竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
230 / 598
第2章 ルルアのカリスマ王

相対するトップ

しおりを挟む

「むー…」


 通された豪奢ごうしゃな部屋で、ノアは思い切り頬を膨らませていた。


「だから、私は観光ついでにここに顔を出してみただけだと言っているではないか。別に今すぐ予定を取りつけろと言っているわけではないのだから、後で連絡してくれればよかろう。私も暇ではないのだ。」


「ノア様、少しお声を落としてください。みっともないですよ。」


 不満を垂らすや否や、後ろに控えていたウルドに注意されてしまった。


「申し訳ございません。ターニャ様もお忙しい身。ただいま急いで連絡を取っておりますので、今しばらくお待ちを。その間、僭越せんえつながら、私がお話を伺いますので。」


 目の前で穏やかな笑顔を浮かべる男性に、ノアは友好的とは思えない態度で息を吐いた。


 自分がここを訪れた目的は、最初から決まっている。
 用がある相手も一人しかいないので、正直なところ、こんな老いぼれに興味などないのだ。


 確かジェラルドと名乗ったこの男性は、セレニアの軍のトップを牛耳っているのだとか。


「ふん。私の奇襲とも言える訪問にすぐ対応できるとは、セレニアの軍はよほど暇なのだな。」
「………」


 ジェラルドは眉一つ動かさずに微笑んでいる。


 さすが軍のトップを名乗るだけはある。
 このくらいの嫌味では動じないようだ。


 ノアは目を細める。


「それとも、ここまで対応の迅速さに差が出るくらい、セレニアの女王は、その程度の能力しか持っていないということか?」


「………」


 これにもジェラルドは無言。


「……はぁ。」


 ノアはあえて嘆かわしく息をつく。


「十六才という若さにして女王の座に君臨したターニャ・アエリアル。私だって、話には聞いている。あれから十年以上国を治め続けていると聞いていたから、どんな凄腕の女王かと思えば、実際は周りに蝶よ花よと守られていただけというわけか。」


「それは聞き捨てなりませんね。」


 ふいに飛び込んできた声。
 それにドアの方を振り向くと、静かに開かれたドアの向こうから、一人の女性が入ってくるところだった。


「ノックもせずに、失礼いたしました。何やら、面白そうなお話をしているようでしたので。」


 部屋に入ったターニャはちらりとジェラルドを一瞥いちべつし、次いでノアに優雅な仕草で頭を下げた。


「ルルア共和国大統領、ノア・セントオール様。この度は、我が国へようこそいらっしゃいました。私がセレニア国第十三代神官を務めております、ターニャ・アエリアルと申します。また、お時間がないところをお待たせしてしまったようで、大変申し訳ございませんでした。」


 そこまで言って顔を上げると、ターニャはその双眸をわずかに細める。


「ですが、いささか急すぎたことはそちらもご理解している様子。この件に関しましては、これ以上はお互いに何も言うことはなしといたしましょう。」


 そこに込められたのは、明らかな非難。


 だが、ターニャの厳しい視線を受けたノアは不快げな表情など見せることなく、むしろ興味深そうな様子でじっとターニャを見つめていた。


「ほほう、これは美しい。想像以上で驚いた。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「……なるほど。」


 顔色一つ変えないターニャに対し、ノアはにやりと口の端を上げた。


「貴殿の言うとおり、我々にも非はある。申し訳なかった。此度こたびの配慮、感謝する。」


 一度きっちりと頭を下げ、ノアはターニャに好意的な笑みを向けた。


「それにしても、こうして面と向かってみると……ふむ、なるほどな。なんとなく分かった。あいつが従うだけの器はあるということか。」


 うんうん、と納得の表情をするノア。
 そんな彼女に。


「彼なら、そこにおりますよ。」


 と、ターニャは自分の後ろを示した。


「ちょ……待って…。息くらい、整えさせてくださいよー……」


 そこでは一人の男性が肩で息をして、自分の膝に両手をついている。
 彼を捉えたノアの目が、一際輝いた。


「ディアラント!! 久しいな! 会いたかったぞ!!」
「わああっ!? ちょっと待ってください!」


 ディアラントが慌てるが、ノアはそんなことお構いなしに彼に飛びついた。


「は、離れて! 離れてください!!」


「なんだ? このくらい、ただの挨拶ではないか。ルルアにいた時は、特に嫌がりもしなかったくせに。」


「場所と空気をわきまえてもらっていいですか!? い、今は色々とまずいんで…。ってか、なんで急にあなたみたいな大物が、こんな所に来てるんですか!?」


「お前はアホなのか? 欲しけりゃセレニアまで乗り込んでみろと挑発したのは、お前ではないか。」


 きょとんとするノアに、ディアラントはさらに大慌て。


「確かにそんなことは言いましたけど! だからって、本当に来るなんて思わないでしょ!?」
「ははは! まだまだ、私のことを分かっておらんようだな!!」
「ちょっと、ウルドさん! このお方を止めていただけません!?」


 ノアには何を言っても無駄だと判断したのだろう。
 下手にノアのことを引き剥がせないディアラントは、彼女の補佐官代表であるウルドに助けを求めた。


 だが、ウルドの方にはノアを止める気が全くないらしく、彼はディアラントにやたらと爽やかな笑みを向けるだけだった。


「これはこれはディアラント君、久しぶりだね。君のおかげでノア様に手がつけられなくなって、私以下補佐官の面々は、皆揃って胃を壊しかけてね……。なかば本気で、君のことを呪ったもんだよ。その責任、ちゃんと取ってもらいたいんだけど?」


「ひええぇぇっ!! オレのせいですか!? オレにも、立場ってものがあったんですよぉ~…」


「だからこうして、わざわざ出向いてやったのではないか!」


 愉快な笑い声をあげるノアに、ディアラントが額を押さえる。


「ディアラントさん。」


 そんな彼に、今度はターニャが声をかけた。


「何があったのか…。それは今度、聞かせていただくとして、ひとまずは場所を変えましょう。このままでは、ジェラルドさんにご迷惑がかかりますから。」


 「ね?」と微笑む彼女からは、有無を言わさない威圧感が放たれている。


「は、はい…」


 喉をひくつかせ、ディアラントは冷や汗を流しながらそう答えるしかなかった。


「ノア様は、いかがいたしますか? 日を改めた方がよろしいなら、日程を調整いたしますが。」
「いや。」

 ターニャの申し出に、ノアはほとんど即答で否を唱えた。


「貴殿の時間が許すなら、私もついていこう。用件は早く済ませるに限るからな。」


 ノアの答えを聞き、ターニャは了承の意を示して頷く。


「そうですか。では、こちらへどうぞ。ついでに、宮殿内もご案内いたします。」
「ほう、気がくな。お言葉に甘えさせてもらおう。行くぞ、ウルド。」
「かしこまりました。」


 ディアラントを引きずったまま、ノアは上機嫌で部屋を出ていく。


「ターニャ様。」


 自分も部屋を出ようとしたターニャの背に、穏やかなジェラルドの声がかけられる。


「お忙しいところわざわざご足労いただき、ありがとうございました。失礼ですが、執務の方は差しさわりなどございませんか?」


「問題ありません。」


 ターニャは律儀にジェラルドに向き直り、彼をまっすぐに見据えた。


「常日頃から、空けようと思えば時間を空けられるように調整しておりますので。それに、私は優秀な方々に支えていただいていますしね。だから別に、遠慮せずに私に連絡をくださってもよかったのですよ?」


「………」


 ターニャとジェラルドの間に一瞬で張り詰める、冷えた空気。


「それでは。お騒がせいたしました。」


 最後まで丁寧で冷静な態度を貫いて部屋を後にしたターニャのことを、ジェラルドは面白くなさそうな顔で見送っていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

種族【半神】な俺は異世界でも普通に暮らしたい

穂高稲穂
ファンタジー
旧題:異世界転移して持っていたスマホがチートアイテムだった スマホでラノベを読みながら呟いた何気ない一言が西園寺玲真の人生を一変させた。 そこは夢にまで見た世界。 持っているのはスマホだけ。 そして俺は……デミゴッド!? スマホを中心に俺は異世界を生きていく。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...