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第3章 崩れ始める平穏
暖かい世界の裏に佇むのは―――
しおりを挟む「……ディア兄ちゃんってば、結局どういう意味だったのかな?」
「さあ…。私には、あいつの言葉までは分からないんだってば。」
最近の癖でレティシアに問いかけた結果、そんな返事が来る。
なので、今しがたディアラントに言われたことを共有。
すると。
「あいつ、若いくせに達観してるわね。子育ての経験でもあるのかしら。」
「子育てかぁ…。ディア兄ちゃんは四人兄弟の一番上だし、孤児院のみんなの面倒も見てくれてたし、その経験かな?」
「ふーん。へらへらしたアホに見えるけど、案外苦労人なのねぇ。あんたを見習ったせいでこうなっちゃって、どうしてくれるんだって思ってたけど、そういう言葉が出る辺り、それなりに責任は感じてたってことね……」
「えーっと……つまり、どういうこと?」
一人で納得してしまうレティシアに、キリハは再度訊ねる。
彼女からの答えは……
「そのうち、分かる日がくるわよ。」
解説を放棄したとも受け取れるものだった。
「ええっ!?」
「これは経験で学ぶ類いのものよ。口で説明したって、どうせピンとこないわよ。親の心子知らずってね。」
「そんなー…」
「むくれないの。あんたが当事者として悩んだ時には、ちゃんと相談に乗ってあげるから。それはそうと、早くあっちに行ってあげなさい。みんな、あんたと話したそうよ?」
「あ…」
言われて、他の皆が作業の合間にちらちらとこちらを見ていることに気付く。
仕方ない。
こういう時のレティシアが必要以上に語らないのは知っているし、一瞬とはいえ皆に心配をかけたのは事実だし、今は素直に引いてあちらを優先しよう。
不満げな表情を取り下げたキリハは、気持ちを切り替えて皆の元へと駆け寄っていった。
少しずつ慣れてきたとはいえ、レティシアに近づくには勇気が必要なのかもしれない。
自分がレティシアから離れると、皆はどこか安堵した様子で作業の手を止めた。
真っ先に飛び込んできたのはルカ。
容赦なしのげんこつをお見舞いされ、カレンとの連携プレイで説教の嵐にさらされることに。
二人の性格を分かっていなかったら、思い切りへこんだと思う。
さらにサーシャやミゲルからは、体調が悪かったり悩みでもあったりするのかと、予想外の疑いをかけられてしまった。
そんなことはないと慌てて言い繕ったが、無意識でも反応できる自分が対応に遅れるなんて、そのくらいの理由しか思いつかないと言われる始末。
ああ、レクトと話していたと言えないのがもどかしい。
なんの問題もないと、どうやって納得してもらおう。
そんな時、ふと近くをジョーが通りかかったので、たまらずヘルプを要請。
自分に泣きつかれて一瞬驚きつつも、すぐに状況を察した彼は、「キリハ君があの程度でやられるわけないでしょ。みんな心配しすぎ。」と、味方に回ってくれた。
二年近くを宮殿で過ごして分かったが、複雑な出来事がありながらも、ディアラントの次に水が合うのはジョーなのである。
なんだか価値観が似ているというか、根本的な部分は同じ領域にある気がするというか。
ルカとは方法が違うがフォローしてくれることも多いので、つい頼りにしてしまう。
その結果、「キー坊寄りの天才肌のお前には、一般人の気持ちは分からん! お前はもう少し、心配って言葉の概念を覚えやがれ!」と、ミゲルに説教されるはめになっていたのは、申し訳なかったけど……
騒がしくも、最終的には皆が笑顔。
こんな日々が楽しくて、胸が熱くなるほどに愛しく思える。
誰かと触れ合うことでしか得られない世界。
その暖かさを噛み締める脳裏に、孤独に佇むレクトやシアノの姿が浮かぶ。
(ねぇ、レクト。レクトたちも、こんな優しい世界にいてもいいんだよ…?)
今伝えたい気持ちを、心の音に乗せる。
「………」
しかし、肝心のレクトからの返事がなかった。
(レクト…?)
訊ねてみるも、そこには静寂が広がるだけ。
その後どんなに呼びかけても、彼が応えてくれることはなかった。
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