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第2章 転がり落ちて―――
当然のように頼っていた人
しおりを挟む「くっそ……やっぱり出ない…っ」
キリハが宮殿を出ていってから三日目。
何度目かも分からない電話を断念し、ディアラントは悔しげに唇を噛む。
宮殿から出かけた一昨日に帰ってこなかった時は、おそらくシアノやレクトと共に夜を明かしたのだろうと思った。
キリハ自身からレクトと交流する目的を聞き、ジョーやルカがキリハを好きにさせていた理由がよく理解できたので、時々様子を聞かせてもらうことを条件に、自分とミゲルも彼の行動を見守ることにした。
だから、今朝の会議の後にでもこの二日の話を聞こうと思っていたのに……今朝になっても、キリハは宮殿に戻らなかった。
さすがに心配になって電話をかけまくっているのだが、一向に電話が繋がらないのだ。
メッセージも全く既読がつかないときた。
「キリハ……」
ディアラントの傍で、サーシャが涙ぐむ。
小さく震える彼女を支えるカレンも、他のドラゴン殲滅部隊の面々も、突然の出来事に戸惑いと不安を隠せずにいた。
(……おい、レクト。)
騒然とする会議室の隅に退避し、ルカは心の中でレクトに呼びかけた。
「……ん? どうかしたか? お前から呼んでくるとは珍しいな。」
(アホか、察しろ。あの馬鹿はどうしてる? まだそっちにいるなら、とにかく電話に出ろって伝えろ。)
どうせシアノに引き止められて、ずるずるとそちらにいるのだろう。
当然キリハがレクトの元にいると思っていたルカは、そう告げたのだが……
「いや…? キリハは来てないぞ?」
返ってきたのは、まさかの言葉。
「は…? 来てない…?」
思わず、心の声が口からも漏れてしまった。
(ちょっと待て。一昨日は? あいつ、一昨日から宮殿にいないんだぞ?)
「一昨日も来ておらんな。私が声をかけた時は、別の用事があって、その連絡待ちだと言っていたが……」
(別の用事だと…?)
そんな話、キリハからは一度も聞いていない。
最近のキリハが外に出かける理由は、レクトたちに会うためだけではなかったというのか。
(おい。今すぐにあいつの感覚にリンクしてくれ。あいつは今、どこで何をしてるんだ。)
「分かった。少し待っていろ。」
快く了承したレクトからのリンクが切れる。
キリハがレクトの血を飲んでいてくれて助かった。
彼の力があれば、人間では手が届かない情報も手に入るのだから。
一気に認識が変わってしまったルカは、焦りで爪を噛みながらレクトの報告を待つ。
彼がこちらの感覚に戻ってきたのは、五分ほど後のことだった。
「見てきたぞ……」
歯切れの悪い第一声。
それだけで、状況が芳しくないことだけは伝わった。
(どうだった?)
「………」
(おい、さっさと言え。なんのためにお前に頼んだと思ってるんだ。)
「………キリハは……」
急かすと、レクトは重たい口を開くような雰囲気で報告を始める。
「キリハは、深く眠っている。何度か呼びかけてみたが、全く反応せん。薬で眠らされているか、あいつ自身が現実を強く拒絶しているかのどちらかだろう。」
「なっ…!?」
「仕方ないから一時的に体を借りて、周りの様子を見てみたが………あんな部屋に閉じ込められたら、誰だって気が狂うだろうな。」
「どういうことだ!? あいつは今どこにいる!?」
動揺を押し込めるのも限界で、ルカは大声で怒鳴る。
それで会議室にいる全員の視線がこちらに集中したが、それを気にする余裕などなかった。
「……目だ。」
レクトは、重々しく告げる。
「壁一面に、赤い目のホルマリン漬けが並んだ、実験室のような部屋にいた。」
「―――っ!?」
「具体的にどこかは分からん。部屋には窓がなくて、外から鍵がかけられていたものでな……」
「くそっ! あの馬鹿!!」
憤りとも悔しさともつかない激情が訴えるまま、壁を渾身の力で殴りつける。
そして、この場を収める隊長を睨みつけた。
「おい、やべぇぞ! あいつ、どこかに監禁されてやがる!!」
「!?」
それを聞いたディアラントを始め、皆が一気に血相を変える。
ただでさえ泣きそうだったサーシャは、途端にぼろぼろと涙を流し始めた。
「具体的な場所は分からねぇし、さすがにショッキングすぎるからこの場では言えねぇけど……相当やばい場所にいるみたいだ。」
「ど、どういう……」
「おい、サーシャ! カレン!」
現実についてこられないディアラントは放っておき、ルカはサーシャたちに詰め寄る。
「一昨日、キリハが出ていくのを見たんだよな!? あいつ、どこに行くって言ってた!? 誰に会うって言ってた!? なんでもいいから、あいつが言ってたことを教えろ!!」
「ふ……う…っ」
「ちょ、ちょっと、ルカ……」
「オレが怖い上にテンパってるのは分かるけど、今はそれどころじゃねぇんだよ!!」
ルカは彼女たちの肩を大きく揺さぶる。
すると、気迫に押されて彼女たちが口を開いた。
「と、特に……行き先のヒントになりそうなことは、言ってなかったわよ。話したことって言っても、本当に軽い世間話くらいで……」
「う、うん……私も……ゆっくり休まなきゃだめだよって……言った…くらいで…っ」
気まずげに語るカレンと、泣きじゃくりながらも一生懸命に言葉を紡ぐサーシャ。
「別に……いつもと変わった様子は、なかったよ…っ。何を言っても、大丈夫、大丈夫って……笑ってて…っ」
「―――っ!?」
それに目を剥いたのはディアラントだ。
「サーシャちゃん!!」
彼はルカを押しのけて、サーシャの両肩を強く掴む。
「その言葉、よく思い出してくれ! キリハの奴……〝大丈夫、大丈夫―――ありがとう。〟って言わなかったか!?」
ディアラントの声が空気を揺らした瞬間―――
「あ…」
サーシャとカレンが、同時に大きく目を見開いた。
「くそ! 最悪だ!!」
それだけでキリハの心を襲う危機を察したディアラントは、大慌てで会議室を飛び出す。
それに追随するように、ルカも会議室を後にした。
互いに示し合わせなくとも、向かう先は一つだけ。
「ジョー先輩! ジョー先輩!!」
昨日は夜勤だった彼の部屋にかじりつき、ディアラントはドアを乱暴に叩く。
その隣で、ルカはインターホンを連打していた。
「……ああもう、何さ…。こっちはまだ、二時間しか寝てない―――」
「そんなこと、今はどうでもいいんです!!」
一分ほどで出てきたジョーに、ディアラントとルカが迫る。
「キリハは今、どこにいるんですか!?」
「どうせお前のことだから、あいつの位置情報くらい追ってんだろ!?」
「は…?」
頭痛をこらえるように頭を押さえながら、ジョーは怪訝そうに眉を寄せる。
「いや、追ってないよ。キリハ君のことはディアとミゲルに任せたんだし、ちょっと休憩ってことで、今はリアルタイム監視アラートの対象から外してるけど…?」
「なっ…」
「おい、馬鹿か!?」
「え…? なんで…? 今の僕は、命に直結するような情報戦争ばかりやってるんだよ? 手が回りきらない以上、他に見てくれる人がいて命に関わらない情報なら、優先度を下げるのは当然じゃないの?」
「今まさに、キリハの命に関わってんだよ!!」
綺麗に重なる、ディアラントとルカの悲痛な叫び。
「はあ…?」
それに対して、状況を分かっていないジョーは首を傾げるばかり。
しかしこの不可解そうな表情も、数分後には凍りつくことになる。
一時の休息が生んだ致命傷は、まだその傷口を開いたばかりだ。
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