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第6章 軋んでいく心
今一番の拠り所
しおりを挟む「……なんだか最近、休みの度にここに来ていないか?」
「うっ…」
素朴な突っ込み故に、精神に受けたダメージは絶大。
ぎくりと肩を震わせたキリハは、次にしゅんとうなだれた。
「ごめん。迷惑だったかな…?」
「いや、そんなことはないが…。お前の本来の住処はあちらだろう? あんまりそこから離れていると、仲間が心配しないか? ユアンもいい顔をしまい。」
「それは……」
途端に、キリハの言葉が歯切れ悪くなる。
レクトの指摘どおり、最近は周りとの距離が開きがちだ。
何度かユアンとの話し合いを試みるも、結局どちらかが痺れを切らし、一方的に言葉を投げ捨てる形で終わってしまう。
そして極めつけは、あの手紙。
「なんかもう……今は、あっちにいる方がしんどいや。」
それが、素直な気持ちだった。
誰かに声をかけられるのが怖くなったのは、いつからだろうか。
上手く取り繕えない自分に嫌気が差して、人々の喧騒を煩わしく思うこともある。
静かな場所で、誰にも関わらずにひっそりと過ごしていたい。
そんなことを考えるのは、両親を亡くした時以来かもしれない。
「まあ……そうだろうな。」
レクトはそう言うだけ。
ここで〝どうして?〟と訊いてこないのは、自分が抱えているものを全部知っているからだろう。
「なんか、ごめんね? 人間のよさを教えてあげるって自信満々に言っておきながら、俺が人間に疲れてるなんて、変な話だよね。タイミングが悪いなぁ……」
「気にするな。あれは、誰でもつらいだろう。」
まるで慰めるように。
レクトが気遣わしげな仕草で頭をすり寄せてくる。
「むしろ、謝るのは私の方だな。すまない。ただでさえ問題ばかりのところに、私の問題まで持ちかけてしまって。」
「なんでレクトが謝るの? ここに飛び込んだのは、俺の方じゃん。」
空元気で笑みを浮かべるも、それは長く続かない。
すぐに表情を曇らせたキリハは、レクトの頭を両手で抱き締めた。
「レクト、ありがとう。俺、レクトに会えてよかった。レクトが手紙のことでアドバイスをくれなかったら……今頃、どうなってたか分からないよ。」
「そうか? 私は、最初の助言を誤ったと思っていたが……」
「え…? どうして?」
純粋に疑問に思ったので訊ねると、レクトは気まずげに唸る。
「お前の性格を考えるなら、とにかくまずは周りに相談させるべきだったと思ってな。素直でフットワークが軽いお前なら、すぐに相談するかと思っていたのだが……行動の指針を決めるまでは、結構な慎重派だったのだな。それを知っていれば、理屈は後回しにして、有無を言わさず行動させたよ。」
「ああ……なんか、変に罪悪感を持たせてごめん。そんなの、初対面じゃ分からないって。俺だって最近になってようやく、結構うじうじと悩んで、踏ん切りつかない方だなって実感したくらいだもん。」
まさか、レクトがそんなことを悔やんでいたなんて。
とにかく、彼をフォローするのが先決だ。
そう考えたキリハは、自分もレクトに頭をすり寄せる。
「レクトも、そこまで気にしないでよ。レクトはいつも、俺のことを考えてくれてた。こうして話を聞いてくれるだけで、本当に助かってるんだ。それだけで十分だよ。」
「まったく…。無茶をして溜め込みすぎだ。」
そう言われると同時に、器用に服の襟をくわえたレクトに、勢いよく引っ張られた。
一瞬のうちに地面に転がされた自分は、ごく自然に間近からレクトを見上げることになる。
「こんな時くらい、自分を優先して当たり散らしても罰は当たらんというのに。」
ぼやいたレクトは、絶妙な力加減でキリハの頭をなでた。
「ほら、少し眠れ。最近、ろくに眠れていないのだろう? 自分には分からない話だったからか、シアノも眠そうだ。」
「あ…」
それでシアノのことに思い至り、キリハはころりと寝返りを打つ。
自分たちの傍にいつつも会話の邪魔をしないように気配を殺していたシアノは、半分になった目をごしごしとこすっていた。
目の端に滲んだ涙と焦点が合っていない目線を見るに、レクトの言うとおり眠たいようだ。
「シアノ。一緒に寝る?」
「うん…」
手を広げてシアノを招くと、小さな体があっという間に胸元へ潜り込んできた。
レイミヤにいた時は、ほぼ毎日こうして誰かを抱っこしながら添い寝をしてあげたっけ。
懐かしい過去を思い出させる温もりに、無条件に気が緩んだ。
それと同時に、心地よい微睡みが意識をさらっていこうとする。
「おやすみ。可愛い子供たち。」
目を閉じて闇に閉ざされた世界に響くのは、優しげで包容力に満ちた声。
それが、記憶の根幹にある面影を浮かび上がらせる。
(父さん……)
無意識のうちに、その面影に手を伸ばす自分がいた。
レクトの声を聞いていると、本当によく父を思い出す。
声が似ているわけではないのだけど、強いて言えば雰囲気が似ているのだろうか。
まるで、記憶の彼方で霞みかけていた父が、今だけ帰ってきてくれたような。
そんな気さえしてくるんだ。
「おやすみ……父さん……」
声に出してそう呟いた時には、意識は深く闇の中―――
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