竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 裏切り

崩壊は、連鎖するかのごとく―――

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 ―――お兄ちゃん!!




 記憶の海が、揺れる。


 ―――やだ! おじさんたちとは行かない! 怖い……怖いよぉっ!!


 残酷なほど鮮明に。
 幼い声が木霊こだまする。


 ―――離して! 助けて! お兄ちゃん……お兄ちゃん!!


 やめて……
 その叫びは、遠い昔に完全に殺したんだ……




「―――おい、ジョーッ!!」
「―――っ!!」




 自分を呼ぶ声が耳朶じだを激しく打って、ジョーはハッとして顔を上げる。
 そんな彼に、ルカはエリクの携帯電話を投げつけた。


「今すぐ兄さんのケータイを解析して、今から言う場所を特定しろ! キリハもミゲルも、そこにいるはずだ!!」
「………っ!!」


「早くしろ!!」
「わ、分かってるよ!!」


 遅れて現実に追いついたジョーは近場のテーブルに移動し、持ってきていたノートパソコンとエリクの携帯電話を繋ぐ。


「あの人は僕を言いなりにするために、家族を人質に取るだけではなく、処置や研究だと偽って、僕に何かしらの薬を打ち込んでいたようだ。おそらくは麻薬の一種。効果が切れてくるにつれ、頭痛や眩暈めまい、激しい動悸どうきや胸の痛みが襲ってくるような、悪質なものだった。」


 ジョーがエリクの携帯電話を読み込むまでの間も、ルカは解読したメッセージを述べ続ける。


「そして僕に鎮静剤を施す度、彼の手下が僕をどこかに運ぶ。移動中は大抵薬で眠らされていて、あそこがどこかは分からない。でも、わざわざ眠らせてから運ぶということは、あそこが彼らの本拠地なんだろうと思う。濃厚な木の香りが漂い、風で揺れる葉音と鳥の鳴き声くらいしか聞こえないほどに静かな場所だ。運よく車の中でぼんやりと意識を取り戻した時に感じたのは、車が舗装されていない急勾配こうばいの坂道を通るような振動……おそらく、どこかの山の、それなりに高くて奥深い場所だと思う。」


「く…っ」


 ルカの話を聞くジョーが、セレニアの地図から山という山、山だと勘違いされてもおかしくないポイントの情報を叩き出す。


「僕があそこに連れていかれたのは、月に一度から二度。日帰りが容易に可能なことから、移動にかかる時間は車でせいぜい片道三時間が限度。」


「了解!」


 即座にその条件に当てはまらない地点が、地図上のポイントから抹殺される。


「彼らがどこまで対策しているかは分からないけど、僕があそこに連れていかれた日時を残す。七月十三日午前十時、八月一日午後二時、八月二十九日正午、九月十五日午後八時……」


「くそ…っ」


 そこで、地図とエリクの携帯電話の位置情報を交互に追っていたジョーが舌を打つ。


「この周辺、ジャミングが入ってて位置情報がぶれぶれだな…っ。でも逆に、この辺だっていうのが分かって助かるよ!」


 にやりと笑ったジョーが、さらにパソコンを操作。
 位置情報とは違う領域の情報を洗う。




「―――ここか!」




 ジョーがそれらしき場所を特定するのにかかった時間は、たったの五分だった。


「ここから高速を使って二時間の地点にあるトンロン山の中腹に、今は使われていない廃工場がある! 廃工場ってのは、十中八九嘘だろうね。山の所有者は、ジャミルの娘婿の親戚だ!!」


「さっさと行くぞ!!」
「え…っ」


 ルカがそう言って身を翻すと、ディアラントが戸惑った表情を見せる。


「ルカ君は……」


 エリクについていた方がいいんじゃないか。
 彼が言いたいことは明らかだった。


「あのくそ兄貴は……無駄にしぶといから、きっと大丈夫だ。とうげを越えてくれるって、信じてる。」


 震える両手を握ったルカは、顔を上げて表情を険しくする。


「今は病院で治療を受けられる兄さんより、ジャミルのところで意識を手放してるキリハの方が危ない! 分かったら早く行くんだよ!!」


「あ、ああ…っ」


 ルカに押し出された勢いで、ディアラントも意識を切り替えて走り出す。


「………」


 その間も、周辺警察や関係各所に緊急通達を送っていたジョー。
 まるで機械のように休みなく動いていた指が、徐々に速度を落として……




「―――……っ」




 微かに痙攣けいれんした体が傾いで、椅子から派手に崩れ落ちた。


「はっ……はあ…っ」


 両手で胸元を握り、過呼吸にでも陥ったように呼吸を乱すジョー。
 その額からは大量の冷や汗が噴き出し、大きく見開かれた瞳は完全に凍りついている。


「ジョー…」


 そんな彼に、この場に唯一残っていたフールが声をかける。


「君はここで離脱して、医者の処置を受けた方がいい。あれは……君にはこくすぎた。よく平常心を保って、場所の特定と緊急通達までやりきったもんだよ。」


 あえぎ苦しむジョーにフールがかけるのは、心底彼を案じる、深い悲しみを伴った声。


「もう一度言うよ。自分のためにも引きなさい。。ここで十五年前のように自分を殺したら、今度こそ君は―――」


「ふ、ざけないでください…っ」


 フールの言葉を、ジョーが遮る。


 覚束おぼつかない足取りながらもテーブルを支えにして立ち上がった彼は、フールを射殺さんばかりの眼光で睨みつけた。


「僕、は……中途半端が……嫌いなんですよ…っ。一度死んだ亡霊は、二度と生き返らない。そんなものに、殺されてたまるか…っ」


 喘鳴ぜいめいの合間でそう告げたジョーは、先ほどまで崩れていたのが嘘かのような身軽な動きで、ディアラントたちを追いかけるように走っていく。


「意地の問題じゃないだろう。君の心は、ぎでどうにかギリギリを保ってるようなものなんだよ…? 二度目はもう……耐えられないよ……」


 ジョーを止めたくても止められる肉体を持たないフールは、静かに彼を追いかけるしかなかった。

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