竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 崩れ始める平穏

密かな情報共有

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 その後、宮殿に戻ったのは朝方のことだった。


 長距離を移動して疲れたのですぐには動けなかったというのもあるが、シアノがなかなか離してくれなかったのだ。


 レクトの傍にいる時のシアノは、年相応の明るい少年だった。


 自分とレクトが心を通わせたことが、相当嬉しかったらしい。


 こちらが相づちを打つ暇もないくらいの早口でしゃべったかと思いきや、次には〝構って?〟とでもいうように、自分やレクトの返事を期待の眼差しで待つ。


 それが可愛くて面白くて、時には素直に応じてやり、時には少し意地悪をしてらしたり。
 レクトと一緒に、シアノとのおしゃべりを楽しんだ。


 こんなシアノの表情を見たら、エリクもルカも安心するだろうに。


 そう思いはしたが、ここで二人の話を持ち出したら、途端にシアノの笑顔が曇ってしまうような気がして、今日はそこに触れないことにした。


 誰だって、急激な変化にはついていけないものだ。
 まずは自分がシアノと十分に仲を深めて、ほどよいタイミングで二人にも会いに行こうと提案してみよう。


 シアノは楽しさで浮かれてレクトの方へと駆け寄っては、こちらから離れていることに気付くと、飛ぶような勢いで戻ってきた。


「もう仲間だもん。」


 しきりにそう言って、身を寄せてくるシアノ。
 そんなシアノは、どこか必死にこちらにすがりついているようにも見えた。


 シアノにとって〝仲間であること〟は、かなり重要であるらしい。
 そして、それを失うのが怖くてたまらないようだ。


 その度に「大丈夫だよ」と語りかけてやったが、シアノはそこで押し黙り、気を紛らわせるようにおしゃべりを再開するばかりだった。


 なんだか深入りできない雰囲気だったので、シアノの調子に合わせることを優先した。
 そして、そんなシアノが眠るまでの間、レクトともささやかな言葉を交わした。


 こんなにおしゃべりになるシアノは、レクトも初めて見たという。


 そんなにあれこれと我慢をさせるような態度を取った覚えはないのだが、知らず知らずのうちに萎縮させてしまっていたのだろうか。


 悩ましげにうなったレクトは、本当にシアノの父親みたいだった。


 そして、複雑そうなレクトの呟きを聞いたシアノが、〝父さんは何も悪くない〟と慌てふためくまでがワンセット。


 レクトがおふざけでさらに落ち込んでみせると、シアノも連動してわたわたと狼狽うろたえる。
 そんな気の置けない二人のやり取りを見ながら、自分も楽しく笑わせてもらった。


 そして、シアノが眠ってから自分も一休みして、人に見られないかつ街までそう遠くない場所まで、レクトに送ってもらったのである。


「おはよー」


 いつものように、キリハは会議室のドアをくぐる。
 すると……


「キリハ…っ」


 すでに会議室にいた人々が、揃いも揃って椅子から立ち上がった。


「キリハ、昨日はどこに行ってたの? 電話も全然繋がらないし、心配したんだよ…っ」


 真っ先に駆け寄ってきたサーシャが、涙目で訊ねてくる。
 周りの人々も、口々に心配の言葉を。


「あ……えっとぉ……その……とんでもなく壮大な散歩に出かけてたっていうかぁ……」


 言い訳が下手すぎる。
 即座にセルフで突っ込むのと同じく、皆に明らかな疑いの目を向けられた。


 どうしよう。
 自分のこれまでの行動を考えると、皆を上手く言いくるめられる建前が見つからない。


 夜通しいてもおかしくないカラオケやネットカフェなんて、一人では行ったことがない。


 携帯電話の充電がなくなったと言ったところで、〝お前が携帯電話を充電切れになるまで使い込むことなんかないだろ〟と突っ込まれるのが関の山だ。


 とはいえ、馬鹿正直にドラゴンに会っていたとは言えないし……


「あー……うぅ……」


 皆の視線が痛くて、キリハがうめいていると―――


「お前ら、そのくらいにしとけ。」


 席についたままのルカが、溜め息混じりにそう言った。


「そいつがいくつだと思ってんだ。来月で十九だぞ? そんだけデカくなりゃ、連絡を断ち切って一人になりたい時も出てくんだろ。任務をほったらかしたわけでもねぇんだし、半休の過ごし方にいちいち突っ込むなっての。プライバシーの侵害だ。」


 呆れたルカが半目で人だかりを見やると、皆が少し気まずそうに視線を泳がせる。


「確かにな。キー坊にも、プライベートってやつがあるもんな。」
「そう言うミゲルさんは昨日、サーシャちゃん並みにキリハ君を心配してなかったかなー?」
「なっ……おい! ジョー!!」


 ルカと同じく席に座って余裕ぶっていたミゲルが慌てると、その隣でジョーは口笛を吹く。


「まあまあ。とりあえず元気に帰ってきてんだし、この話はこれくらいにしような。」


 最後に、ディアラントが笑いながら場を収めに来た。


「ただなぁ、キリハよ。こんなに可愛い子を泣かしかけたことだけは謝ろうか?」
「は、はい……」


 いつものように髪を掻き回してくるディライトの手に、ぐっと力がこもっている。
 顔こそ笑っているが、少しお怒りのようだ。


 まあ、自分が悪いので仕方ないのだけど。


 眉を下げたキリハは、サーシャの肩に両手を置く。


「心配かけてごめんね。昨日は、その……どうしてもっていう事情があって……」
「う、ううん……」


 こちらが謝ると、何故かサーシャは余計に表情を暗くする。


「今回のことで、前に私が宮殿から飛び出しちゃった時、みんながどんな気持ちだったのかよく分かった。すごく今さらだけど、あの時は本当にごめんなさい。」


「え…? あの……まあ、もう済んだことだし、サーシャは元気でいるわけだし……あはは……」


 互いに謝り合う状況になってしまい、キリハは反応に困って空笑い。
 なんともいえない空気に陥る二人の肩を、ディアラントが強めに叩いた。


「よし。残りは二人の時にゆっくりやってくれ。申し訳ないけど、社会人のお兄さんたちは仕事がたんまりなんだわ。」


「あ……うん。サーシャ、行こうか。」
「うん。」


 席に戻る皆の流れに乗って、サーシャをいつもの場所に座らせ、自分も定位置に。


「ルカ、ごめんね。ありがとう。」


 隣のルカにこっそりと礼を言うと、彼は露骨に顔をしかめた。


「別に。オレはただ、常識的な事実を言っただけだ。だけど、お前も悪いからな?」


 一瞬で説教くさくなるルカの口調。


「休日をどう過ごそうとお前の自由だけど、完全に一人暮らしってわけじゃねぇんだ。せめて一人にでもいいから、帰りが遅くなるって連絡しとけ。ケータイの電源まで切られたら、周りが心配するのも当たり前だろうが。」


「ごめん……」


 まったくもって、ルカの言うとおり。
 あの時はシアノを追うのに夢中で、そこまで頭が回らなかった。


 こちらに言いにくい事情があることは察しているようで、ルカはそれ以上は何も言わずに引いていく。
 それに合わせて口を閉ざしかけて、ふと思い至った。


(そういえば……ルカには話してもいいっていうか、話した方がいいよね。)


 シアノとレクトのことについては、ルカも当事者だ。
 知る権利はあるし、ルカ自身も気になって仕方ないはず。


「あのさ……」


 こっそりと耳打ちしてルカの気を引き、配られていた書類にその目を誘導。
 そして、書類の隅に文字をしたためる。


〈実は、エリクさんが入院してる病院にシアノがいたんだ。〉
「!!」


 その刹那、ルカの顔色が変わる。

 
〈思わず後を追いかけちゃって、そしたら帰りがこんな時間に……〉
「そこまででいい。」


 続きを書こうとしたら、ルカが極限にひそめた声で止めてきた。


「その話、後で詳しく教えろ。ひとまずは会議に集中だ。」
「うん。」


 さすがはルカだ。
 こういう時でも、状況の分別を徹底している。


 キリハは素直に頷き、ルカと同じように会議に向き合うことにした。

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