竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
272 / 598
第7章 選択

自分が望むこと

しおりを挟む
 キリハの叫びを聞き、ディアラントやミゲルたちが、とっさに地面を転がるようにしてドラゴンと距離を取る。


 それからほとんど間を置かず、灼熱の塊がドラゴンを包み込んだ。


 炎と湖が触れた箇所からすさまじい量の湯気が立ちのぼり、周辺を真っ白に染める。


 その中でドラゴンの体を戒めていた鎖と杭がどろどろにけていく様が、放たれた炎の威力がどれほどのものかを知らしめていた。




「―――ノア、ごめん。俺はやっぱり、今はここを離れられない。」




 《焔乱舞》を強く握り締め、キリハは告げる。


「ここにいて、満足できないことはいっぱいある。でも俺は、今の役目を誰にも取られたくない。」


 ようやく見えた。


 この胸が訴える、もやもやの正体。
 そして、自分が何を望んでいるのかが。


「ディア兄ちゃんに言ったんだ。レティシアたちの命は、俺が背負いたいんだって。これも一緒だ。誰かに任せるなんてできない。俺がちゃんと、自分の目で最後まで見届けないとだめなんだよ。そうじゃなきゃ俺はこの先、何があっても後悔する。」


 よく分かった。
 ルルアに惹かれているのに、ここを離れる踏ん切りがつかなかった理由。


 覚悟はあるか、と。
 そう問われたあの日を思い出す。


 初めは、必要に駆られて交わした約束だった。
 でも死の縁で再度この剣を掴んだ瞬間、その約束は自分の中に、ちゃんとした意味を持って根付いたのだ。


 我が意志の代弁者たる資格を与えよう、と。
 一度は与えられて手放しかけた資格を、あの時に自分は、自分の意志で掴みに行った。


 背負うって。
 はっきりと、そう答えたのだ。


 無言で《焔乱舞》を見下ろす。


 もうこれは、奇跡で転がり込んできた力じゃない。
 自分から望んで手に入れた力だ。


 だからなのかもしれない。
 さっき、ドラゴンが目を閉じるその瞬間。




 ―――〝助けて〟と。




 確かに、そう訴えられたように感じたのは。


 今となっては、ドラゴンの心を直接知ることができるのは自分だけ。
 ならばどうして、この役目を他人に譲ることができるだろうか。


 壊れたドラゴンにとって、唯一の救いになるこの炎を。
 それを手にした意味とその責任を。


 今になってそれらを放り投げることなど、自分が自分に許せない。


「この国の人たちのためなんかじゃない。俺は、俺のためにここにいたい。これは最後まで、俺の手で終わらせる。」


 怒られてもいい。
 ののしられてもいい。


 これが、本当に自分が望むこと。


 誰にも代わりなんてさせない。
 一つの命がついえるこの時は、絶対に自分が見届ける。


 それが、胸を張れる自分の答えだ。


 辺りに落ちる重たい沈黙。
 その末に。




「―――合格。」




 一言。
 目を閉じてこちらの言葉に耳を傾けていたディアラントは目を開くと、いつものように優しげで明るい笑顔を浮かべてくれた。


「そこまで言えるなら上等だ。ルカ君も、文句はない?」


「……別に。オレは、そいつを追い出したかったわけじゃねぇからな。そいつが自分で決めたんなら、それでいいんじゃないか? それにお前の弟子なんだから、ここまで言ったらテコでも動かねえだろ。」


「よくお分かりで。ってことで、諦めてくださいね。ノア様?」


「………………致し方ないな。」


 かなり渋った後に、ノアは小さく肩を落とした。


「なんか、期待させといてごめんね?」


「傷口をえぐるな。今必死に、思考を切り替えてるところなのだ。二度もこの手を食らうとは思わなかったぞ。」


「ごめん……」


 ノアに恨みがましい視線を向けられ、キリハは気まずげに頭を下げるしかない。
 ノアはしばらくそんなキリハを見つめていたが、ふとした拍子にその表情をやわらげた。


「でも今のお前は、私が純粋に惚れた時と同じ目をしている。私も、心から応援できるというものだ。その心のまま、まっすぐに進んでいけ。何度でも言ってやろう。お前は間違ってなんかいないと。」


「ノア…」


 キリハは目を見開く。


 初めて会った時に言われたその言葉は、あの時も今も、同じだけの衝撃をもたらしてくれる。
 それを、無駄にしたくないと思った。


 こんな風に強く背中を押してくれる彼女がもたらしてくれた、たくさんの思いと経験。
 その一つ一つを噛み締めて、これからの糧にしていこう。


「ありがとう、ノア。」


 笑って礼を言うと、ノアは一瞬言葉につまった後に苦笑を漏らした。


「お前には敵わんな。」


 その言葉の真意など当然ながら分かるはずもなく、キリハはきょとんと首をひねるだけだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜

八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。 しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。 魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。 そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。 かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。

【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一
ファンタジー
タイトル変更しました→旧タイトル 「デッドエンドキングダム ~十五歳の魔剣使いは辺境から異世界統一を目指します~」 前世の記憶を持って生まれたオスカーは国王の落とし子だった。父の死によって十五歳で北の辺境王国の統治者になったオスカーは、炎を操る魔剣、現代日本の記憶、そしてなぜか生まれながらに持っていた【千里眼】の能力を駆使し、魔物の森や有翼人の国などを攻略していく。国内では水車を利用した温泉システム、再現可能な前世の料理、温室による農業、畜産業の発展、透視能力で地下鉱脈を探したりして文明改革を進めていく。 軍を使って周辺国を併合して、大臣たちと国内を豊かにし、夜はメイド達とムフフな毎日。 しかし、大陸中央では至る所で戦争が起こり、戦火は北までゆっくりと、確実に伸びてきていた。加えて感染するとグールになってしまう魔物も至る所で発生し……!? 雷を操るツンデレ娘魔人、氷を操るクール系女魔人、古代文明の殺戮機械人(女)など、可愛いけど危険な仲間と共に、戦乱の世を駆け抜ける! 登場人物が多いので結構サクサク進みます。気軽に読んで頂ければ幸いです。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~

クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・ それに 町ごとってあり? みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。 夢の中 白猫?の人物も出てきます。 。

処理中です...