竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
297 / 598
第3章 普通じゃないから

広げられていた世界

しおりを挟む
 この一年半で、自分はこれまで生きてきた二十一年以上に濃密な経験をした。


 キリハの近くで彼が創る世界を見て、自分の中で何度もそれを噛み締めて、なんとなく分かったことがある。


 この理不尽な今を変えたいと願うなら、今を壊そうという攻撃的な姿勢だけではだめなのだ。


 力でねじ伏せて、恐怖で人を押さえつけることはできる。
 だが、そうやって無理に変えられた国がどんな結末を辿ったのかは、歴史の数々が物語っていよう。


『だって〝今〟を創ってるのは、ユアンじゃなくて俺たちだよ。みんな〝これが普通だから〟って諦めて、変わろうとしなかった。そんな俺たちが創った今がこれなんだ。』


 いつぞやのキリハが、フールに向かって放った言葉。


 悔しいが、何も反論できなかった。


 普通を創っているのも、今という状況を創っているのも、今を生きている人間たち。


 言われてみれば、それは当たり前のこと。
 でも、それを認められる人はきっと少ない。


 昔からこうだったから。
 あの時に、誰かがそう言ったから。


 人間という生き物は、どうしても過去に原因を探して、そこに責任をなすりつけてしまう。
 そうしないと、自分という小さな存在を守れないと、無意識でそう思ってしまうから。


 だが、キリハは違った。


 変えられない過去を認め、過去に甘える人々を許し、そして変えられる未来に想いを馳せて、今を生きようとしていた。


 昔からこうだったんだから、今さら未来なんて変わらない。


 セレニアで生きる大抵の人間が持っているであろう、この〝普通〟という概念。
 それを変えることができる人間がいるとしたら、きっとキリハ以外にはありえないだろう。


 過去を認めているキリハだから頭ごなしに否定されないし、多くの人を許して受け入れられるキリハだから、人々は彼の言葉に耳を貸す。


 そしてまっすぐに未来を見据えて、自らが変わろうとするキリハにだから、人々は希望を託して、彼と一緒に変わることができるのだ。


 キリハの言葉は不思議と心地よく耳に響いて、彼が言うなら本当にそうなりそうな、そんな安心感をもたらしてくれる。


 あれが、本当の意味で世界を変えられる人間なのだろう。


 そんな圧倒的な存在を知ってしまったからこそ自分の小ささが分かったし、自分の小ささが分かったからこそ、今まで嫌いだった周りのささやかな努力や苦悩も見えるようになった。


(ああ、そうか…。だからオレは……)


 その瞬間、視界のもやが一気に晴れたような錯覚に陥った。


 キリハに会うまでは、とにかく周りが嫌いで嫌いで仕方なかった。
 でもキリハに出会ったことで、自分の世界はぐっと広がった。


 いや、無意識のうちに広げられていたのだ。


 自分以外は、同じ竜使いとその他の敵という二つしか存在しなかった狭い世界から、自分の他には一人一人違った人間が存在しているのだという、無限に広い世界へと。


 今まで見ようとも思わなかった周りの努力が、やたらと目につくようになったのはそのせい。
 やっぱり周りのことは嫌いだけど、以前のように、頭ごなしに否定しようとは思わなくなった。


 皆が皆、何もしていないわけじゃない。
 影響力の大小はあれど、個人ができる範囲で足掻いて、今を生きていると。
 そう思えるようになったから。


 そしてそう思えるようになったのは紛れもなく、キリハに触れることで、自分が大きく変わったからなのだ。
 こんなにも大きな変化を、今の今まで自覚できていなかったなんて。


(馬鹿か、オレは……)


 もう笑うしかない。
 色々と見えてしまった。


 ようは、自分はなんだかんだとキリハのことを認めていて、最近エリクに本気で敵わなくなってきたのは、どことなくキリハと似ているエリクのことも、心から認めて受け入れ始めているから。


 そして、そんな彼らの悲しむ顔を見たくないと思うくらい、自分が彼らのことを気に入っているわけだ。


 認めたくないと意地を張る気持ちはあるけど、論理的にはつまりそういうこと。


 なんてことだ。
 こんなことを自覚してしまって、自分はこれから彼らとどう接すればいいのだろう。


 なんだか気恥ずかしくなったが、それでも彼らから目を逸らそうとは思えないのだから不思議だ。


「ルカ? どうしたの?」


 急に黙り込んだこちらを気にしたのか、シアノがきょとんとした顔で声をかけてくる。
 それで、ふと我に返った。


「ああ、悪い。……って、また話が長くなったな。やっぱオレには、分かりやすい説明ってのができねぇみたいだ。」


 思えば、途中からは完全に自分の世界に浸って話をしていた。
 子供相手にする話じゃなくなっている。


 思い返して、さすがに少し反省した。


「大丈夫だよ。ちょっと難しいけど……」


 そう言ってくれるシアノは、こちらの話をどうにか理解しようと一生懸命だ。


「ああもう、オレが悪かったよ。別に、無理して意味を考えなくていい。お前には早すぎる話だ。」


 明らかに理解を越えた話をされたシアノが可哀想で。
 そして、そんな難しい言い回ししかできない自分の話を、こうも真剣に聞こうとするシアノが可愛く思えて。


 破顔したルカは、その白い髪を両手で掻き回した。
 そんなルカに、シアノは少し不満げ。


「ええぇ……」


「ええぇ、じゃない。どうせ、考えても分からないだろ。別にそれは、お前が悪いってことじゃない。オレが、子供への説明が下手なのが悪いんだ。悪かったよ。それと……ありがとな。」


 髪を掻き回す手を止め、ルカは穏やかな眼差しをシアノに向ける。


「お前に色々と訊かれたおかげで、自分の気持ちが整理できたわ。色々分かって、ちょっと気が楽になったよ。」
「何が分かったの?」


 途端に目を輝かせるシアノ。


 どうやら、まだ質問攻めは終わらないようだ。
 さすがに、これには戸惑ってしまった。


「お、おう……まだ訊くか。そんなに、オレなんかの話が聞きたいのか?」
「うん、聞きたい。難しいけど聞きたい。」


 純粋無垢な瞳が、まあ眩しいこと。
 そこで持ったのは、ちょっとした違和感だった。


「待った。お前って、そんなにおしゃべりなタイプだったか? キリハや兄さんとも、そんな感じなのか?」


 常に厳戒体制で、野性動物みたいなシアノはどこへ行った。


「いや……そうでもない、かな。」


 ほら見ろ、やっぱり。
 シアノが普段からこんなに活き活きと話すタイプなら、キリハやエリクはもう少しマシな顔をしていたはずだ。


「じゃあ、なんでオレにはこうなんだ…?」


 自分が一番理解できないのは、そこである。


 キリハやエリクと違って、自分は間違っても子供に好かれるタイプではないはずだが……


「ルカって、ぼくとおんなじ感じがするから。」


 シアノが告げたのは、少し前に自分が彼に向けて放った言葉と同じだった。
 自分がシアノにそう思ったように、シアノも自分に親近感を持ってくれていたらしい。


「なるほどな。ちょっと納得。」


 そう言ったところで、ずっとシアノの頭を掴んだままだったことに気付き、ルカはその頭をぽんぽんと叩いてから両手を離した。


「おんなじってのは、人間が嫌いとか、その辺りか?」


 これまでのシアノの反応から推測して、そう訊いてみる。
 すると、シアノは大きく頷いた。


「うん。ぼくも、人間嫌い。だから、キリハがなんで人間のことを好きになろうとするのか、よく分かんないな。人間なんて、どうせならみんな、いなくなっちゃえばいいのに。」


「いなくなっちゃえばって、また過激なことを言うなぁ……」


 ルカは空笑いを返すしかない。


「でも、いなくなれば、か……。そんなこと、オレも思ってたなぁ。」


 独り言のように呟くルカ。


 本当にシアノは、自分とよく似ている。
 先ほどの話を繰り返すわけではないが、まるで鏡を見ているようだ。


「………っ」


 ルカの独り言を聞いたシアノが、一段と表情を輝かせる。
 次の瞬間、シアノはルカの腹に思い切り飛びついていた。


「うおっ!? なんだ!? 急にどうした!?」


 全然シアノを見ていなかったルカは、突然のシアノの行動に目を白黒させる。
 そんなルカには構わず、シアノは無言のまま、ルカに抱きつく腕に力を込める。


 しばらくの間、シアノはずっとそうしていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...