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第1章 見え隠れする白い影
エリクが見たもの
しおりを挟む「エリクさん!!」
「兄さん!!」
ジャミルが出ていってから、たったの数分。
予想どおり、血相を変えたキリハとルカが病室に飛び込んできた。
「やっほー、二人とも。ごめんね、心配かけて。」
「そんなことはいいよ!! 大丈夫なの!?」
弟であるルカを押しのけ、キリハは我先にとエリクにすがりつく。
「なんか、調子がよくないところない? ジャミル先生は特に異常はないって言ってたけど……俺、心配で…っ」
こちらを見上げる双眸には、今にも零れ出しそうなほどの涙が溜まっている。
重ねられた手は、完全に冷えきって震えていた。
(そうだよね…。好きな人が急にいなくなっちゃうことは、この子にとって人一倍怖いことだよね……)
過去に事故で両親を失っているキリハだ。
唐突な別れに対しては敏感だろうし、命に対する認識も他より重たいだろう。
こうして泣きそうなキリハを見ていると、この子がこの三日間、どれだけの恐怖に耐えていたかが伝わってくる。
ルカもそれを分かっているらしい。
ちらりと目を合わせると、〝早くフォローしてやれ〟と、顎でキリハを示されてしまった。
「本当にごめんね。もう大丈夫だから。」
優しく頭をなでてやると、キリハがより一層顔を歪めた。
「よかった……本当によかった…っ」
布団の上に顔をうずめたキリハは、緊張の糸が切れたせいか、小さな嗚咽をあげて泣き始めてしまった。
こちらは三日も意識不明だったのだ。
このまま帰らぬ人になってしまったらと、そう思って不安になるのも仕方ない。
そして、それだけ不安になるくらい、キリハが自分のことを好きでいてくれているということだろう。
エリクははにかみながら、キリハが落ち着くまで頭をなでていることにした。
「まったく、お袋から話を聞いた時にはビビったぞ。だから働きすぎだって、あんなに言ったじゃねぇか。」
キリハが涙を引っ込めたところで、ルカが溜め息混じりにそう言った。
「だからごめんって。母さんたちは?」
「今は買い出しに行ってるところ。さっきメッセージを飛ばしたら、最速で戻るってよ。」
「そっか。……じゃあ、話すなら今のうちだね。」
そう呟いたエリクは、その表情に神妙な色をたたえる。
「あの、ね……実は倒れる前に、シアノ君を見かけた気がするんだ。」
「―――っ!?」
告げられたその言葉に、キリハもルカも目を剥いた。
「ど、どういうことだよ!?」
真っ先に声をあげたのはルカだ。
「色々と状況がおかしいだろ!? だって、兄さんが倒れた場所は―――」
「うん。学会真っ最中の国立講堂。シアノ君が入れるはずもない場所だ。」
ルカが言おうとしたことを、エリクが先に述べる。
「でも……見間違いじゃないと思うんだ。見えたのは後ろ姿だけだけど、あの背格好と髪の色は。」
「………」
それを聞いたルカは、思案げに口元を手で覆う。
全員が黙る時間が数秒。
「一番濃厚な可能性は……」
思考の整理を終えたルカが、再び口を開いた。
「短絡的だけど、学会の参加者の中にシアノの父親がいるって線か。」
「そうだね。」
同じ推測に辿り着いていたらしく、エリクは一つ頷いてそれを肯定。
「あんな所に子供を連れ込んでも容認されるとなれば、シアノ君のお父さんはかなりの権力者だろうね。」
「それはそれで、しっくりこねぇ。」
瞬く間に意見を翻すルカ。
「医者の父親がいて、あの生活になる道理が分からん。」
「僕も、そこが引っかかるんだ。シアノ君の話を聞いた限り、元の親御さんみたいにネグレクトされてるってわけじゃなさそうだし。そもそも、レクトって名前の医者にも心当たりがないし。」
劣化した衣服を身につけ、普通の生活に馴染みがなかったシアノ。
このご時世に厳しい試験を乗り越えて医者になれるほどの生活力がある人物が父親なら、シアノはもっと普通に馴染んだ生活ができているはずだ。
とはいえ、シアノが演技であんな態度をしていたとは到底思えない。
一つ一つの出来事に驚いていたあの瞳は、嘘偽りなく純粋そのものだったのだから。
「……やっぱり、僕の見間違いだったのかな。」
ルカと情報整理をしているうちに、自信がなくなってきたらしい。
肩を落としたエリクが、深く溜め息をついた。
「おい、キリハ。」
「……は、はい!」
ルカたちの会話についていくのが精一杯だったキリハは、突然呼ばれたことに反応できず、遅れて肩を震わせた。
「ジョーに調べさせることが一つ追加だ。このままじゃ気になりすぎて気持ち悪いから、シアノの父親のことも徹底的に調べさせろ。」
「う、うん!」
自分も気になるところなので、キリハは二つ返事で頷く。
「じゃあ、そういうことで。何か分かったら連絡するから、兄さんはとりあえず、くそほど休んどけ。」
「あはは…。そうします。」
粗雑ながらもエリクを気遣ったルカの言葉に、エリクはくすくすと笑った。
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