竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 裏切り

絆が告げる犯人

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 キリハのことを徹底的に調べて、彼がいつでも犯人の監視下にあることを示した写真たち。
 レイミヤだけではなく、自分の母親にまで監視の手が及んでいたとは。


 犯人の執拗しつようさに寒気を覚えながら、何か法則性がないかと写真を色んな角度から分類してみる。


 そんな中、見つけてしまった。




 ―――自分にしか分からない、とんでもない事実を示す一枚を。




「キリハのケータイに、最後に連絡したのは誰だ?」


 きっと、何かの間違いだ。
 そこにいる悪魔がやっているように、裏からデータを手に入れる方法なんて腐るほどある。




「まさか―――兄さんじゃないよな…?」




 どうか、違うと言ってくれ―――……


「………っ!! どうして、そのことを……」


 驚いたジョーの呟き。
 答えは明らかで、絶望への一歩が進んでしまう。


「もしかして、この件にあの人が関わってるの…?」


 すぐに自分と同じ疑いに辿り着いたジョーは、険しい表情でパソコンを睨む。


「だとしたら、ミゲルが一週間前にエリクの家に行ってるのは……」
「―――っ」


 居ても立ってもいられなくて、ルカはキリハの部屋から自分の部屋へ。
 上着だけを引っ掴み、階段を駆け下って宮殿を飛び出す。


 能天気ながらもしっかりとしていて、両親以上に信頼していた兄。
 彼の元へ急ぐ二十分ばかりの時間が、とてつもなく長く感じた。


「ル、ルカ君…?」
「兄さんは!? 奥にいるのか!?」


「え、ええ……」
「入るぞ! 後から他の奴らも来る!!」


「ルカ君!?」


 戸惑う看護師の横をすり抜け、エリクの事務作業場所となっているナースステーションの奥へ。


「あれ…? ルカったら、そんなに大慌てでどうしたの?」


 自分が小部屋に飛び込むと、パソコンに向かっていた兄がたじろぎながら席を立つ。
 気遣わしげに肩に置かれた手も、今はなんの気休めにもならなかった。


「兄さん……ミゲルとキリハを、どこにやったんだ!!」


 エリクの胸ぐらを掴んで彼に詰め寄ったルカは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「何か知ってるんだろ!? ……これ!!」


 ルカがエリクに突きつけたのは、一枚の写真。


 カメラを手にして腕をめいいっぱい伸ばしたエリクに、嫌がる自分を引っ張り込んだキリハが飛びついて―――三人で撮った、唯一の写真だ。




「この写真を持ってるのは、キリハとオレと―――兄さんしかいないはずだよな!?」




 悲痛な叫びが室内を揺らす。


 ちょうどその時、遅れて駆けつけてきたディアラントとジョー、ジョーに抱かれたフールが飛び込んできた。


「………」


 しん、と静まる室内。
 数秒の間、無表情でルカを見下ろしていたエリクは……




 ―――くすり、と。




 その表情に愉悦をたたえて、笑った。


「―――っ!!」


 彼の笑顔が語る。
 間違いなく、キリハを追い詰める一手に自身が関与していたことを。


「兄……さん…?」


 顔を真っ青にして、ルカは呟く。


 違う。
 自分の兄は、こんな風に笑う人じゃない。


 根っからの善人である兄は、絶対に他人を傷つけない。


 ましてや、弟である自分や、弟のように可愛がっているキリハを裏切るようなことなんて―――


「……う…っ」


 ふとその時、エリクの笑顔が歪んだ。
 がくりと床に膝をついた彼は、途端に激しく咳き込み始める。


 そして―――口元を塞いだ指の隙間から、赤い鮮血が滴り落ちた。


「兄さん!?」


 思わぬ事態に、ルカは彼への猜疑さいぎ心も忘れてその体を支える。
 そんなルカに……




「ありがとう……」




 かすれそうな声で、エリクはそう告げた。


「ルカなら、気付いてくれるって……僕が死ぬ前に、ここに来てくれるって……信じてた……」
「誰か! 誰か来てくれ!! このままじゃ、兄さんが…っ!!」


 彼が毒を飲んでいることを察し、ルカは渾身の力で外へと助けを求める。


「ルカ…っ」


 血だらけの両手でルカにしがみつき、エリクは必死に言葉を紡ぐ。


「カルテ、番号……C―1650―3385の……隠し、フォルダ……あの子を………助け、て―――」


 伝えたいことは伝えた、と。
 満足そうに微笑んだエリクの体が、糸の切れた人形のようにくずおれていく。


「兄さん…? 兄さん!!」
「どいてください!!」


 自分の叫びを聞いて、駆けつけてきてくれたのだろう。
 何人もの医者と看護師が、自分を押しのけてエリクを囲む。


「毒物による中毒症状だ! 早く担架を持ってこい!!」
「はい!!」


 慌ただしくやり取りが交わされる、騒然とした室内。
 医者に応急措置を施されるエリクの表情に、もはや生気はない。


 それを茫然と見つめていたルカは、ふらりと立ち上がる。
 向かうのは、エリクが触っていたパソコン。


 おあつらえと言わんばかりに、画面に映っていたのはカルテ情報が集まったフォルダ一覧。


(C―1650―3385の、隠しフォルダ……)


 エリクが残してくれたメッセージ。
 それは、無駄にしてはいけない。


 そんな義務感だけで、マウスを操作して隠しフォルダを表示。
 中にあったのは、テキストファイルが一つだけ。


「これは…っ」


 ルカは驚愕する。


 開いたファイルの中身は、一見してめちゃくちゃな記号や数字の羅列。
 だけど……




〝これ、覚えてる?〟




 自分とエリクには通じる、二人の絆を象徴する暗号―――


「くそ…っ。一足遅かったか…っ」
「まだ分からないよ。どうにかこうにか、エリクが助かれば……」


「―――ルカ……」


 悔しさを滲ませるディアラントとフールの声を、ルカの平坦な声が遮る。


「君にこんなものを読ませてしまうこと、本当に申し訳ないと思う。だけど僕には、この方法でしか希望を繋げない。電話もメールも、些細な行動すらも支配された状況では、下手に動けないから……」


「―――っ!?」


 ルカの言葉に、ディアラントたちが大きく目を見開く。


 びつきそうな頭を必死に回転させて。
 込み上げてくる涙を一生懸命にこらえて。


 ルカは、兄から託されたメッセージを解読していく。


「犯人の目的は、キリハ君の瞳……ドラゴンの血を受け入れ、再び彼らと言葉を交わすことを許された、あのくれない色の瞳を手に入れること。真っ向から襲ったところで勝てるわけがないから、時間をかけて精神から崩すことを選んだ。そして、キリハ君の心を壊す武器として選ばれたのが、僕だった。同じ業界にいて操りやすく、ルカを通じてキリハ君と関係を持ち、なおかつ仲がいい……色んな意味で、便利だったんだろうね。反吐へどが出るくらい、的確な人選だよ。犯人の名前は―――」


 ルカの瞳に怒りと憎しみが宿り、噛み締められた奥歯がにぶい音を立てる。




「眼科医の権威、医学理事会顧問―――――ジャミル・ベルトロイ。」



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