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第2章 ルルアのカリスマ王
エンカウント
しおりを挟む「あいつの空気の読まなさ、天才か!?」
電話をポケットにしまうなり全力で突っ込み、ディアラントは廊下を駆けるスピードを上げた。
これはまずい。
先に行って準備をしてくると言ってノアたちから離れたものの、それで稼げる時間は、こうしてミゲルにキリハの確保を頼むくらいの時間だったのに。
こんな時にフールの奴は、狙い済ましたようになんてことをしてくれるんだ。
ターニャの執務室を通り過ぎ、その隣にある部屋の扉を勢いよく開ける。
「キリハ!! いるか!?」
ディアラントは、大声を張りながらキリハを捜した。
ミゲルに〝こちらでどうにかした方が早い〟と言われたのは、こういうわけなのである。
神官であるターニャのために、様々な資料が集められた資料室。
ここには、ターニャが普段の執務を行うために必要な資料や、彼女の先祖が保管してきた貴重な資料が納められている。
これまで、民間人であるキリハはこの部屋への立ち入りを禁じられていたのだが、ドラゴンの一件があって以来、フールの同行を条件に出入りを許されたのだ。
大量の本で埋まった広い資料室。
その奥から。
「あれー? ディア兄ちゃん?」
幸か不幸か、その声が答えてきた。
しばらくの時間を置いてから、一番奥の本棚の影からキリハが顔を覗かせる。
「よし! なんとかセーフ!!」
「ディア兄ちゃん?」
ガッツポーズを作るディアラントに、その近くまで寄ってきたキリハは、可愛らしく首を傾げる。
「キリハ。実は今からこっちに、大事なお客さんが来るんだ。」
「えっ…」
キリハは目を丸くする。
「あ…。じゃあ、ここから出てった方がいいよね?」
「ああ、それはもういいんだ。連絡が間に合わなかったこっちも悪いし。ただ、お客さんが帰るまで、ここで静かにしててくれないか? そんなに時間はかからない……いや、かけないから。」
ノアたちがいつ来てもおかしくない以上、キリハにはこの部屋で大人しくしてもらった方がいいだろう。
「うん、分かった。」
キリハは、特に疑う様子もなく素直に頷いた。
しかしそれで安心できないディアラントは、さらに念を押す。
「いいか? 静かに本でも読んでれば、それでいいから。とにかく、奥の方でこっそりとしててくれよ?」
「う、うん……」
ものすごい剣幕で迫ってくるディアラントに、キリハは戸惑いながらももう一つ頷いた。
「で、フールはどこだ? 正直、キリハよりフールの口止めの方が大事なんだけど……」
「フール?」
呟いたキリハは、流れるような仕草で隣の部屋を示す。
「フールなら多分、隣にいると思うよ? 部屋の奥に鍵がかかった棚があって、それの鍵を探してくるって言ってた。」
それを聞いたディアラントはほっとする。
フールが執務室にいるなら、今の内に事情を話しておけば、彼にも言い含めておくことができるかもしれない。
「ありがと。そっちに行ってくる。悪いな、迷惑かけて。」
「ううん。大丈夫だよ。」
謝るディアラントに、キリハは嫌な顔一つせずに笑った。
まさか自分が大国を治める長に目をつけられているなんて、キリハは夢にも思っていないだろう。
ノアのことだから、キリハが自分の弟子だと分かったら、余計にキリハを欲しがるに違いない。
とにかく、ノアがこの国を去るまでの一週間、どうにかして彼女とキリハが鉢合わせることだけは避けなくてはならない。
顔を合わせることがなければ、所詮それまでの縁だったと思って、ノアも諦めるはずだ。
「じゃ!」
キリハに手を振りながら、ディアラントは資料室を出る。
その時。
「おお、ディアラント! 部屋の整理は、もういいのか?」
ものすごく間の悪いタイミングで、今一番聞きたくない声が耳朶を打った。
「あれ…? この声……」
キリハが目をまたたいてドアの外に顔を出そうとするが、ディアラントは顔面に爽やかな笑顔を貼りつけ、さりげない仕草でその頭を部屋の中へと押し込んだ。
「ああ、即行で整理したんで大丈夫ですよ。」
「そこがターニャの執務室なのか?」
「いえ、こっちはただの資料室です。部外者立ち入り禁止なんで、ここだけは勘弁してくださいよ?」
「むむ、そうか。仕方ないな。」
ノアは残念そうに呟くだけだった。
「執務室はそっちですよ。お茶を持ってくるように頼んであるんで、中で待ってましょ。」
無難に受け答えをするも、内心は穏やかではないディアラント。
まずい。
肝心のフールに釘を刺せていない。
今頃彼は、こちらの気など知らず、執務室でのんびりと探し物をしているのだろう。
このまま執務室にノアを通すのは仕方ないとして、どうやってさりげなく彼を捕まえるかが問題だ。
「では、こちらへどうぞ。」
ターニャが執務室のドアに手をかける。
ひとまずノアが執務室に入ってしまえば、最悪の事態だけは避けられるか。
そう思ったディアラントだったが……このすぐ後、その認識が甘すぎたことを知る。
ターニャがドアノブを押し下げようとした、まさにその瞬間―――
「キリハー!! 鍵あったよぉ~♪」
ドアの上。
そこに取りつけられた自動式の小さなすりガラスの小窓から、底抜けに明るい声でフールが飛び出してきたのだ。
「あれ…? キリハじゃなかった……」
「この大馬鹿野郎ーっ!!」
こちらを見下ろしてきょとんとするフールに、ディアラントはたまらず怒鳴る。
「えっ!? 何? 僕、なんかした?」
「したも何も最悪だ!! あああ……なんてことしてくれんだよ…っ」
頭を抱えるディアラント。
それなりに長い付き合いになるが、空気を読まないという能力では、絶対に彼の右に出る者はいないと思う。
自分だって空気を読まない方だと自覚しているが、彼の場合はそれを自覚していないから厄介なのだ。
「フール…。あなたはまた、とんでもないタイミングで……」
ターニャはすでに、この後のごたごたを悟った様子。
一方のノアとウルドは、急に現れた珍妙な生き物を前に、完全に意識を奪われてしまっていた。
「な……なんなのだ、これは……」
まばたきを繰り返しながら、フールを指差すノア。
だが彼女はすぐに何かに気付いて息を飲み、ターニャとディアラントを交互に見つめた。
「―――って、ちょっと待て! 今こいつ、キリハって言ったよな!?」
(ああ、やっぱり……)
ディアラントは顔を覆う。
さすがはノアだ。
想定外の出来事に唖然としながらも、聞くべきことはきっちりと聞き留めている。
すると……
「あ、やっぱりそうだった。」
ノアの言葉を聞きつけて、背後で開きっぱなしになっていたドアの後ろから、とうとうキリハ本人が顔を出してしまった。
完璧に詰みである。
「ああああああああっ!! キリハ!! なんでここに!?」
ノアの心底驚愕した叫びを聞きながら、ディアラントは大きく溜め息を吐き出すしかなかった。
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