竜焔の騎士

時雨青葉

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第4章 亀裂

染み渡る声、霞んでいく声。

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 衝動的に部屋を飛び出したのはいいものの、こんなに夜遅くでは思いつく行き先もない。
 宮殿にいて、またフールと顔を合わせるのも気まずい。


 頼る先は一つしかなくて、レクトに迎えに来てもらってしまった。


「……よかったのか? あんな風に、喧嘩別れをしてきて。」
「………」


 レクトの問いに、キリハは憂鬱ゆううつそうに表情を曇らせる。


 本当は、頭ごなしにユアンを拒絶してきたことに、ちょっぴり罪悪感を抱いている。
 もう少し冷静に話し合えなかったのかと、反省する気持ちもある。


 でも、あれはユアンだって悪くないだろうか?
 そんな風に、もやもやとしているのも事実で……


「だって……ユアンったら、俺の話を聞く気なかったんだもん。」


 思わず、不満たらたらの文句が零れてしまった。


「まあ、それだけお前が心配だったのだろう。」


 レクトはそうとだけ告げて、次に遠くを見る。


「あの子もそうだったからな。私に執着する子を止められなかった結果、その子を死なせてしまっているのだ。トラウマには十分であろう。」


「でも、もうずっと昔のことでしょ?」


 とっさに思いついた反論を述べたのだが……


「お前は、それと同じ理屈で両親のことを割り切れるか?」
「―――っ!!」


 その言葉がきっかけで、ユアンの心情が自分ごととして心に落ちてきた。


「それと同じだ。トラウマに、過去も今もないのだよ。」
「………」


 それを言われたら、何も言えない。
 両親の死を過去のことで簡単に片付けられたら、自分は悲しいから。


 黙りこくるキリハを横目に見ながら、レクトはすぐに話を変えた。


「それにしても、よくあの人形がユアンだと分かったな。」
「あ……なんとなく、直感的に……」


 キリハはうーんとうなる。


「前から、ちょっと違和感があったんだよね。レティシアがするユアンの話が、なんか昔の話って感じがしなくて。レクトからユアンが今も生きてるって聞いた時、もしかしたら案外近くにいるんじゃないかなって思ったんだよ。」


「ほう…? 頭が少し足りない分、直感が研ぎ澄まされたか。」
「あうぅ…。レクトまで、俺が馬鹿だって言わないでよ……」


 自分の頭が足りないことくらい、十も百も承知です。
 お願いだから、これ以上欠点をえぐらないでください。


「いや、馬鹿だとは思っておらんよ。」


 レクトは、朗らかな笑い声をあげた。


「純粋すぎるところがシアノに似ていて、少しばかり微笑ましい。おそらく他の連中も、私と同じ気持ちだろう。」


「………」


 レクトの双眸は、優しげになごんでいる。
 それをじっと見つめるキリハの表情に、再びうれいが宿った。


(利用してるだけなら……こんな風に笑うかな? まるで……父さんみたいに……)


 徐々に記憶から薄れていく、父の面影。
 それでも、心の奥は大好きな彼を覚えている。


 いつもおっとりとして、どこか抜けていて。
 そんな父に小言を言いながらも、母はいつも笑っていた。


 父は失敗をしたりよくないことが起こったりしても、その中から必ず一つはいいことを見つけるのが得意だった。


 そして自分が泣いたり落ち込んだりした時は、自分を胸に抱きながらじっくりと話を聞いてくれて、最後には穏やかに笑ってくれるのだ。


 レクトの笑い声が遠い記憶で木霊こだまするそれに似ていて、この声を聞いているのはなんだか安心する。


 疲れから来る微睡まどろみもあって、ふと目を閉じかけた時―――


「キリハ……」


 シアノが、不安げな表情で声をかけてきた。


「どうしたの?」
「………」


 訊ねるも、シアノは何かを迷うように視線を泳がせている。
 何かがあったのは明白だった。


 身を起こして表情を引き締めるキリハ。
 未だに迷うシアノの頭を、レクトが優しくつついた。


「シアノ。一応、見せておいた方がいいだろう。後になってから見せたら、キリハが怒ってしまう。」
「……分かった。」


 怒られるという言葉が効いたのか、シアノはしゅんとして、パーカーのポケットに手を入れた。




 そこから表れたのは―――悪夢の象徴とも言えるあの封筒。




「―――っ!?」


 ベルリッドの時とは違い、問答無用で封筒をひったくっていた。


「これ……いつ!? 誰からもらったの!?」
「えっと……何日か前に、病院の女の子から……」


「なんですぐに、お父さんに言わなかったの!?」
「だって、手紙の意味がよく分からなかったから、捨てようと思ってて……」


 ここまできつく問い詰められると思っていなかったのか、シアノはびっくりしてしどろもどろになっている。


「すまんな。」


 真っ青になるキリハに、レクトが詫びを入れた。


「シアノには、例の話を聞かせていなかったのだ。それで昨日になって私とお前の話を聞きとがめたシアノから、これを見せられたというわけだ。」


 そう言われて、少しだけ頭が冷える。


 そりゃそうか。
 自分だって、小さな子にこんな話は聞かせない。


 シアノからすれば、この手紙は言葉どおり、意味がよく分からないものだったのだろう。


「怒鳴っちゃって、ごめんね……」


 不安げなシアノの頭をなでて、すぐに封筒を開ける。
 中から出てきたのは、大量のシアノの写真だった。


(とうとう、シアノまで……)


 写真を握る手が、否応なしに震える。


 シアノだけは、絶対にだめだ。


 自分に巻き込まれて、再び人間に悪意を向けられることがあれば……今度こそシアノは、人間を好きになれる機会を失ってしまう。


 それだけは、絶対に嫌だ。


「………っ」


 次の一枚をめくった時に気付いた。
 写真の裏に、何かが書かれている。


「これは……」


 うめくキリハ。


 そこに記されていたのは、とある日時と場所。
 指定されたのは、宮殿からそこまで離れていない場所だ。


「シアノ。絶対に、ここに行っちゃだめだからね。ちょうど休みの日だし、代わりに俺が行ってくる。ついてくるのもだめ。分かった?」


「う、うん……」


 まだ現実についてこられていないのか、シアノは少し混乱した様子でなんとか頷いた。
 そんなシアノに不安を覚え、キリハはレクトを見上げる。


「レクト、お願い。しばらく、シアノから目を離さないで。できれば、二人でここにいてほしいんだ。」
「ああ。言われずとも、そうするつもりだ。」


「ありがとう。」
「ただ、私からも一つ頼みがある。」


「何?」
「その時間になったら、私を呼べ。」


「え…?」


 想像もしていなかった申し出に、キリハは目をしばたたかせる。
 レクトの方は大真面目だった。


「私にしか言えないのだろう? さすがに心配で見てられんから、意識だけでも同行しよう。何かあれば、それとなく助言してやる。」


「……ありがとう。」


 なんと心強いことか。
 レクトの発言を聞いて、自分でも驚くほどに安心した。


「ただし、私はあくまでも助言しかできん。くれぐれも、無茶はするなよ。」
「……うん。」


 頭をすり寄せてくるレクトを招き入れて、その頭をぎゅっと抱き締めたキリハは、きつく目を閉じる。


 やっぱり、レクトを信じてはいけないのだろうか?


 ここまでシアノを守ってくれている彼に。
 自分の気持ちをおもんぱかってくれる彼に。


 これからやり直せる未来に期待するのは、間違いなの…?


「とりあえず、ゆっくりと呼吸して、まずは気持ちを落ち着けろ。」


 不安のせいで揺れる世界に、穏やかなレクトの声がゆらゆらと響いて……




 自分を引き留めるユアンの声が、遥か遠くにかすんでいくようだった―――



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