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第2章 ルルアのカリスマ王
相対するトップ
しおりを挟む「むー…」
通された豪奢な部屋で、ノアは思い切り頬を膨らませていた。
「だから、私は観光ついでにここに顔を出してみただけだと言っているではないか。別に今すぐ予定を取りつけろと言っているわけではないのだから、後で連絡してくれればよかろう。私も暇ではないのだ。」
「ノア様、少しお声を落としてください。みっともないですよ。」
不満を垂らすや否や、後ろに控えていたウルドに注意されてしまった。
「申し訳ございません。ターニャ様もお忙しい身。ただいま急いで連絡を取っておりますので、今しばらくお待ちを。その間、僭越ながら、私がお話を伺いますので。」
目の前で穏やかな笑顔を浮かべる男性に、ノアは友好的とは思えない態度で息を吐いた。
自分がここを訪れた目的は、最初から決まっている。
用がある相手も一人しかいないので、正直なところ、こんな老いぼれに興味などないのだ。
確かジェラルドと名乗ったこの男性は、セレニアの軍のトップを牛耳っているのだとか。
「ふん。私の奇襲とも言える訪問にすぐ対応できるとは、セレニアの軍はよほど暇なのだな。」
「………」
ジェラルドは眉一つ動かさずに微笑んでいる。
さすが軍のトップを名乗るだけはある。
このくらいの嫌味では動じないようだ。
ノアは目を細める。
「それとも、ここまで対応の迅速さに差が出るくらい、セレニアの女王は、その程度の能力しか持っていないということか?」
「………」
これにもジェラルドは無言。
「……はぁ。」
ノアはあえて嘆かわしく息をつく。
「十六才という若さにして女王の座に君臨したターニャ・アエリアル。私だって、話には聞いている。あれから十年以上国を治め続けていると聞いていたから、どんな凄腕の女王かと思えば、実際は周りに蝶よ花よと守られていただけというわけか。」
「それは聞き捨てなりませんね。」
ふいに飛び込んできた声。
それにドアの方を振り向くと、静かに開かれたドアの向こうから、一人の女性が入ってくるところだった。
「ノックもせずに、失礼いたしました。何やら、面白そうなお話をしているようでしたので。」
部屋に入ったターニャはちらりとジェラルドを一瞥し、次いでノアに優雅な仕草で頭を下げた。
「ルルア共和国大統領、ノア・セントオール様。この度は、我が国へようこそいらっしゃいました。私がセレニア国第十三代神官を務めております、ターニャ・アエリアルと申します。また、お時間がないところをお待たせしてしまったようで、大変申し訳ございませんでした。」
そこまで言って顔を上げると、ターニャはその双眸をわずかに細める。
「ですが、些か急すぎたことはそちらもご理解している様子。この件に関しましては、これ以上はお互いに何も言うことはなしといたしましょう。」
そこに込められたのは、明らかな非難。
だが、ターニャの厳しい視線を受けたノアは不快げな表情など見せることなく、むしろ興味深そうな様子でじっとターニャを見つめていた。
「ほほう、これは美しい。想像以上で驚いた。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「……なるほど。」
顔色一つ変えないターニャに対し、ノアはにやりと口の端を上げた。
「貴殿の言うとおり、我々にも非はある。申し訳なかった。此度の配慮、感謝する。」
一度きっちりと頭を下げ、ノアはターニャに好意的な笑みを向けた。
「それにしても、こうして面と向かってみると……ふむ、なるほどな。なんとなく分かった。あいつが従うだけの器はあるということか。」
うんうん、と納得の表情をするノア。
そんな彼女に。
「彼なら、そこにおりますよ。」
と、ターニャは自分の後ろを示した。
「ちょ……待って…。息くらい、整えさせてくださいよー……」
そこでは一人の男性が肩で息をして、自分の膝に両手をついている。
彼を捉えたノアの目が、一際輝いた。
「ディアラント!! 久しいな! 会いたかったぞ!!」
「わああっ!? ちょっと待ってください!」
ディアラントが慌てるが、ノアはそんなことお構いなしに彼に飛びついた。
「は、離れて! 離れてください!!」
「なんだ? このくらい、ただの挨拶ではないか。ルルアにいた時は、特に嫌がりもしなかったくせに。」
「場所と空気をわきまえてもらっていいですか!? い、今は色々とまずいんで…。ってか、なんで急にあなたみたいな大物が、こんな所に来てるんですか!?」
「お前はアホなのか? 欲しけりゃセレニアまで乗り込んでみろと挑発したのは、お前ではないか。」
きょとんとするノアに、ディアラントはさらに大慌て。
「確かにそんなことは言いましたけど! だからって、本当に来るなんて思わないでしょ!?」
「ははは! まだまだ、私のことを分かっておらんようだな!!」
「ちょっと、ウルドさん! このお方を止めていただけません!?」
ノアには何を言っても無駄だと判断したのだろう。
下手にノアのことを引き剥がせないディアラントは、彼女の補佐官代表であるウルドに助けを求めた。
だが、ウルドの方にはノアを止める気が全くないらしく、彼はディアラントにやたらと爽やかな笑みを向けるだけだった。
「これはこれはディアラント君、久しぶりだね。君のおかげでノア様に手がつけられなくなって、私以下補佐官の面々は、皆揃って胃を壊しかけてね……。半ば本気で、君のことを呪ったもんだよ。その責任、ちゃんと取ってもらいたいんだけど?」
「ひええぇぇっ!! オレのせいですか!? オレにも、立場ってものがあったんですよぉ~…」
「だからこうして、わざわざ出向いてやったのではないか!」
愉快な笑い声をあげるノアに、ディアラントが額を押さえる。
「ディアラントさん。」
そんな彼に、今度はターニャが声をかけた。
「何があったのか…。それは今度、ゆっくりじっくり聞かせていただくとして、ひとまずは場所を変えましょう。このままでは、ジェラルドさんにご迷惑がかかりますから。」
「ね?」と微笑む彼女からは、有無を言わさない威圧感が放たれている。
「は、はい…」
喉をひくつかせ、ディアラントは冷や汗を流しながらそう答えるしかなかった。
「ノア様は、いかがいたしますか? 日を改めた方がよろしいなら、日程を調整いたしますが。」
「いや。」
ターニャの申し出に、ノアはほとんど即答で否を唱えた。
「貴殿の時間が許すなら、私もついていこう。用件は早く済ませるに限るからな。」
ノアの答えを聞き、ターニャは了承の意を示して頷く。
「そうですか。では、こちらへどうぞ。ついでに、宮殿内もご案内いたします。」
「ほう、気が利くな。お言葉に甘えさせてもらおう。行くぞ、ウルド。」
「かしこまりました。」
ディアラントを引きずったまま、ノアは上機嫌で部屋を出ていく。
「ターニャ様。」
自分も部屋を出ようとしたターニャの背に、穏やかなジェラルドの声がかけられる。
「お忙しいところわざわざご足労いただき、ありがとうございました。失礼ですが、執務の方は差し障りなどございませんか?」
「問題ありません。」
ターニャは律儀にジェラルドに向き直り、彼をまっすぐに見据えた。
「常日頃から、空けようと思えば時間を空けられるように調整しておりますので。それに、私は優秀な方々に支えていただいていますしね。だから別に、遠慮せずに私に連絡をくださってもよかったのですよ?」
「………」
ターニャとジェラルドの間に一瞬で張り詰める、冷えた空気。
「それでは。お騒がせいたしました。」
最後まで丁寧で冷静な態度を貫いて部屋を後にしたターニャのことを、ジェラルドは面白くなさそうな顔で見送っていた。
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