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第1章 不思議な交流
想いが通じる瞬間
しおりを挟む「ところで、だ。」
そう言ったノアは、またキリハにぐいっと詰め寄った。
「ドラゴンの言葉が分かるのなら、一つ訊きたい。お前、ルーノの言葉も分かるのか?」
「え? えーっと……」
訊ねられたキリハは、視線を上へと持っていく。
頭上では、レティシアとルーノが何やら話しているようだった。
「へえ……あっそう…………ふーん……」
と、レティシアが微かに相づちを打っているのは聞こえる。
しかしルーノの方に意識を傾けても、そちらからは小さな鳴き声が聞こえるだけで、理解できる言語は入ってこなかった。
「ごめん、だめみたい。今のところ、レティシアとロイリアの言葉しか分からなくて……」
正直にそう答えると、ノアはかなり残念そうな顔をして肩を落としてしまった。
「そうか……」
「な、なんか、期待させちゃってごめん……」
「いや、いいのだ。私が勝手に舞い上がってしまっただけだから。」
「えっと……なんで、ルーノの言葉を知りたかったの?」
あまりにも申し訳なくて、ひとまずは目的だけでも聞こうと、キリハはノアに問いかけた。
「いや、別に大したことではないのだ。」
そう言って、ノアはルーノの足にそっと手をつけた。
「ルーノが私のパートナーとなって、もう七年…。言葉が分からないなりに互いを知ろうとしてきたし、今では誰よりも理解し合っていると思う。だが、もし知ることができるのなら……一度でいいから、ルーノの気持ちをちゃんと知ってみたいと思ったのだ。何か不便に思っていることはないかとか。私のことをどう思っているのか、とかな……」
そこに見えるのはルーノに対する大きな信頼感と、ささやかな寂しさ。
放っておけるわけがなかった。
「ねえ、レティシア。」
キリハは後ろを振り返る。
しかし、レティシアはルーノを見たまま、微動だにしない。
「レティシア。レティシアってば!」
「え…? ああ……」
キリハが何度か呼びかけると、レティシアはハッとして頭を振った。
「何よ?」
「ちょっと、ルーノに訊いてほしいことがあるんだ。」
「え…? こいつに?」
「うん。ノアがね、ルーノが自分のことをどう思ってるのか知りたいんだって。」
「お前……」
ノアが目を丸くして呟く。
そんなノアに、キリハは明るく笑いかけた。
「待ってて。直接は分からないけど、レティシア伝手になら分かると思うから。」
彼らが何を思っているのかが分からなくて、切なくなる気持ち。
それは、自分にだって痛いほど共感できる。
ここで出会ったのも何かの縁だ。
できる限りのことはやりたい。
そう思ったのだが……
「あー…」
レティシアはルーノとノアを交互に見つめ、心底嫌そうな声を出した。
「レティシア? どうしたの?」
彼女がこんな反応をするなんて、一体何があったのだろう。
「いや、そのことなんだけどね……」
口元をひきつらせるレティシア。
「訊く必要もなく、自動的にあっちからずーっと語ってるのよねぇ…。適当に聞き流してたんだけど、まだ終わらないのよ。完全に、一人の世界でご満悦だわ。」
「へぇ…」
キリハはルーノを見つめる。
時おり体を揺らしながら、機嫌がよさそうに高い鳴き声をあげるルーノ。
そんなルーノを見ていると、そんなに悪いことを語っているわけではないだろうと察せられた。
「まとめると、どんな感じ?」
「そうねぇ……」
レティシアは難しげに唸る。
「百枚くらいのオブラートに包んで、差し障りのない言い方をするなら……〝心底尊敬しています。一生お供させてください〟ってとこかしらね。とてもじゃないけど、ノーフィルターでは聞かせられないわ。」
「そっか。分かった。」
キリハは頷き、次にノアへと向き直る。
先ほどまで自信に満ちあふれていたはずの彼女は、一転して緊張の面持ちでこちらの言葉を待っていた。
嫌われていないと感じてはいても、その気持ちを知るとなると、ちょっぴり怖くなる。
その気持ちが分かるから、早く言ってあげたい。
―――大丈夫だよ、と。
「〝心底尊敬しています。一生お供させてください〟だって。」
にこやかに、キリハは告げる。
ノアは大きく目を見開いて、ゆっくりとルーノを見上げた。
何かを熱心に語っているらしいルーノは全くそれに気付いていない様子だったが、彼女としては別にそれでも構わなかったらしい。
「そうか……」
嬉しそうに。
本当に嬉しそうに、ノアは笑った。
その姿を見ていると、ノアとルーノの絆の強さが自分のことのように嬉しく思えて、キリハも微笑んで彼女たちのことを見つめていた。
レティシアたちと言葉を交わせてよかった。
心の底から、そう思える瞬間だった。
「ありがとう。今日の出来事は、私にとって唯一無二の宝となった。」
感動の余韻を噛み締めていたノアは、ふとした拍子にこちらを向くと、今まで以上に親しげな笑みを浮かべた。
「お前、名前はなんという?」
「あ、そういえば……」
うっかりしていた。
「ごめん。俺、まだ名前を言ってなかったね。キリハだよ。」
かなり遅れての自己紹介だったが、ノアは大して気にせずに頷いてくれた。
「キリハか。―――よし。私は、お前が気に入ったぞ!!」
「……ん?」
またバンバンと背中を叩かれ、キリハは不思議そう首を傾げる。
なんとなく、今の言葉をきっかけにノアの雰囲気が変わった気がするのだが、気のせいだろうか。
「この場限りの縁で終わらせるのは、あまりにも惜しい。だが、今日はもう時間がないな……。キリハ。お前はいつも、この時間にここに来るのか?」
「いや…。その日によって違うけど……」
「では三日後のこの時間、またここに来い。詳しい話はその時だ。」
「え? ちょ、ちょっと―――」
「ルーノ! そろそろ時間だ!」
戸惑うキリハを後目に、ノアは服の内側から取り出した小さな笛を吹いた。
その音を聞いたルーノはすぐに姿勢を正し、ノアに向かって自分の前足を差し出す。
「そうだ、キリハ!」
ルーノの助けを借りてその背中に乗ったノアは、ルーノの首の後ろからひょっこりと顔を出した。
「私はドラゴンや、お前のようにドラゴンに理解ある人間が疎まれるセレニアの国風が、少しばかり気に入らなくてな。なんだったら、私がこの国を根本から変えてやってもいい! お前がいるなら、簡単にできそうだ!!」
最後にそんな晴れやかな宣言を残し、ノアたちはあっという間に空の向こうへと消えていってしまった。
「……なんだったのかしら、あいつら…?」
「うん、そうだね。……なんか、嵐みたいな人だったなぁ。」
レティシアとキリハはそれぞれに呟き、思わず溜め息をついてしまった。
一方的に約束を取りつけられてしまった。
いつドラゴンが出現するか分からない手前、迂闊に外で会う約束はできないのだけど……
「とりあえず、私たちもそろそろ帰る?」
「そうだね。」
何を言おうにも、すでに相手がいないのでは仕方ない。
三日後のことは、また後で考えるとしよう。
キリハはレティシアに頷きを返し、暇になって眠っていたロイリアを起こしに行くことにする。
この時のキリハに少しでも国際的な知識があれば、また状況は変わっていただろう。
ノア・セントオール
その名がとんでもない意味を持つことを、この時のキリハはまだ知らない。
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