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第1章 白い子供
後ろについてくる気配
しおりを挟む(今日も雨だな……)
自室の窓から空を見上げ、ぼんやりと思った。
ここ二週間ばかり、フィロアは分厚い雨雲に覆われている。
突然雷を伴った豪雨が襲うことも多く、周辺住民も外出を控えるようになった。
「………」
胸がざわつく。
そのざわつきを我慢できなくて、傘と鞄を手にして部屋を出た。
「あれ? キリハ、どこか行くの?」
途中、すれ違ったサーシャにそう問いかけられた。
「うん。ちょうど今空き時間だし、少し散歩してくる。」
「こんな雨なのに?」
「まあ……ちょっと、用事もあるから。」
適当に言葉を濁し、キリハはサーシャに手を振ってその場を駆け出した。
傘を開き、いつものように搬入口から宮殿の外へと飛び出す。
行くあてもなくその辺の道をぶらついていると、ふとした拍子に、誰かが後ろから追いかけてくる気配を感じた。
気になっていたのは、これのことだ。
(やっぱり、今日もいるんだ……)
キリハは傘を握る手に力を込め、気配に気付いていないふりをして歩みを進めた。
最近外に出ると、毎日視線を感じる。
まあそれ自体は、そこそこ有名になってしまった今では慣れたことだ。
気になるのは、最近の視線が全部同じ人物から送られるものであること。
始めはそこまで気にしていなかったのだが、かれこれもう一週間。
さすがに、気配や尾行の癖も覚えてしまった。
それに―――
「………」
キリハはくるくると傘を回しながら、さりげなく歩くスピードを上げた。
あえて道が入り組んでいる裏道に入り、曲がり角を右に左と曲がって進む。
そして適当な路地裏の陰に潜み、そっと傘を閉じて息を殺した。
しばらくすると、微かな足音が聞こえてくる。
自分を捜しているらしいその足音は、時おり迷うようにその歩みを止めている。
(上手い感じに、こっちに来てくれるといいんだけど……)
雨音の中に紛れる足音に意識を集中させながら、キリハは鞄の中に手を入れた。
願いが通じたのか、足音は徐々にこちらへと近づいてくる。
その足音を限界まで待ち、キリハは勢いよく路地裏から飛び出した。
「―――っ!?」
驚いたらしい相手が息を飲む。
キリハは相手が逃げる前に手を伸ばして―――その小さな頭に、鞄から取り出したバスタオルをかけた。
「もう…。ようやく捕まえた。」
自分が濡れることには構わず地面に膝をつき、バスタオル越しにその髪の毛を掻き回す。
捕まえたのは、自分よりも五~六歳は年下に見える少年だった。
自分を尾行してくる人に悪意がありそうだったなら、さっさとターニャたちに言って対処してもらうところだった。
しかし、一度その姿を盗み見てからはどうしても気になって、どんどん放っておけなくなってしまった。
寒さが厳しく、雪が降り積もることもあるこの季節。
この雨の中、この子は傘も差さずに、じっとこちらの様子を窺っていたのだ。
服も毎日同じで、靴もぼろぼろ。
何度か捕まえようとしたのだが、目が合えば脱兎のごとく逃げられてしまう。
本当に、ここ数日は心配で気が気じゃなかった。
「服もずぶ濡れじゃん。風邪引いちゃうよ。」
「………」
「君、お家はどこ? なんで俺についてきてたの?」
「………」
「ねえ―――」
少年の顔を覗き込んだキリハは、思わず固まる。
タオルの隙間から見えた少年の髪の毛は、タオルの色に溶け込むように白い。
こちらを睨むようにきつく寄せられた両目は、燃え上がるように鮮やかな赤色をしていた。
一瞬で目を奪われるようなその色彩に、ほんの少し戸惑う自分がいる。
この子のことを放っておけなくなったのは、この珍しい髪と目の色にも要因があった。
赤い瞳を持つ竜使いが疎まれる世の中だ。
この子が竜使いの血を引いているにしろ引いていないにしろ、周囲からの風当たりが強いだろうことは容易に察せられた。
「………」
少年はゆっくりと、キリハに手を伸ばす。
そして―――呆けていたキリハの腕に、思い切り噛みついた。
「いったー!?」
完全に油断していたキリハは飛び上がる。
その隙に少年はキリハの腕を振り払い、その場から逃げ出してしまった。
「まっ、待って!!」
素早く傘と鞄を取り、キリハは慌てて少年を追いかけた。
「待って! 待ってってば! 別に怒ってるとかじゃないから!! ……ってか、速っ!!」
いくら雨で足元が悪いとはいえ、それが苦にならないくらいに身体能力が高い自信はある。
それなのに、逃げる少年になかなか追いつけない。
「ほんとに待って! その先は危ない!!」
少年が向かう先を見て、ぞっと背筋が冷えた。
キリハは意地で速度を上げ、広い道に飛び出そうとした少年の腕を捕まえて引っ張る。
その刹那、その道を猛スピードで車が突っ切っていった。
「この辺人通りが少ないから、車が止まってくれないんだよ。あー、危ない。間に合ってよかったぁ……」
心臓が止まるかと思った。
走って息が上がっているのもあるが、それとは別の意味で、心臓がどくどくと脈打っている。
「びっくりさせちゃったならごめん。だけど、本当に怒ったりはしてないよ。どっかに突き出したりもしないから、そんな逃げないで。」
とにもかくにも、こちらは事情を聞きたいだけなのだ。
「………」
少年は無言のまま。
荒い呼吸で肩を上下させ、きつい目でこちらを睨んでくるだけ。
警戒されているのかと思ったのだが、その数秒後、警戒心だけでそんな険しい顔をされているわけではないことを知る。
一度全身を震わせた少年はより一層眉をきつく寄せると、次の瞬間にふっと膝を折ったのだ。
「えっ……」
突然倒れてきた少年を抱き止め、キリハはすぐに血相を変える。
「つ、冷た……」
少年の体は、すっかり冷えきっていた。
雨続きの連日、服も着替えないまま、ずっと濡れ続けていたのだとしたら……
「ど、どうしよう…。とりあえず、暖かくしなきゃだめだよね……」
気を失った少年の体が震えているのを感じ取り、キリハはおろおろと周囲を見回す。
そして、困りきった結果―――
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