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第4章 亀裂
難攻不落な彼
しおりを挟む「フール様、起きてくださいよ。」
「んー…」
人形の体に戻ってくると、案の定誰かが体を揺さぶっていた。
「はいはい、起きるって。」
身を起こして前を見上げると、瑠璃色の瞳がこちらを覗き込んでいた。
「意外です。フール様も眠るんですね。」
「寝てたわけじゃないよ。中身だけで出かけてた。」
「どこへ?」
「レティシアのところ。キリハ伝手に呼ばれてね。」
「ふーん…。レティシア、ねぇ……」
途端に棘が交じる声音。
顔を見れば、普段は穏やかな笑みで徹底されているジョーの表情が、面白くなさそうに歪んでいた。
(まったく……意地ばっかり張っちゃって……)
さっさとわだかまりを解消したらいいのに、一度表明した立場を取り下げられないせいで、この子はいつも遠回りと損ばかりしている。
相手が自分を信頼する前に敵に回してしまおうとするところも、改善の余地が大ありだ。
そうは言っても、彼が過去に経験した事件を考えると、そんな癖は早くやめろとも言いにくいのだが。
「んで? なんかあったの? 君から呼びに来るなんて珍しいじゃない。」
「あ、そうでした。」
切り替えが早いジョーは、一瞬のうちにいつもどおりの笑顔を取り戻す。
「狸親父……失礼。オークスさんから、僕に呼び出しが入りまして。お話の内容的に、フール様にも聞いていただきたいそうです。」
「僕にも…?」
想定外の用件に、フールは首を傾げる。
おやおや。
なんだか今日は、おかしなことばかり起こる日だ。
「あのオークスが、僕に話を聞いてほしいだなんて…。というか、僕を呼び出すのに当然のように君を使うんだね。」
「まあ、あなたを捕まえたいなら、今はターニャ様よりも僕が確実ですから。」
ジョーは肩をすくめて吐息をひとつ。
それに、フールは苦い気持ちにならざるを得ない。
「あの人、僕が君に捕まったのを面白がってるなぁ? どうせ、ケンゼルだってこのことを知ってるんでしょ?」
「ええ。今頃、狸親父と二人でつまらない賭けでもして遊んでるんでしょうよ。」
「僕は、君があの人たちに自慢して煽ったとしか思えないんだけどね。」
情報の覇者と言っても過言ではないジョーが、自身に関する情報を他人にかすめ取られるとは思えない。
それは、経験に長けているオークスやケンゼルが相手だとしてもだ。
彼らが自分たちの関係を知っているということは、ジョー本人があえてばらしたのだろう。
そう断言できるほど、ジョーが自身と他人の間に築いている壁は高くて分厚いのだから。
「やだなぁ、自慢なんかしてませんよ。なかなか尻尾を出さないお調子者を、ようやく捕まえたって言っただけで。」
「うん。どう聞いても僕のことだよね。」
ほら見ろ。
予想的中だ。
「まあいいや。とりあえず、オークスのところに行こう。」
「そうですね。……あ、そうだ。」
こちらに同意しかけたジョーが、ぽんと手を叩く。
「例の件、あらかた仕込みが終わりましたよ。それとは別件で、ランドルフ上官からあなたにと受け取ったデータがいくつか。」
「―――そっか、ご苦労様。データは、いつもの場所で見させてもらうよ。」
「はい。じゃあ、詳しいご報告はその時に。僕の独断で追加して蒔いた種もあるんで。」
「………」
ドアの近くまで進んでいたフールはふと止まり、ちらりと後ろを見てみる。
視線の先に立っているジョーは、それはもうご機嫌だ。
先ほどのふてくされた顔はどこへ消えた。
「なぁんか、気味悪いなぁ…。思ったよりも、都合よく働いてくれるじゃないの。」
「そりゃあ、もちろん♪」
無駄にきらめく、胡散臭さ百パーセントの笑み。
「こんなに楽しいことをやってたなら、もっと早く巻き込んでくださいよ。」
「だから、巻き込むつもりは毛頭もなかったんだってば。」
「へえぇー? これまでランドルフ上官をだしにして、間接的に僕を使ってたくせに?」
「変な言いがかりはよしてよ。君を手駒にしたのはランドルフだ。そこに僕は関与してないよ。便利だったのは認めるけどね。」
「ふーん。……ま、それについては特別に水に流してあげます。今、十分に返してもらってるので。」
「だろうね。僕が持ってる情報は、僕にしか取ってこれないから。」
「ええ。おかげで退屈しません。だから対価として、ここまで働いてるんじゃないですか。いい取引相手ができて、僕としては嬉しい限りです。」
「はいはい。どうかそのまま、情報に貪欲な忠犬でいてよ。その方が僕も使いやすいから。」
まったく。
ミゲルやアイロス辺りが聞いたら、真っ青になりそうなほどに不穏な会話だこと。
素直に認めるのも複雑だが、想像以上に便利で扱いやすい駒を手に入れてしまったものだ。
彼から四年も逃げ続けた自分には敬意を払っているという話は、交渉の建前ではなく本心だったのか。
(この子にもそれなりに人を回したけど……素直にさせるには、もう少し時間がかかりそうだ……)
そんなことを思いながら、内心で深く溜め息をついた。
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