竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
248 / 598
第4章 触れ合い

いつもと違うノアの姿

しおりを挟む
 一体、何が起こったらこうなるのだろう。
 ソファーに座るキリハは額を押さえ、混乱する頭と静かに戦っていた。


 ノアに引っ張られるがまま貨物船に乗せられ、どこかの空港に着いたかと思いきや、ウルドに連れられて広い部屋に通された。


 そこからは代わる代わる色んな人にちやほやと構われ、一息つく頃には髪型も格好も綺麗に整えられていた。


「動きにくい……」


 思わず溜め息が零れる。


 真っ白なワイシャツにシックなワインレッドのネクタイを合わせ、上からは紺色のベストと黒のブレザー。


 下はブレザーと同色のスラックスに、綺麗に磨かれた黒い革靴という今の格好。


 一応《焔乱舞》は身につけているが、この格好が剣を振るのに適さないことは一目瞭然だ。


 試しに、腕を伸ばしてみる。


 普段着と違ってほとんど伸縮性のないブレザーは、それでもピッタリと自分の体にフィットしている。


 下に着ているワイシャツやベストも、着心地は悪くない。


 動きにくいのは単純に着慣れていないだけで、少し慣れれば、すぐにこの違和感もなくなるだろうことが察せされた。


 よく見ればブレザーの袖やえりには、銀色の糸で細やかな刺繍ししゅうが施されており、生地は庶民の自分でも違いが分かるくらいに手触りがいい。


 先ほどは訳も分からぬうちに着替えさせられたので意識していなかったが、この服は相当高いものなのではないだろうか。


 そんなことを思いながら一人でうなっていると、五分ほど経ったところで部屋のドアが開く音がした。


「すまないな、キリハ。待たせてしまって。」
「もう、ノア。これって、一体―――」


 言葉は、最後まで続かなかった。


 ノアが歩を進める度に、薄手の黒いドレスがひらりひらりと揺れる。


 胸の谷間を強調する襟元と、胸の下で絞られたドレスのシルエット。
 それが、普段の格好からは想像つかない女性特有の色気をかもし出している。


 アシンメトリーの膝丈ドレスから覗く脚はすらりと長く、ドレスと同色のピンヒールが、その脚の長さと白さをより際立たせていた。


「どうした? ぼけーっとして。」


 目を丸くして言葉を失うキリハに対し、彼の前に立ったノアは軽く腰を屈めて問いかける。
 緩いパーマがかけられた髪の一房が彼女の首筋から胸元に滑り落ちてきて、キリハの頬をくすぐった。


「……えっ………と……」


 キリハは目をまたたかせながら、なんとか言葉を紡ごうと口を動かす。


「さっきまでと違いすぎて……びっくりした……」


 素直な感想を一言。
 すると、ノアは微かに頬を紅潮させて視線を逸らしてしまった。


「あんまりじっくり見るな。私も少し恥ずかしいのだ。ウルドの奴が、いつにもなく上機嫌で服を見立ててくれてな。その想いを無下にはできんだろう。…………変、か?」


「いや……すごく綺麗だと思う、けど。」


 これまた率直な感想を告げる。


 世辞ではない純な言葉は、そのままの意味として彼女に届いたのだろう。
 ノアはキリハの言葉を聞くと、ほっと肩の力を抜いた。


「そうか、よかった。……なんか、こそばゆいな。綺麗だなんて言葉、いつもは私が言う側だからな。」


 照れくさそうにはにかむノア。
 普段の頼もしさを知っているせいか、その姿は余計に可愛らしく見えて、少しばかりどきりとしてしまう。


「……とはいえ、こんな格好ではせいぜい、小型ナイフを一本隠し持っておくのが限界でな。」
「わああああっ!?」


 キリハは思わず叫び声をあげる。


 ノアが突然、ドレスのすそをめくったのだ。
 薄い布地の奥からあらわになった太ももには、彼女の言うとおりベルトで固定されたナイフがあったのだが、問題はそこではない。


「か、隠して! 今すぐ隠して!!」
「ん? ああ…」


 キリハがジェスチャーで裾を戻すように訴えると、ノアはすぐにドレスの裾から手を離した。


「なんだ。こういうことには、一人前に反応できるのか。」


「いや、まあその……ディア兄ちゃんに色々と見せられてはいるから、知識が全くのゼロってわけではなくてですね……」


 どぎまぎしながら答えるキリハに、ノアがにやりと口の端を吊り上げる。


「なるほど。本当にお前には、こういう攻め方をしないと通じないのだな。」
「何が?」
「こっちの話だ。」


 早々に話を切り上げたノアは、ソファーに座るキリハの両腕を掴んで引っ張った。
 キリハがそれに応えて立ち上がると、彼女はその姿を上から下まで吟味するように眺める。


「ふむ、よく似合っているじゃないか。さすがはウルドだな。普段は可愛さが勝るが、今はちゃんとかっこよく見えるぞ。サイズもピッタリそうだな。セレニアの職人は仕事が早くて素晴らしい。」


「え…? どういうこと?」


「それは、私からのプレゼントだ。」


 当然のようにそう言われ、数度目をまたたかせたキリハは、次の瞬間にぎょっとして飛び上がる。


「ええぇっ!? こんな高そうな服、もらえないよ!」


「そうはいっても、それはお前の体格に合わせてオーダーメイドしたやつだぞ? お前以外に、誰が着られるんだ?」


「そ、そんな……」


 キリハは眉を下げておろおろ。
 急にこんな贈り物をされても、困ってしまうというのが本音だった。


 そんなキリハの様子をじっと観察していたノアは、ふとした拍子にすくりと微笑んだ。


「損な奴だな。やると言っているのだから、ありがたくもらっておけばいいだろうに。」
「だって……」


 キリハは自分の格好を見下ろす。


「いくら馬鹿でも、これが安くないことくらい分かるって。俺は別に、ノアにこんなものをプレゼントされるようなことしてないのに……」


「じゃあ、今からその礼をしてくれればいい。」


 その言葉にキリハが問うように首を傾げると、ノアは無邪気な仕草で肩をすくめた。


「今日一日、付き合ってくれと言っただろう? せっかくの休みなのだから、思い切り遊びたいのだ。本当はお前にフィロアを案内してほしかったのだが、どうやらお前も、私と同じくらいの有名人らしいからな。こそこそしなくてはならないのが難だが、一緒に遊びに行こうではないか。」


 そう言ったノアは、次にドレスをつまむ。


「とはいえ、私はこのとおり丸腰に等しい。だから今日は、お前が私を守ってくれ。大統領のボディーガードともなれば、報酬はその服どころではないぞ。なんなら、追加料金を払おうか?」


「いやいやいやいや!! これで十分です!!」


 勢いよく頭を振ると、それまで笑いをこらえるようににやけていたノアが、とうとう噴き出してしまった。


「あははははっ! 本当にお前は、面白い反応ばかりするな!! じゃあ、決まりだな。」
「ううぅ…。ノア、絶対に俺で遊んでるでしょ?」


「何を言う。全力で可愛がってるだけではないか。」
「そうなの…?」


 訊ねると、ノアはうんうんと深く頷く。


 まあ、本人が言うならそうなのだろう。
 いろんな人がいるから当たり前だけど、こういう可愛がられ方もあるんだな。


 すんなりと納得する、純真なキリハなのであった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...