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第3章 崩れ始める平穏
ドラゴンたちの価値観
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レクトに送ってもらう場所を調整してもらって、彼と別れたキリハはとある場所に向かった。
「わーい! キリハだーっ!!」
森を抜けて広い敷地に入ると、元気そうな声が出迎えてくる。
そこには、一目散にこちらへ駆けてくるロイリアの姿があった。
ノアの来訪がきっかけで使用した、この空軍施設跡地。
その後もジョー主導で定期的な観察を重ねた結果、二週間ほど前から、レティシアとロイリアはここに住処を移すことになった。
特にこれといった行動制限はなく、好きな時に狩りや散歩に出かけてもよし。
ただ、ドラゴンの多くが生息する西側や人が住んでいる地域へ一定距離近づくと、体内に埋め込んだチップを通して警告が飛ぶシステムになっている。
ジョーの話によると、リスクの高さと利便性の悪さから、レティシアたちを地下フィルターに閉じ込めておくつもりは最初からなかったそうだ。
ゆくゆくは外で管理することを前提に、レティシアたちに埋め込んだチップには位置観測機能を折り込み済み。
この空軍施設跡地の管制塔システムの復旧とは別に、新たな管理システムを個人的に構築していたらしい。
それを聞いた時には、改めてジョーという人間の計算高さを痛感したものだ。
それと同時に、レティシアたちに最大限の自由を許してくれた彼の対応が、胸が締めつけられるくらいに嬉しかった。
きっとジョーに訊いても、彼は自身の配慮を認めないだろう。
むしろ、〝僕は、レティシアたちを信じてこんな対応をしたんじゃないから〟と、ひねくれたことを言いそうだ。
だから、本人が口に出さない優しさには、同じく口に出さずに感謝しておくことにする。
なんとなく、それがジョーに一番合った接し方だと思うのだ。
「あら、どうしたの? 今日は休みで出かけてくるから、こっちには来ないかもって言ってなかった?」
ロイリアを追いかけてきたレティシアが、不思議そうにそう訊ねてくる。
「用事が早く終わったから、こっちにも顔を出そうと思って。」
「心配性ねぇー。そんな神経質にならなくても、私たちなら悠々自適に過ごしてるって。鎖がなくなって自由になったせいか、あんたら以外は私たちに近づいてこないし。」
「それは分かってるよ。」
事実、レティシアの言うとおりで、彼女たちから戒めを外したことは予想外の効果を生んだ。
彼女たちが自由に抵抗や反撃を行えるようになったことで、危険を恐れた周囲が彼女たちへ介入しなくなったのである。
今彼女たちに近づくのは、自分やルカとドラゴン殲滅部隊の人間くらいだ。
人間とドラゴンにある溝の深さを突きつけられるようで胸は痛いが、これである意味、レティシアたちの安全は確保された。
面倒なことが起こりそうになったら、反撃を加えずに逃げる方針で示し合わせてあるし、二十四時間の監視体制の下では、変に濡れ衣を着せられる心配もないだろう。
そもそもここの管理人がジョーである以上、よほどの馬鹿じゃない限り手を出してこないとは思うけど。
「今日は、レティシアに教えてほしいことがあって来たんだ。」
「私に?」
ちょっと意外そうなレティシアに、キリハはこくりと頷く。
「普段任務の時にもあれこれ訊いてくるのに…。その時まで待てなかったの?」
「うん。」
「あはは。相変わらず、好奇心旺盛な知りたがりね。」
レティシアは軽やかに笑い、首を地面に横たえてリラックス体勢に入った。
それに応じて、ロイリアも腰を落とす。
「今日はどんな授業をお望み? 時間はたっぷりあるから、のんびりと話しましょうか。」
優しげなアイスブルーの瞳が、自分に向けられる。
長い話をする時のレティシアは、いつもこうだ。
この姿勢を取るのも話が長くなると疲れるからではなくて、自分と目線を合わせるためである。
「ありがとう。」
キリハは無邪気に笑い、自分も地面に座った。
「あのね、ドラゴンっていつも、どんな風に暮らしてるの?」
「どんな風に……っていうと?」
「えーっと……人間みたいに、みんなで集まって暮らしたり、守らなきゃいけないルールがあったりとかするのかな?」
「そうねぇ……個体による、かしら。」
少し悩みながら、レティシアは語り始める。
「群れるのが好きな奴らは、縄張りを共有できる範囲内で一緒に暮らしてるんじゃない? とはいえ、協調性とかはあまりないかもね。食事も寝るのも別だし、突然群れの誰かが行方をくらませたとしても、別に捜しはしないし。」
「え…っ。捜さないの!? 心配しないの!?」
「しないわね。暮らす群れを変えたか、死んだんだろうって思うくらいで……」
「じゃ、じゃあ子供は!? 子供でも捜さないの!?」
「そりゃ、ロイリアくらいの子供なら母親か父親が捜すわよ。そこそこ大きくなった子供なら……まあ、そろそろ一人立ちしたのかなってことで。」
「ええぇ……」
なんとドライなドラゴンの世界。
人間と同じく高度な知性を持つ生き物なのに、ここまで生活様式が違うのか。
「じゃあ、ドラゴンには結婚とか離婚とかってあるの? 子育ては?」
「うーん……」
次なる質問に、レティシアがまた唸る。
「結婚や離婚って概念はないわね。子育ては基本的に母親が担うけど、たまに父親が担ったり、両親揃って育てることもあるわ。ものすごく稀だけど。」
「そうなんだ…。これが種族の違い……」
「そうね。私も、リュード様から人間の生活を聞いた時は、めんどくさすぎて眩暈がしたわ。」
「そっかぁ。ドラゴン側から見たら、そうなるのかぁ……」
キリハは腕を組んで瞑目する。
よくも悪くもあっさりとした関係性。
家族間の仲でもそうならば……
「ドラゴンどうしで揉め事があった時って、どうなるの?」
一歩、自分が本当に知りたいことに踏み込んでみた。
「わーい! キリハだーっ!!」
森を抜けて広い敷地に入ると、元気そうな声が出迎えてくる。
そこには、一目散にこちらへ駆けてくるロイリアの姿があった。
ノアの来訪がきっかけで使用した、この空軍施設跡地。
その後もジョー主導で定期的な観察を重ねた結果、二週間ほど前から、レティシアとロイリアはここに住処を移すことになった。
特にこれといった行動制限はなく、好きな時に狩りや散歩に出かけてもよし。
ただ、ドラゴンの多くが生息する西側や人が住んでいる地域へ一定距離近づくと、体内に埋め込んだチップを通して警告が飛ぶシステムになっている。
ジョーの話によると、リスクの高さと利便性の悪さから、レティシアたちを地下フィルターに閉じ込めておくつもりは最初からなかったそうだ。
ゆくゆくは外で管理することを前提に、レティシアたちに埋め込んだチップには位置観測機能を折り込み済み。
この空軍施設跡地の管制塔システムの復旧とは別に、新たな管理システムを個人的に構築していたらしい。
それを聞いた時には、改めてジョーという人間の計算高さを痛感したものだ。
それと同時に、レティシアたちに最大限の自由を許してくれた彼の対応が、胸が締めつけられるくらいに嬉しかった。
きっとジョーに訊いても、彼は自身の配慮を認めないだろう。
むしろ、〝僕は、レティシアたちを信じてこんな対応をしたんじゃないから〟と、ひねくれたことを言いそうだ。
だから、本人が口に出さない優しさには、同じく口に出さずに感謝しておくことにする。
なんとなく、それがジョーに一番合った接し方だと思うのだ。
「あら、どうしたの? 今日は休みで出かけてくるから、こっちには来ないかもって言ってなかった?」
ロイリアを追いかけてきたレティシアが、不思議そうにそう訊ねてくる。
「用事が早く終わったから、こっちにも顔を出そうと思って。」
「心配性ねぇー。そんな神経質にならなくても、私たちなら悠々自適に過ごしてるって。鎖がなくなって自由になったせいか、あんたら以外は私たちに近づいてこないし。」
「それは分かってるよ。」
事実、レティシアの言うとおりで、彼女たちから戒めを外したことは予想外の効果を生んだ。
彼女たちが自由に抵抗や反撃を行えるようになったことで、危険を恐れた周囲が彼女たちへ介入しなくなったのである。
今彼女たちに近づくのは、自分やルカとドラゴン殲滅部隊の人間くらいだ。
人間とドラゴンにある溝の深さを突きつけられるようで胸は痛いが、これである意味、レティシアたちの安全は確保された。
面倒なことが起こりそうになったら、反撃を加えずに逃げる方針で示し合わせてあるし、二十四時間の監視体制の下では、変に濡れ衣を着せられる心配もないだろう。
そもそもここの管理人がジョーである以上、よほどの馬鹿じゃない限り手を出してこないとは思うけど。
「今日は、レティシアに教えてほしいことがあって来たんだ。」
「私に?」
ちょっと意外そうなレティシアに、キリハはこくりと頷く。
「普段任務の時にもあれこれ訊いてくるのに…。その時まで待てなかったの?」
「うん。」
「あはは。相変わらず、好奇心旺盛な知りたがりね。」
レティシアは軽やかに笑い、首を地面に横たえてリラックス体勢に入った。
それに応じて、ロイリアも腰を落とす。
「今日はどんな授業をお望み? 時間はたっぷりあるから、のんびりと話しましょうか。」
優しげなアイスブルーの瞳が、自分に向けられる。
長い話をする時のレティシアは、いつもこうだ。
この姿勢を取るのも話が長くなると疲れるからではなくて、自分と目線を合わせるためである。
「ありがとう。」
キリハは無邪気に笑い、自分も地面に座った。
「あのね、ドラゴンっていつも、どんな風に暮らしてるの?」
「どんな風に……っていうと?」
「えーっと……人間みたいに、みんなで集まって暮らしたり、守らなきゃいけないルールがあったりとかするのかな?」
「そうねぇ……個体による、かしら。」
少し悩みながら、レティシアは語り始める。
「群れるのが好きな奴らは、縄張りを共有できる範囲内で一緒に暮らしてるんじゃない? とはいえ、協調性とかはあまりないかもね。食事も寝るのも別だし、突然群れの誰かが行方をくらませたとしても、別に捜しはしないし。」
「え…っ。捜さないの!? 心配しないの!?」
「しないわね。暮らす群れを変えたか、死んだんだろうって思うくらいで……」
「じゃ、じゃあ子供は!? 子供でも捜さないの!?」
「そりゃ、ロイリアくらいの子供なら母親か父親が捜すわよ。そこそこ大きくなった子供なら……まあ、そろそろ一人立ちしたのかなってことで。」
「ええぇ……」
なんとドライなドラゴンの世界。
人間と同じく高度な知性を持つ生き物なのに、ここまで生活様式が違うのか。
「じゃあ、ドラゴンには結婚とか離婚とかってあるの? 子育ては?」
「うーん……」
次なる質問に、レティシアがまた唸る。
「結婚や離婚って概念はないわね。子育ては基本的に母親が担うけど、たまに父親が担ったり、両親揃って育てることもあるわ。ものすごく稀だけど。」
「そうなんだ…。これが種族の違い……」
「そうね。私も、リュード様から人間の生活を聞いた時は、めんどくさすぎて眩暈がしたわ。」
「そっかぁ。ドラゴン側から見たら、そうなるのかぁ……」
キリハは腕を組んで瞑目する。
よくも悪くもあっさりとした関係性。
家族間の仲でもそうならば……
「ドラゴンどうしで揉め事があった時って、どうなるの?」
一歩、自分が本当に知りたいことに踏み込んでみた。
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