竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 絡む策略

知恵VS知恵 闇と闇とのぶつかり合い

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 レクトとの交渉を済ませたルカは、帰り路につくために地下高速道路に停めてある車へと向かう。


「やっぱりな。来てると思ったぜ。」


 予想どおりのお出迎えに、挑むような笑顔を一つ。


「………」


 車に寄りかかっていたジョーは、何も答えなかった。


 そこに、いつもの笑みはない。
 人形のような無表情が、ただこちらを見つめている。




 しかし、その瑠璃色の双眸に宿るのは―――強烈な憎悪とも受け取れる敵意。




 これは、発信機だけではなく盗聴器も仕込まれていたか。
 それを察しつつ、ルカはわざとらしく肩をすくめてみせた。


「何も言わずに、そんな顔を見せてくるってことは……オレの推測は大当たりか?」
「それを知って、なんの意味があるの?」


 極寒零度を思わせる冷たい声。
 普段の温厚な彼からは、とても想像がつかないものだった。


 目の前に開くのは、奈落への片道路線。
 しかしこちらとしては、そこに踏み込む気は皆無なので……


「確かに、意味はねぇな。前も言ったが、別に深く突っ込むつもりはない。お前がオレとおんなじ、復讐を心に決めた奴だっていう事実だけでいい。」


「そう……」


 ジョーはそう呟くだけ。
 はっきりと〝復讐〟という単語を突きつけてみたのだが、それを否定しなかった。


 まあ、当たり前か。
 こんな風に堂々と待っていたあたり、自分の前では余計な仮面を被るのをやめたようだから。


「やっぱり君は、キリハ君以上に見所がある子だよ。僕が手を出さないギリギリを攻めてくるんだからさ。」


「そりゃあな。オレだって自分が可愛いし、そもそもお前と敵対したいわけじゃねぇから。」


 降参とでも言わんばかりに諸手もろてを挙げ、ルカはひらひらと手を振る。


 ちょっと頭が回れば、こいつを敵にする手が一番の愚策であることは、誰だって分かるだろう。
 眠れる獅子は、叩き起こさずに眠らせておくに限る。


 しかし、その獅子が敵サイドに興味を示している今、好きに遊ばせておくのもまた愚策。
 ならばもっといい餌をぶら下げて、獅子の興味をこちら側に引かなければならない。


 そして、このプライドの高い獅子が相手をするのは、己が対等に渡り合ってもいいと認めた人間のみ。


 運がいいことに、自分は出会った最初からそのお眼鏡にかなっている。


 自分がターゲットを彼に絞ったのは、そういった理由があってのことだ。
 キリハと並び立てるこの最強のジョーカーを、自分は自分の目的のために有効活用させてもらう。


「僕は、利用されるのが大嫌いなんだよね。」


「言われなくても分かってるさ。だからあくまでも、判断はお前にゆだねるつもりだ。ここからは、また新しい取引だな。」


「取引、ねぇ……」


「ああ。」


 言葉を重ねるほどに、ジョーの全身から漂う冷気が温度を下げていく。
 ルカは思わず苦笑した。


「そんなこえぇ顔すんなよ。化けの皮を剥がしてくれてる今のうちに訊いとくが……さっきの話を聞いて面白そうだと思ったから、わざわざここで待ってたんじゃねぇのか? オレの言うとおり、いい仕返し方法だろ?」


「………」


 その瞬間、ジョーの瞳に宿る苛烈さが増す。


 仮面を外すと、案外分かりやすい奴なんだな。
 思わずそう言いかけて、寸でのところでそれを飲み込む。


「先に言っておくが、オレは別にお前の上に立とうとは思ってない。オレも他よりは頭が回る方だとは思ってるけど、知恵や戦略でお前に勝てるわけがねぇからな。」


「そりゃどうも。この僕を飼い慣らそうなんて……馬鹿な凡人どもみたいな発想は持ってないようで安心したよ。」


「馬鹿な凡人ども……なかなか、物言いが痛烈だな。だけど、嫌いじゃねぇぜ。むしろ、その意見には完全に同意するわ。」


 ルカは笑いながら、肩に下げていたかばんの中に手を入れる。


「そういうわけだ。お前がこっち側につくって決めてくれりゃ、それ以降の主導権はお前に渡すよ。オレのことは、お前の手駒として都合よく使え。便利に動いてやる。」


 そう告げたルカは、鞄からとある物を取り出した。


「とりあえず、わざわざここまで来てくれた礼だ。―――これ、なんだと思う?」
「………っ!!」


 大きく目を見開くジョー。
 そんな彼に、見せつけたそれを放り投げてやる。


「交渉は改めて、役者が揃ってからやるとしようぜ。いい答えを期待してるから―――よくよく考えといてくれ。」


 それとなくジョーを押しやり、車の運転席に身を滑らせる。
 そして彼をその場に置いたまま、エンジンをかけて車を発進させた。


「………」


 ぽつんと一人。
 オレンジ色の光で照らされる空間に取り残されたジョーは、無言のまま、自分の手に収まったそれを睨みつけていた。

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