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第1章 白い子供
家出…?
しおりを挟む「ねえねえ。名前、なんていうの?」
できるだけ神経を刺激しすぎないよう、静かに穏やかに問いかける。
「………」
少年は答えるのを渋るかのように視線を逸らした。
それでも根気よく答えを待ち続けていると……
「…………シアノ・ルクレイア。」
声変わりを迎えていない高めの声が、三人の耳朶を打った。
とりあえず、名前を聞けただけでも一歩前進だ。
少しは気を許してもらえたということだろう。
キリハは続ける。
「シアノ。家はどこにあるの? 送っていくから、どの辺に家があるか教えてくれる?」
あとは家の場所さえ聞き出せれば、この件はこれで終わり。
そう思ったのだが……
「ここにはない。ずっと向こう。」
シアノはそんなことを言った。
「え…」
問いかけたキリハも、後ろで話を聞いていたエリクやルカも戸惑うしかなかった。
「ずっと向こうって、フィロアじゃないってこと? 自分が住んでた町の名前とか分かる? お父さんやお母さんの名前は?」
矢継ぎ早に問いながら、頭の中は嫌な予感でいっぱいになる。
シアノは静かに首を横へ振った。
「父さんの名前はレクト。他は知らない。ぼく、母さんいないもん。」
「………」
なんということだ。
「ちょ……ちょっと待ってね。」
軽い眩暈がして、キリハはシアノから離れた。
すると自然にエリクとルカが集まってきて、三人は声をひそめて額を突き合わせることになる。
「ど、どうしよう……」
「落ち着こう、キリハ君。お父さんの名前は言えたから、絶対に家はどこかにあるはずだよ。」
あたふたとするキリハをなだめるように、エリクがその肩に両手を置いた。
「つーか……オレ、思うんだけどよ。あのチビ、迷子とかじゃなくて家出なんじゃねぇか?」
「ええ、家出!?」
「だって、おかしいだろうが。」
そう言ったルカは、ちらりとシアノを一瞥する。
「家に帰りたいなら、自分で交番に行ける歳だろ。お前から散々逃げまくったのも、自分の名前とか住んでる場所を言いたがらなかったのも、家に帰りたくないからなんじゃねぇのか?」
「確かに、その線はあるね。家の場所が分からないって言ったのも、キリハ君が家に送っていくって言ったから、とっさに嘘をついたのかも。」
「えええ…? どうすればいいの…?」
早くも自分には対処不能だ。
狼狽する自分に対し、エリクとルカの兄弟は至って冷静なまま。
普段は全然似ていない二人に、初めて血の繋がりを感じた瞬間だった。
「警察に連れてっても、隙を見て逃げ出されるのがオチだな。」
「そうだね。ちょうどよく建物の中にいるなら、この状況を維持するのが無難か。」
「兄さん、それでいける?」
「いけて三日、かな。それ以上は仕事を休めないと思う。面倒見ながらできる限り話を聞き出せればいいけど、そこはあんまり期待しないで。」
「大丈夫だ。そこは別に当てがある。」
エリクとルカは二人で頷き合い、次にそれぞれの行動に移った。
「シアノ君。君、しばらうちにいなさい。」
「おい、お前はこっちに来い。」
エリクがシアノに語りかけるのを横目に、ルカはキリハの腕を掴んでベランダに出る。
「とりあえず、しばらくは兄さんがあのチビを見張ってくれるから、オレたちはあのチビのことを調べるぞ。兄さんは都合をつけられても三日だって話だから、三日以内に父親を捜して連絡する。」
「でも、どうやって…?」
ルカが言いたいことは分かるのだが、自分とルカでどうやってシアノの父親を捜せばいいのだろう。
「オレらだけじゃ、無理に決まってんだろ。さっき、当てがあるって言ったじゃねぇか。お前の仕事は、そいつに協力を頼むこと。オレはあいつのことが嫌いだから、交渉はお前に任せる。」
「頼むって、誰に?」
キリハはきょとんと首を傾げる。
「お前なぁ…。少しは、知り合いの特技を利用するつもりで物事を考えろ。せっかくの伝手を、無駄にすることになるぞ。」
ルカは盛大な溜め息をつき、自分のこめかみ辺りをとんとんとつついた。
「いるだろ。パソコン並みの情報を持ってる奴が、割とすぐ傍に。」
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