374 / 598
第6章 軋んでいく心
今一番の拠り所
しおりを挟む「……なんだか最近、休みの度にここに来ていないか?」
「うっ…」
素朴な突っ込み故に、精神に受けたダメージは絶大。
ぎくりと肩を震わせたキリハは、次にしゅんとうなだれた。
「ごめん。迷惑だったかな…?」
「いや、そんなことはないが…。お前の本来の住処はあちらだろう? あんまりそこから離れていると、仲間が心配しないか? ユアンもいい顔をしまい。」
「それは……」
途端に、キリハの言葉が歯切れ悪くなる。
レクトの指摘どおり、最近は周りとの距離が開きがちだ。
何度かユアンとの話し合いを試みるも、結局どちらかが痺れを切らし、一方的に言葉を投げ捨てる形で終わってしまう。
そして極めつけは、あの手紙。
「なんかもう……今は、あっちにいる方がしんどいや。」
それが、素直な気持ちだった。
誰かに声をかけられるのが怖くなったのは、いつからだろうか。
上手く取り繕えない自分に嫌気が差して、人々の喧騒を煩わしく思うこともある。
静かな場所で、誰にも関わらずにひっそりと過ごしていたい。
そんなことを考えるのは、両親を亡くした時以来かもしれない。
「まあ……そうだろうな。」
レクトはそう言うだけ。
ここで〝どうして?〟と訊いてこないのは、自分が抱えているものを全部知っているからだろう。
「なんか、ごめんね? 人間のよさを教えてあげるって自信満々に言っておきながら、俺が人間に疲れてるなんて、変な話だよね。タイミングが悪いなぁ……」
「気にするな。あれは、誰でもつらいだろう。」
まるで慰めるように。
レクトが気遣わしげな仕草で頭をすり寄せてくる。
「むしろ、謝るのは私の方だな。すまない。ただでさえ問題ばかりのところに、私の問題まで持ちかけてしまって。」
「なんでレクトが謝るの? ここに飛び込んだのは、俺の方じゃん。」
空元気で笑みを浮かべるも、それは長く続かない。
すぐに表情を曇らせたキリハは、レクトの頭を両手で抱き締めた。
「レクト、ありがとう。俺、レクトに会えてよかった。レクトが手紙のことでアドバイスをくれなかったら……今頃、どうなってたか分からないよ。」
「そうか? 私は、最初の助言を誤ったと思っていたが……」
「え…? どうして?」
純粋に疑問に思ったので訊ねると、レクトは気まずげに唸る。
「お前の性格を考えるなら、とにかくまずは周りに相談させるべきだったと思ってな。素直でフットワークが軽いお前なら、すぐに相談するかと思っていたのだが……行動の指針を決めるまでは、結構な慎重派だったのだな。それを知っていれば、理屈は後回しにして、有無を言わさず行動させたよ。」
「ああ……なんか、変に罪悪感を持たせてごめん。そんなの、初対面じゃ分からないって。俺だって最近になってようやく、結構うじうじと悩んで、踏ん切りつかない方だなって実感したくらいだもん。」
まさか、レクトがそんなことを悔やんでいたなんて。
とにかく、彼をフォローするのが先決だ。
そう考えたキリハは、自分もレクトに頭をすり寄せる。
「レクトも、そこまで気にしないでよ。レクトはいつも、俺のことを考えてくれてた。こうして話を聞いてくれるだけで、本当に助かってるんだ。それだけで十分だよ。」
「まったく…。無茶をして溜め込みすぎだ。」
そう言われると同時に、器用に服の襟をくわえたレクトに、勢いよく引っ張られた。
一瞬のうちに地面に転がされた自分は、ごく自然に間近からレクトを見上げることになる。
「こんな時くらい、自分を優先して当たり散らしても罰は当たらんというのに。」
ぼやいたレクトは、絶妙な力加減でキリハの頭をなでた。
「ほら、少し眠れ。最近、ろくに眠れていないのだろう? 自分には分からない話だったからか、シアノも眠そうだ。」
「あ…」
それでシアノのことに思い至り、キリハはころりと寝返りを打つ。
自分たちの傍にいつつも会話の邪魔をしないように気配を殺していたシアノは、半分になった目をごしごしとこすっていた。
目の端に滲んだ涙と焦点が合っていない目線を見るに、レクトの言うとおり眠たいようだ。
「シアノ。一緒に寝る?」
「うん…」
手を広げてシアノを招くと、小さな体があっという間に胸元へ潜り込んできた。
レイミヤにいた時は、ほぼ毎日こうして誰かを抱っこしながら添い寝をしてあげたっけ。
懐かしい過去を思い出させる温もりに、無条件に気が緩んだ。
それと同時に、心地よい微睡みが意識をさらっていこうとする。
「おやすみ。可愛い子供たち。」
目を閉じて闇に閉ざされた世界に響くのは、優しげで包容力に満ちた声。
それが、記憶の根幹にある面影を浮かび上がらせる。
(父さん……)
無意識のうちに、その面影に手を伸ばす自分がいた。
レクトの声を聞いていると、本当によく父を思い出す。
声が似ているわけではないのだけど、強いて言えば雰囲気が似ているのだろうか。
まるで、記憶の彼方で霞みかけていた父が、今だけ帰ってきてくれたような。
そんな気さえしてくるんだ。
「おやすみ……父さん……」
声に出してそう呟いた時には、意識は深く闇の中―――
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた
アイイロモンペ
ファンタジー
2020.9.6.完結いたしました。
2020.9.28. 追補を入れました。
2021.4. 2. 追補を追加しました。
人が精霊と袂を分かった世界。
魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。
幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。
ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。
人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。
そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。
オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる
八神 凪
ファンタジー
世界には多種多様な種族が存在する。
人間、獣人、エルフにドワーフなどだ。
その中でも最強とされるドラゴンも輪の中に居る。
最強でも最弱でも、共通して言えることは歳を取れば老いるという点である。
この物語は老いたドラゴンが集落から追い出されるところから始まる。
そして辿り着いた先で、爺さんドラゴンは人間の赤子を拾うのだった。
それはとんでもないことの幕開けでも、あった――

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる