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第4章 亀裂
オークスの憂い
しおりを挟む「………」
突然出ていったフールを、ジョーは黙って見つめていた。
(フール様には……何か、分かったことがあるみたいだね。)
滅多に調子を崩さない彼が、あれだけ取り乱すのだ。
おそらく、彼にとって最悪に近い何かが起こっているのだろう。
彼が言葉を発しなくなったタイミング。
その時に自分とオークスが話していたこと。
これらを組み合わせて推測するなら、もしかすると―――
「おい。」
「………」
「おい。そこの薬バカ。」
「―――っ!!」
その一言で、ハッと我に返る。
顔を上げた先では、オークスが顔をしかめてこちらを見ていた。
「……なんですか、その呼び方。なんの脈絡もないじゃないですか。」
煙たいじじいはさっさとあしらうに限る。
そう思ってテキトーに流すジョーだったが、対するオークスは瞳に宿した光を鋭くした。
「ほう…? そんな真剣にデータを睨んで……隠せてないぞ?」
「………っ」
その指摘に、またハッとさせられる。
自分の手にある数々の資料。
いつの間にペンを取り出していたのか、資料には自分の文字でいくつもの書き込みがされている。
「―――っ!!」
カッと顔を赤くしたジョーは、右手に持っていたペンと資料をまとめてテーブルに叩きつけた。
「………、………っ」
何かトラウマに触れることでもあったのだろう。
ひどく興奮した様子で呼吸を荒くする彼の表情は、追い詰められたように歪んでいた。
オークスはそんなジョーをしばらく無言で眺め、やがて一つ溜め息をつく。
「それは持っていけ。フール様が出ていった以上、この件をターニャ様に報告する奴が君しかおらん。」
「………」
オークスがそう言うと、底冷えするような瑠璃色が彼を睨みつけた。
「安心しろ。キリハに関する研究データなら、もう君のパソコンに送っておいた。隠してることなんてないから、ハッキングはやめてくれよ? 万一にもセキュリティに引っかかったら、言い訳に苦労するのは僕なんだから。」
「………っ」
ジョーの目元に、さらに力がこもる。
言い訳だなんて、恩着せがましく言ってくれちゃって。
そんな余計なことはせずに、被害者面で調査をさせればいいじゃないか。
こちらは、その程度で足がつくような腕じゃないのだから。
この人もケンゼルも、本当に厄介極まりない。
さっさと敵に回ってくれれば楽なのに、彼らは自分と敵対することなく、自分が何をしても遊ばせておくだけ。
むしろ、時にこうして擁護的な態度を取ってくるのは、どういう狙いがあってのことなのか。
何はともあれ、非常に不愉快だ。
敵意をみなぎらせ、どんどん神経を尖らせていくジョー。
まるで猛獣のようなその態度に、オークスはただ息をつくだけだった。
「まったく…。だから十五年前、こっちで引き取ってやると言ったじゃないか。一度は蹴った場所に、自力で戻ってきおってからに。……結局、一般人の世界じゃあ退屈だったんだろう? 今からでも、戻ってきたらどうだ?」
「余計なお世話です。自分の道くらい、自分で決めます。」
これ以上突っ込まれたらたまらない。
ジョーはテーブルの資料を引っ掴むと、すぐに踵を返して研究室を出ていった。
「やれやれ…。トラウマをねじ伏せるほどの実力は身につけたくせに、いつまであのことを引きずるんだか……」
乱暴に閉まるドアの音を聞きながら、オークスはぼそりと呟く。
「僕たちのような人種は、知識を前には無力なんだぞ? ケンゼルの話では、手下にした人間から学会資料を巻き上げているそうじゃないか。ひねくれた奴め……だから君は、損しかしないんだ。」
難儀なことだ。
今まで散々餌をばらまいてきたが、警戒するばかりで一向になびかない。
ケンゼルやフールも言っていたが、彼は今の場所にいるよりも元の世界に戻った方が、本人のためにも国のためにもなると思うが……
「論理的に説得するよりも、感情的に衝動で動いてしまった方が、ある意味素直になれるのかもしれんなぁ…。そこは、あの子に期待するしかないか。」
ぼやくオークスの表情にはいつもの飄々とした雰囲気はなく、純粋な憂いを帯びていた。
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