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第2章 300年前の真実
伝えられないもどかしさ
しおりを挟む「それって……ユアンのこと?」
おそるおそる訊ねると、レクトは一度顔を歪めて―――ゆっくりと頷いた。
「どうせなら、友として同じ世界を見ようなどと……あいつは純真無垢な笑顔で、私から唯一の同胞をさらっていきよった。同じ世界なら……私がすでに見ていたではないか……」
絞り出すような、切ない声。
「………」
それを聞いたキリハは、思わず眉を下げてしゅんとしてしまう。
唯一の存在―――例えば、自分にとっての両親だと思って想像しよう。
それを突然取り上げられた時は、本当に悲しかった。
そして、本当に寂しかった。
触れたくても触れられない。
会いたくても会えない。
心が拠り所をなくして、空っぽになってしまったように寒くて。
毎日、ひたすら泣いて過ごした。
つらいのは分かる。
分かるけど……
「……ごめん。多分……俺も、ユアンと同じことをしたと思う。」
それが、嘘のない気持ちだった。
「何…?」
「だって!」
ピクリと片眉を上げるレクトに対し、キリハはどこか必死な様子で言葉を重ねた。
「俺、レティシアたちと話せるって分かって、本当に嬉しかった! 今までは分からなかったドラゴンの気持ちが、これからは分かるんだよ? だったら、種族は違っても友達になれるって……それなら、みんなで同じものを見て笑いたいって……そう思うもん…っ」
「………」
レクトは無言。
キリハはさらに言い募る。
「ユアンだって、レクトからリュドルフリアを奪おうなんて思ってなかったはずだよ! きっと、レクトも一緒にって言ったんじゃないの!?」
「……ああ。そう言ったとも。」
キリハの指摘を素直に認めたレクトだったが、彼はその後すぐに首を横へ。
「だがな……あの時の私には、もはやユアンを受け入れることはできなかったのだ。唯一を奪われた寂寞と怒りは、お前が思うほど軽くはないのだよ。」
「………っ」
これは軽い問題じゃない。
両親を思い浮かべていただけに、レクトの言葉が鋭く突き刺さった。
「それにな、仮にあの時のユアンにそんなつもりなどなかったとしても、奪われたと思うには十分だった。リュドルフリアは……ユアンといる時が、一番楽しそうだったからな。」
レクトの声が揺れる。
「あれから、リュドルフリアは変わってしまった。私の友たる孤高の神竜は……脆くも崩れて、消えてしまったのだ。」
「そんな…っ」
もどかしげに唇を噛むキリハ。
違う。
確かに、リュドルフリアはユアンと出会ったことで変わったのかもしれない。
でもそれで、本来の彼が消えてしまったわけではないのに。
ドラゴン大戦の時に、中立の立場を貫いたというリュドルフリア。
そんな彼は、人間もドラゴンも等しく大事にしていたはず。
そしてそんな彼なら、ユアンと交流を深めながらも、レクトのことを常に気にかけていたと思う。
決して、レクトを見放したわけじゃない。
そう伝えたいのに、何からどう伝えればいいのだろう。
過去を語るレクトの目が、人間は嫌いだと言ったシアノの拒絶を彷彿とさせて。
何を言っても、今のレクトには何も伝わらない気がして。
あの時のむなしさを感じたくない心が、レクトに向けたい言葉を言わせなかった。
歯噛みするキリハの前で、レクトがふと溜め息をつく。
「それでもな、ユアンが死ねばリュドルフリアも目が覚めると……あの時はまだ気楽に構えていたのだ。だが……あいつは死しても死なず、リュドルフリアを縛り続けた。」
「え…?」
その瞬間、心を怯ませていたもどかしさが、パンッと弾けてしまった。
死んでも死ななかった…?
どういう意味?
「なんだ。お前、気付いていないのか?」
キリハの反応に、レクトは少し意外そうな顔をする。
「ユアンは、今も生きているぞ? 憎たらしいくらいに元気よくな。」
「え……ええっ!?」
まさかの事実に、キリハは声を裏返した。
「そ、それはその……生まれ変わり、的な…?」
「いや、正真正銘ユアン本人だ。分かりやすく言えば、肉体ではなく意識が生き続けているといったところか。」
「そ、それって、幽霊ってこと!?」
「さあな。」
わたわたとするキリハに、レクトは淡泊に答えるだけ。
「あいつがどういうからくりで生きているのか、それは私にも分からぬ。だが……一度別れたはずの友と再会したリュドルフリアは、本当に嬉しそうだった。」
そこで、レクトの声が暗く沈む。
「これは、ユアンを失いたくなかった一心が起こした奇跡なのかもしれないと……そう言って、自分が持った血に感謝までしていたよ。私たちは、この血のせいで普通には生きられなかったというのに……たかが人間一人をこの世に繋ぎ止めたくらいで、どうして…っ」
「それは……」
キリハはまた、心に浮かんだ思いを噛み殺した。
どうしよう。
自分には、リュドルフリアの気持ちが分かる。
そんなの、嬉しいに決まっているじゃないか。
ドラゴンの寿命がどのくらいなのかは分からないが、レクトが今も生きているということは、少なくとも三百年以上の時を生きる生き物なのだろう。
それに比べて、人間は百年と経たずに命を終えてしまう。
初めてできた人間の友を見送った時、リュドルフリアはどんな気持ちになっただろう。
人間と関わる以上、別れの繰り返しを避けては通れない。
ユアンの死をきっかけに思い知らされたこの事実を、彼はどう受け止めたのだろうか。
―――嫌だ、と。
そう思っても、仕方ないのでは?
そんな中、ユアンが再び自分の前に現れたら?
一度悲しみに暮れた分、嬉しさもひとしおだったのではないだろうか。
そしてその現象の理由を考えた時、彼が持つ特殊な血の影響である可能性は否めなかった。
もしかしたら自分の血を通して、言語能力と一緒に自分の寿命も分け与えたのかもしれない。
かなりファンタジーな想像だけど、リュドルフリアがそう考えたんだとしたら、自分の血に感謝をしてもおかしくないと思う。
自分にはするするとそこまで想像できるけど、レクトにはリュドルフリアの気持ちが全然分からないらしい。
それぞれ違う心を持っているのだから、理解できることとできないことがあっても仕方ない。
だけど、レクトにもリュドルフリアにとってのユアンみたいな誰かがいれば、きっと世界が変わるのに……
(誰か…?)
そこで、自分の思考に引っかかりを覚える。
誰かって何さ。
そんな人が現れなかったから、レクトは今もこんなに苦しんでるんでしょ?
他の誰かじゃないよ。
今、レクトの前にいるのは―――
「レクト! 俺と、友達にならない?」
気付けば、レクトにそう言っていた。
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