竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 人間は嫌い

悪夢の先触れ

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 すっかり遅くなってしまった。
 自室に戻り、キリハは大きく溜め息をつく。


 今日は、長い一日だった。 


 せっかくシアノとの向き合い方を自分なりに見つけたと思ったら、それを実行する間もなく、別れてしまうことになるなんて。


「………」


 キリハはしゅんと、眉を下げる。


 やっぱり、立ち直るには少し時間がかかりそうだ。


 ルカも、それを見抜いていたのだろう。
 部屋に戻るまでの間に、変なことはするなと何度釘を刺されたことか。


「………」


 大丈夫。
 そう、自分に言い聞かせる。


 自分にはできることもできないこともあって、出会った人の全てを、自分の手で救えるわけじゃない。
 きっと、こんな風に悔しい思いをすることは、これから何度もあるだろう。


 今回のことを乗り越えなければ、自分も皆もつらいだけだ。
 だから、少しでも前を向ける道を探さなくては。


 そのためにも、今日はもう眠ってしまった方がいいだろう。


 少なくともシアノには、笑って自分の居場所だと言える場所がある。
 せめてそこでの幸せを祈るくらい、許されてもいいはずだ。


 逆に言えば、自分にはもう、そんなことくらいしかできないのだから……


「よし。」


 キリハは腹に力を入れ、もたれかかっていたドアが背を離した。
 するとその拍子に、足がずるりと滑ったような感覚がした。


「……ん?」


 何かと思って床を見下ろすと、手のひらほどの紙片がそこに落ちていた。


「なんだろ?」


 暗くてよく見えないので、電気のスイッチを入れてからそれを取り上げる。


 柔らかなオレンジ色の光の下で目をらすと、それは街を歩く自分を写した写真だった。


 別に、今さら驚くほどのことでもない。


 《焔乱舞》の使い手として、夏の大会の覇者として、そしてレティシアたちのパートナーとして。
 自分は今、至るところから注目を集めている。


 隠し撮りをされることなんて日常茶飯事だし、一部ではその写真が高く取引されているのだとか。


 しかし、こんなものが何故こんなところに?


 特に意味もなく、写真を裏返す。
 すると、裏側の白い面に短い文が書いてあることに気付いた。




 ―――ひとまずは、ご挨拶まで。




 流麗な細い筆跡で、その一言だけ。


「………?」


 キリハは首をひねる。


 当然ながら、この時は知るよしもなかったのだ。


 立ち直る隙など与えないと言わんばかりに、次なる悪夢が忍び寄っていることに。
 そしてその悪夢が、これまでの人生観の全てを破壊する嵐となることに。




 今はまだ―――……



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