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第4章 それぞれが深みへ……
元に戻る世界
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窓越しに聞こえる、無機質な電子音。
それを聞きながら、ルカは窓の向こうをじっと見つめる。
未だに危機を切り抜けないエリクの姿。
固く閉じられた目がいつ開くのか、開いたとしても以前のような健康状態を保てるのか、何もかもが定かではない。
起きてからようやく、両親に連絡を入れる決心がついた。
当たり前だが、慌てて病院に駆けつけた二人は、兄が危篤という状況に激しく動揺していた。
あんなに肝っ玉な母でも、こんな風に弱ることがあるんだな。
取り乱して泣き崩れてしまった母親を前に、自分はどこか夢見心地でそんなことを思っていた。
今は二人で、警察と病院関係者から事件の概要とエリクの容体を聞いている。
先ほどの状況を鑑みると、母は自分と同じように鎮静剤でも投与されるかもしれない。
「………」
ルカは黙してエリクを見つめる。
兄に近づいて、呼吸を確かめることもできない。
その手を握って、体温を感じ取ることもできない。
窓の向こうで眠る兄が生きていることを証明するのは、ここから微かに見える機械に映る、心拍と脈拍を示す電子信号だけだ。
でも……―――そんなもの、なんの気休めになる?
もしもあの機械が壊れていたら?
自分の目に見えている世界が、自分にとって都合よく見えるだけのまやかしだったら?
こうして隔離されたまま、死神が兄を遠いどこかへ連れ去ってしまうのではないか。
そんなことを思い出したら、きりがなくて……
ふとその時、携帯電話が震える。
ただの条件反射で右手に握ったそれを見下ろすと、カレンからメッセージが入っていた。
〈テキトーにご飯を買っていくから、一人でどこかに行っちゃだめだよ!〉
簡単な一文。
本当はもっと訊きたいことや言いたいことがあるはずなのに、極力いつもどおりを装おうとしているのがよく分かる。
カレンだって、幼い頃から当然のようにエリクと過ごしてきたのだ。
きっと自分と同じくらいつらいだろうに、自分よりも強くこの場を踏ん張ろうとしている。
「適わねぇな……」
そう呟くも、いつものように意地なんか張れない。
意地を張れるほどの気力なんか、今の自分には到底振り絞れない。
「ルカ……」
か細い声が、自分の耳朶を打つ。
その主を探して視線を巡らせると、自分の服の裾を掴む白くて小さな姿があった。
「シアノ…。どうして、こんなところに……」
「父さんが、教えてくれた。ルカが大変そうだから、行ってあげてって。」
「そうか……」
「………」
どうにかこうにか手を動かして、シアノの頭を優しくなでてやる。
シアノは悲しそうな顔で眉を下げて、その視線をエリクに向けた。
「エリク……死んじゃうの…?」
「………っ!!」
幼いが故に、ダイレクトな問い。
それが、思い切り深く胸を抉った。
「……分からない。」
口だけが、機械的に答えを述べる。
「信じてる……信じてるつもりなんだけど………もう、どんな気持ちで待ってればいいのか分かんねぇや……」
キリハの時とは、明らかに違う精神状況。
心はすでに崖っぷちに立たされている。
友人とはいえ他人か。
血を分けた肉親か。
その違いはあまりにも大きいのだと、今身をもって痛感している。
「ルカ……一緒に行こうよ。」
泣きそうに顔を歪めたシアノが、小さく腕を引っ張ってくる。
「人間が、こんなにひどいことをしたんでしょ? だったら、やり返さないと。ぼくや父さんと一緒に、人間に仕返ししてやろうよ。」
「シアノ……」
「行こう…? 行こうよ。ルカも、ぼくとおんなじ……人間が嫌いなんでしょ? ぼくの仲間でしょ…?」
シアノが必死に訴える。
ぼんやりとした頭でそれを見つめていて―――ふいに、心臓が重く鳴り響いた。
(そうだよな……)
思考が勝手にさまよう。
(兄さんをこんな目に遭わされた…。兄さんが助かろうが死のうが、それは変わらない。オレには……復讐する権利がある。)
ドクン、ドクンと。
鼓動が一つ刻まれるほどに、自分の脳内がじわじわと暗い色に染まっていく。
(これは、決して許されないことだ…。それなら、何を躊躇う必要がある? そもそも、オレは何を躊躇っているんだ…? だって……)
ドクンッ
心臓が、一際大きく鳴る。
(オレは―――あいつらが大嫌いだろう?)
他でもない自分自身の声が、自分の世界を元に戻して……さらに深みへと落とす。
「―――そうだな。」
薄く開いた口腔から零れる、空虚な声。
その声とは対照的に、赤と菫の双眸に苛烈な感情が宿る。
「あいつだけは許さない。他に何を犠牲にしてでも……あいつだけは、地獄に叩き落としてやる…っ」
暗く澱んだ瞳に、迷いはない。
シアノに腕を引かれて、ルカは一歩を踏み出す。
その後はむしろシアノの手を引いて、彼はエリクが眠る集中治療室からスタスタと遠ざかっていった。
それを聞きながら、ルカは窓の向こうをじっと見つめる。
未だに危機を切り抜けないエリクの姿。
固く閉じられた目がいつ開くのか、開いたとしても以前のような健康状態を保てるのか、何もかもが定かではない。
起きてからようやく、両親に連絡を入れる決心がついた。
当たり前だが、慌てて病院に駆けつけた二人は、兄が危篤という状況に激しく動揺していた。
あんなに肝っ玉な母でも、こんな風に弱ることがあるんだな。
取り乱して泣き崩れてしまった母親を前に、自分はどこか夢見心地でそんなことを思っていた。
今は二人で、警察と病院関係者から事件の概要とエリクの容体を聞いている。
先ほどの状況を鑑みると、母は自分と同じように鎮静剤でも投与されるかもしれない。
「………」
ルカは黙してエリクを見つめる。
兄に近づいて、呼吸を確かめることもできない。
その手を握って、体温を感じ取ることもできない。
窓の向こうで眠る兄が生きていることを証明するのは、ここから微かに見える機械に映る、心拍と脈拍を示す電子信号だけだ。
でも……―――そんなもの、なんの気休めになる?
もしもあの機械が壊れていたら?
自分の目に見えている世界が、自分にとって都合よく見えるだけのまやかしだったら?
こうして隔離されたまま、死神が兄を遠いどこかへ連れ去ってしまうのではないか。
そんなことを思い出したら、きりがなくて……
ふとその時、携帯電話が震える。
ただの条件反射で右手に握ったそれを見下ろすと、カレンからメッセージが入っていた。
〈テキトーにご飯を買っていくから、一人でどこかに行っちゃだめだよ!〉
簡単な一文。
本当はもっと訊きたいことや言いたいことがあるはずなのに、極力いつもどおりを装おうとしているのがよく分かる。
カレンだって、幼い頃から当然のようにエリクと過ごしてきたのだ。
きっと自分と同じくらいつらいだろうに、自分よりも強くこの場を踏ん張ろうとしている。
「適わねぇな……」
そう呟くも、いつものように意地なんか張れない。
意地を張れるほどの気力なんか、今の自分には到底振り絞れない。
「ルカ……」
か細い声が、自分の耳朶を打つ。
その主を探して視線を巡らせると、自分の服の裾を掴む白くて小さな姿があった。
「シアノ…。どうして、こんなところに……」
「父さんが、教えてくれた。ルカが大変そうだから、行ってあげてって。」
「そうか……」
「………」
どうにかこうにか手を動かして、シアノの頭を優しくなでてやる。
シアノは悲しそうな顔で眉を下げて、その視線をエリクに向けた。
「エリク……死んじゃうの…?」
「………っ!!」
幼いが故に、ダイレクトな問い。
それが、思い切り深く胸を抉った。
「……分からない。」
口だけが、機械的に答えを述べる。
「信じてる……信じてるつもりなんだけど………もう、どんな気持ちで待ってればいいのか分かんねぇや……」
キリハの時とは、明らかに違う精神状況。
心はすでに崖っぷちに立たされている。
友人とはいえ他人か。
血を分けた肉親か。
その違いはあまりにも大きいのだと、今身をもって痛感している。
「ルカ……一緒に行こうよ。」
泣きそうに顔を歪めたシアノが、小さく腕を引っ張ってくる。
「人間が、こんなにひどいことをしたんでしょ? だったら、やり返さないと。ぼくや父さんと一緒に、人間に仕返ししてやろうよ。」
「シアノ……」
「行こう…? 行こうよ。ルカも、ぼくとおんなじ……人間が嫌いなんでしょ? ぼくの仲間でしょ…?」
シアノが必死に訴える。
ぼんやりとした頭でそれを見つめていて―――ふいに、心臓が重く鳴り響いた。
(そうだよな……)
思考が勝手にさまよう。
(兄さんをこんな目に遭わされた…。兄さんが助かろうが死のうが、それは変わらない。オレには……復讐する権利がある。)
ドクン、ドクンと。
鼓動が一つ刻まれるほどに、自分の脳内がじわじわと暗い色に染まっていく。
(これは、決して許されないことだ…。それなら、何を躊躇う必要がある? そもそも、オレは何を躊躇っているんだ…? だって……)
ドクンッ
心臓が、一際大きく鳴る。
(オレは―――あいつらが大嫌いだろう?)
他でもない自分自身の声が、自分の世界を元に戻して……さらに深みへと落とす。
「―――そうだな。」
薄く開いた口腔から零れる、空虚な声。
その声とは対照的に、赤と菫の双眸に苛烈な感情が宿る。
「あいつだけは許さない。他に何を犠牲にしてでも……あいつだけは、地獄に叩き落としてやる…っ」
暗く澱んだ瞳に、迷いはない。
シアノに腕を引かれて、ルカは一歩を踏み出す。
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