竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 崩れ始める平穏

頼れる相手は―――

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 その後、ある程度ベルリッドの話に付き合って、彼女とは問題なく別れた。


「―――っ」


 リビングに駆け込みながら、もつれる指で封筒を開く。


 中から出てきた写真。
 それは、今までとはまた違っていた。


「これ……ルカのお母さん…?」


 キリハは顔をしかめる。


 最近会ったばかりなのだから、間違えるはずがない。


 だけど、どうして彼女が?
 彼女とは数回会った程度で、特別親しいというわけでもないのに。


「レクト……レクト!」


 不安を抑えきれず、この件を唯一知っている相手に呼びかけていた。


「……ん? 呼んだか?」


 運がいいことに、比較的すぐにレクトが応えてくれた。


「これ…」
「やれやれ、またか……ん? 誰だ、これは? 初めて見るな。」


「ルカのお母さんなんだけど……この間会ったばかりだから仲良しってわけじゃないし、意味分かんなくて……」
「ルカの母親…?」


 それを聞いた瞬間、レクトの声がトーンを下げた。
 しばしの無言。


「―――まずいな。」


 そう告げた彼の声は、本当に深刻そうだった。


「まずいってどういうこと? どういう意味なの!?」
「落ち着け!」


 叱るような勢いでたしなめられ、条件反射で口をつぐむ。


「とりあえず、その部屋を出て別の場所に向かえ。十中八九、室内の様子は監視されている。」
「!?」


 そう言われてしまえば、これ以上は反論もできなかった。


 ひとまずはレクトに言われたとおり、部屋を出る。
 とはいえ、宮殿内に犯人や共犯者がいる可能性がある以上、どこで話せばいいのか分からない。


 悩んだ結果、地下の駐車場に舞い戻って車を走らせるしか、思いつく方法がなかった。


「……で、どういうことなの?」


 地下高速の路肩に車を停め、レクトに再度問いかける。


「おそらくは、この前の私たちの会話を聞かれたのだろう。犯人のターゲットが広がったようだ。」
「広がったって……だから、どういう意味? はっきり教えてよ!」


 あまりにももどかしくて、気持ちばかりが空回ってしまう。


「一応、あくまでも私の推測だと前置きしておこう。」


 最初にそう告げて、レクトはこの写真に込められたメッセージを語った。


「……このことを誰かに話せば、話を聞いた相手の大事な人間も危険にさらす。」
「!?」


「そしてお前なら、相談相手として真っ先にルカを選ぶだろう。それも知っているという意味だ。」
「そんな……」


 もはや、うめき声しか出てこなかった。


 どうしよう。
 これで、ルカには相談できなくなった。


 ルカからお母さんを取り上げたくない。
 肉親を理不尽に奪われるのは、本当につらいんだ。


 他の人に話そうとしても、きっと今回のように犯人のターゲットが広がるだけ。
 それなら……


「レクト……レクトにだけなら、相談してもいい?」


 犯人のターゲットになりえない彼しか、頼れる相手がいないじゃないか。


「お前、まさか口を閉ざすつもりか?」
「……うん。」


 レクトの問いに、キリハは素直に頷いた。


「悪いことは言わん。ここまできたら、素直に誰かに相談しろ。」


 どこか焦った様子で、レクトはそう言ってくる。


「分かるか? この前とは状況が違うのだ。犯人はもう、お前が自分を意識したことに気付いてしまった。これからは、要求がエスカレートするとしか思えん。黙ってやり過ごせるレベルは通り過ぎたのだぞ?」


「だけど……でも…っ」


 ハンドルを握り締めるキリハの顔は、泣き出す一歩手前だ。


「嫌だ……誰かの家族が巻き込まれるなんて、考えたくもない…っ」


 レクトが言うことも分かる。
 だけど、この気持ちは理性でどうにかできるものじゃない。


 誰かに自分と同じ気持ちを味わわせるくらいなら、自分だけでこの苦しみを抱え込んだ方が何倍もマシだ。


「……どうしても、言う気はないのか?」
「うん。もう……無理。むしろ、誰かに話す前でよかったよ。」


「だが……」
「レクトだって言ってたじゃん。近くにいる人を守ってる間に、遠くにいる人が危なくなるかもしれないって。」


「それは……」


 痛いところを突かれたのかもしれない。
 途端に、レクトが意見することをやめた。 


「……分かった。お前の意思を尊重しよう。ただ、私は事件を直接解決はできないぞ?」
「話を聞いてくれるだけでいい。思わずルカとかに言っちゃう前に、レクトに吐き出させてくれれば……」


「……よかろう。」


 本格的にレクトが折れたのが分かって、少しだけ気が抜けた。


 そうだ。
 話を聞いてくれる誰かがいるだけ、状況はまだいい方。
 こうなったら、犯人に直接会えるまで要求をエスカレートさせて、思い切りぶん殴ってやる。


「ありがとう……」


 自分の口から零れる吐息。
 それは、自分でも分かるくらいに震えていた。

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