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第5章 動くそれぞれ
ルカとレクトの対峙
しおりを挟む「さて……」
レクトの視線が、するりと滑る。
その先にいるルカは、あくまでも平静を保っていた。
「妙な確認とはなるが、自己紹介は必要か?」
「いや。」
問われたルカは、微かに首を振る。
「複雑だが、そいつから話を聞いてたせいで、初対面な気がしねぇんだ。」
「そうか。私も似たような気分だ。」
ルカの回答に苦笑し、レクトはすぐに本題に入った。
「では、お前は私に何を聞きに来たのだ?」
「別に大したことじゃねぇよ。」
肩をすくめたルカは、そこでふとシアノを見る。
「……長話は座ってやるか。」
おそらく、シアノを立たせっぱなしにすることが気になったのだろう。
そう告げたルカは、シアノと一緒に腰を下ろした。
「先に断っておくとな。」
レクトが座るのは待たず、ルカは一人で話を進め始める。
「オレは、お前の事情を一から十まで知ってるわけじゃない。そこのアホとユアンが大喧嘩してるのを、隣の部屋で聞かされたくらいだ。」
「ああ…。だから突然乗り込んできたのか。」
「そういうこった。こいつの話もユアンの話も主観に偏ってて、いまいち当てにならん。」
「それで? 今度は私の話を聞こうと?」
「まあな。」
ルカはまっすぐにレクトを見ると、視線を厳しく尖らせる。
「余計な脚色はいらない。こいつにどんな話をしたのか、ありのまま事実だけを聞かせろ。」
「……なるほど。いいだろう。」
レクトはあっさりと了承し、長い話を始めた。
リュドルフリアとユアンの出会いで歪んでしまった、親友との関係。
己の血に宿る能力に気付き、ドラゴン大戦のきっかけを引き起こすに至った経緯。
そして、一人の少女の死をきっかけに宙ぶらりんになった、人間への疑念。
それが、改めて彼の口から語られる。
しかしルカの要求を考慮したのか、その話は自分にされた時とは違い、理路整然として淡々としたものだった。
「―――そうか。お前の話は一通り分かった。」
途中で口を挟まず聞きに徹していたルカは、レクトの話が終わったことを察すると、そう言って肩の力を抜いた。
それに、レクトが意外そうに眉を上げる。
「おや。お前もキリハと同じで、怒り狂ったりしないのだな。」
「怒ってどうなる? それに、お前の言い分にも一理あるからな。」
そんなことを告げるルカの双眸に揺れるのは、悔しさと嫌悪感が混ざったような感情だ。
「戦争をひどくしたのが人間かどうかは知らねぇけど、実際にオレたちを差別しているのは人間だ。きっかけはどうであれ、今の状況を改善もしない責任は人間にある。お前に怒鳴り散らしたところで、その今が変わるはずもないだろう。」
(ルカ…)
不覚にも、今の言葉には感動してしまった。
『だって〝今〟を創ってるのは、ユアンじゃなくて俺たちだよ。みんな〝これが普通だから〟って諦めて、変わろうとしなかった。そんな俺たちが創った今がこれなんだ。』
以前自分がフールに告げた言葉が、ルカにも響いていた。
そしてそれを受け止めた彼は、レクトもユアンも否定しない道を選んでくれた。
そのことが、本当に嬉しい。
「ふふ、そうか。お前は理性的だな。」
表情を和らげたレクトは、純粋にルカに感心しているようだった。
それに対し、ルカは複雑そうに顔をしかめた。
「言っとくが、お前を全肯定する気もねぇからな? くだらん嫉妬でなんつーことをしてくれてんだっていう本音もあるから。」
「それについては、返す言葉がないな。」
ユアンに責められた時と同じく、レクトは自身の行いについては釈明しなかった。
そんなレクトをしばらく見つめていたルカは、やがて深く息をつく。
「……今日は帰るわ。持って帰るから、そいつの体を返せ。」
「分かった。」
レクトが頷いた数秒後、先ほどとは真逆で強く背中を押される感覚がする。
「おお…」
一瞬で五感を取り戻したキリハは、肉体の感触を確かめるように、手を握ったり開いたりする。
「ほら、帰るぞ。そろそろ、気分転換にドライブしてくるって言い訳もきつくなってくる時間だ。」
「う、うん……」
本当は自分だけでもここに残りたいところだが、ルカの雰囲気が許してくれそうにない。
直感的にそう思って、キリハは素直に立ち上がった。
一緒になって立ち上がろうとしたルカの手を、小さな手が引っ張ったのはその時。
「ルカ……ぼくたちの仲間にならないの…?」
ルカを引き止めたシアノが、不安そうに問いかける。
ルカは、首を縦にも横にも振らなかった。
「今はなんとも。今日のオレは、ただ話を聞きに来ただけだ。そこの直感バカみたいに、その場でぽんと身の振り方は決められない。」
「………」
ルカの意見に、キリハは不安を抱かざるを得なかった。
説得の相手を自分にするか、ユアンにするか。
彼はまだ、その答えを出していないのだ。
自分の価値観がルカにいくら変化を与えたとしても、答えが合致するとは限らない。
他人である以上仕方ないことだけど、これまで自分を肯定してくれることが多かったルカに否定されるかと思うと、今度こそ孤独になってしまうようで怖かった。
他にたくさんの味方がいる自分でこうなのだ。
好きだと思える人間が少ないシアノは、自分以上に不安なようだった。
「そんな……ルカ…っ」
顔を歪めて泣きそうなシアノ。
両目いっぱいに浮かぶ涙に、ルカはたじろいでしまう。
「シアノ。今日はもうおしまいだよ。」
シアノを止めたのはレクトだ。
「ルカはまだ決めてないと言っただけで、仲間にならないとは言ってないだろう? わがままを言っては、ルカを困らせてしまう。」
「うう…っ」
シアノはゆっくりとうつむく。
ルカの服をしっかりと掴む手が離れたくないと語っていたが、数十秒の時間をかけて、シアノは渋々とレクトの元へ戻っていった。
「……なんか、悪者になった気分だな。」
さすがに後味が悪いのか、ルカはなんともいえない顔。
「あはは……」
キリハもそれに、曖昧な笑いを返すしかなかった。
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