけなんだよ…っ」
深くうなだれて、己の感情を必死に押し殺しているジョー。
(あれ…?)
その姿に、とてつもない違和感を覚えた。
「―――ジョーは、裏切った方じゃないの?」
口から勝手に、その違和感が零れ落ちていく。
「―――っ!?」
ジョーがハッとして顔を上げる。
その顔には、ありありと〝しまった〟と書かれているように見えた。
「その言い方じゃあ、まるで……裏切られたのはアルシードじゃなくて、ジョーの方だって言ってるように聞こえるよ?」
「………っ」
その指摘に、ジョーが目元を歪めて言葉につまる。
ドクドクと。
心臓が重く鳴り響く。
認識が―――――世界が反転する。
「もしかして……ジョーは、ジョーじゃないの?」
まさか。
そんなことってありえる?
そうは思うけど、あの言葉とこの反応は、どう考えたって―――
どこか青い顔をして、ジョーを見つめるキリハ。
そのまっすぐな視線を受け続けたジョーは、やがて諦めたように肩を落とす。
「―――はっ…」
冷たく笑った彼の頬を、一筋の涙が伝っていく―――……
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