竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 普通じゃないから

なんだか似ている

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「ルカって、人間が嫌いなの?」


 無邪気な問いは、軽く数秒は思考を停止させた。


「……は?」


 まさかそんな質問をされるとは思ってもいなかったので、ルカはパチパチと目をまたたかせる。


「なんで……そんなこと……」


 返せる言葉が、それしかなかった。


「なんとなく、かな? なんか、ぼくと話すのも大変そうに見えるから。」


 子供の洞察力たるや、なんと恐ろしいことか。


「あー……えっと……」


 ルカは言葉を濁しながら、頬を掻いた。


 ここで適当にごまかすことができればいいのだが、自分が苦し紛れに〝そんなことはない〟と言ったところで、白々しさが目立つだけ。


 それに、下手に嘘をつけない自分の性格が言い訳をさせてくれない。


 子供と関わるということは、こんなにも自分の欠点を浮き彫りにさせられるものなのか。
 思った以上にへこみそうだ。


 自己嫌悪でぐるぐると悩みそうになったが、それで目の前にいる純粋の塊をけて通れるはずもなく……


「……気を悪くさせたなら、謝る。」


 とりあえず無言はよくないと思った自分が告げていたのは、小さな謝罪の言葉だった。


「別に、お前が嫌いってわけじゃねぇんだ。オレのこれは、昔からの癖っていうか……まあ、その……―――好きか嫌いかで言えば、嫌いだな。」


 何を後ろめたいことがあるかのように濁そうとしているのだ。
 ルカは腹をくくって、シアノの指摘を認めた。


「なんで?」


 シアノは嫌な顔をせず、ただそう訊ねてくるだけだった。


「なんで、か…。お前、竜使いって知ってるか?」


 シアノはその問いに、一つ頷く。


「じゃあ、竜使いが嫌われてるってことは?」


 これもシアノは肯定。


「じゃあ話が早い。つまりはそういうことだ。」


 ルカはふと、虚空を見上げた。


「あいつらは、オレらが竜使いだってだけで差別する。陰口や暴言を吐くし、時には暴力もふるってくる。あいつらはオレらのことを、同じ人間だなんて思っちゃいない。だから、平気で傷つけられる。オレたちはここにいるだけで、気味悪がられて嫌われるんだ。多分、これはお前にも分かるんだろう?」


 ちらりと隣を一瞥いちべつすると、シアノが複雑そうな顔をしているのが分かった。


「でも、オレたちが一体何をしたっていうんだ? オレたちだって、竜使いとして生まれたかったわけじゃない。もちろんお前も、そんな見た目で生まれたかったわけじゃないだろう? それなのに、自分じゃどうにもできなかったことで差別されるって、おかしくないか? なんでみんな、普通がおかしいことに気付かないんだ? オレは、それがずっと気に食わなくてな。だから、他のみんなのことが大嫌いだった。」


「他のみんなって、同じ竜使いも嫌いなの?」


 なるほど、次はそう来るか。
 シアノに問われ、ルカは少しだけ考える。


「……多分、嫌いだったと思う。同じ境遇っていう情は、多少なりあったとは思うけど。」


 答えは、割とあっさり出た。


「なんで?」


 シアノがまたそう問う。


 これが大人が泣かされることも多いという、子供特有の〝なんで?〟攻撃か。
 確かにこれは、質問に答え続ける労力が半端じゃない。


「そうだな……多分、何もしなかったから、かな。」


 じっくりと考えると、また一つの結論に辿り着く。


「何もしなかったから?」
「そうだ。」


 一度答えが見えると、後の説明はすんなりと出てくる。


「聞いたことあるか? 自分と他人ってのは、鏡みたいなもんだって言われてるんだ。」


 ルカは両手の親指と人差し指を使って、シアノの前に四角い枠を作って見せる。


「鏡の前に立つと、自分が動けば鏡の中の自分も同じ動きをするだろう? それと一緒で、自分がした行いは他人からも返ってくるって話。自分が他人に優しくすれば他人からも優しくされるし、自分が他人にひどいことをすれば他人からもひどいことをされる。だから他人には優しくしましょうっていう、ただの綺麗事で終わる話なんだけどさ。」


 誰もが一度は聞いたことのある、眠気を誘う道徳の話。


 だが今は、そんな結論はどうでもいい。
 これは、今からする話の前置きみたいなものだから。


「この話で例えると、オレはその鏡のとおりに自分も動くべきだと思ってたわけだ。だって、あいつらがオレを差別してくるんだ。やられた分、オレだってやり返してもいいだろう?」


「うん。ぼくもそう思う。」


 今まであまり感情を見せなかったシアノが、初めて感情を込めて物を言った瞬間だった。


「な? 先に手を出したのは向こうなんだから、オレが何やっても悪くないって思うじゃんか。」
「うんうん。」


 シアノは何度も首を縦に振る。


 なんだか、こそばゆい気分だ。
 子供とはいえ、こんな風に素の自分の気持ちを全肯定する存在がいるなんて。


「……はは。お前、なんかオレに似てんな。」


 思わず気が抜けてしまったルカは、彼にしてはかなり珍しく笑い声をあげて、シアノの頭をなでた。


「……気をつけろよ。オレみたいになると、前が見えなくなることが多いぞ。それで、大事なものを傷つけないようにな。」


 それは、ほとんど無意識に口をついて出ていた言葉だった。


 ルカは気付いていない。
 その時シアノに向けていた表情が、普段の彼からは想像もつかないほどに、穏やかで優しげだったことに。


「………?」


 シアノは、いまいち意味を理解していない様子。


「ちょっと脱線したな。話を戻すか。」


 ひとつ呼吸を入れ、ルカは再び虚空に目をやった。


「とまあそんな感じで、オレは周りと真っ向からぶつかり合うことを選んだ。でもほとんどの奴らは、そんなことをしなかった。仲間内で愚痴を零すだけで、あいつらに何をやられても我慢だ。結局あいつらと一緒で、それが普通だから仕方ないんだって諦めて、何もしなかった。ようは鏡を見ないように、鏡に背を向けてたんだよ。攻撃されたら怪我をするのに、攻撃をけるつもりもない。どう思う?」


「それって、生きるつもりがないってこと? 怪我したら、死ぬかもしれないじゃん。」


「ぶふっ…」


 これまた、バッサリと切り捨てたもんだ。
 あまりにも思い切りのいいシアノの物言いに、ルカは思わず噴き出してしまった。


 初めはめんどくさいと思ったが、シアノと話しているのは存外に心地いい。
 そう思っている自分がいた。


「まったく、お前の言うとおりだな。な? ムカつくだろ?」
「うーん…。よく分からないけど、なんかもやもやする。」


「それがムカついてるってことだよ。オレもよく、ムカついてた。同じ境遇だから、全部が全部嫌いってわけじゃなかったけど、同じ境遇だからこそ気に食わなかった。だからオレは今まで、オレ以外の人間ってやつを、ほとんど嫌ってたと思う。……あいつに会うまでは。」


 ふと、そこで柔らかくなるルカの口調。


「あいつって?」


 シアノが話の続きをせがむように、ルカの服の袖を掴む。


「キリハのことだよ。」


 ルカは肩をすくめる。


「あいつは、オレが初めて会うタイプの奴だった。オレが知ってた他人との向き合い方ってのは、鏡と同じことを返すことと、鏡を見ないようにすることの二つだけ。でもあいつは、そのどっちの方法も取らなかった。」


「えっと……」


 ルカの言葉を受けたシアノが、眉を寄せる。


「それって仕返しもしないし、見ないふりもしないってことだよね?」
「そういうことだな。」


「ええぇー……分かんない。仕返ししないんだったら、どうやって敵をやっつけるの?」


 なるほど。
 シアノの中では、他人イコール敵という認識なのか。
 つくづく自分に似ている。


 自分なりに一生懸命考えているシアノが、だんだん他人には思えなくなってきて、ルカは淡い微笑みを浮かべた。


「オレが分からなかったんだ。お前が分からなくても無理ねぇよ。」


 シアノの頭を優しく叩いたルカは、もったいぶらずに答えを述べた。




「答えはな―――鏡に映るものを変えること、だ。」



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