竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
228 / 598
第1章 不思議な交流

想いが通じる瞬間

しおりを挟む

「ところで、だ。」


 そう言ったノアは、またキリハにぐいっと詰め寄った。


「ドラゴンの言葉が分かるのなら、一つ訊きたい。お前、ルーノの言葉も分かるのか?」
「え? えーっと……」


 訊ねられたキリハは、視線を上へと持っていく。
 頭上では、レティシアとルーノが何やら話しているようだった。


「へえ……あっそう…………ふーん……」


 と、レティシアが微かに相づちを打っているのは聞こえる。


 しかしルーノの方に意識を傾けても、そちらからは小さな鳴き声が聞こえるだけで、理解できる言語は入ってこなかった。


「ごめん、だめみたい。今のところ、レティシアとロイリアの言葉しか分からなくて……」


 正直にそう答えると、ノアはかなり残念そうな顔をして肩を落としてしまった。


「そうか……」
「な、なんか、期待させちゃってごめん……」


「いや、いいのだ。私が勝手に舞い上がってしまっただけだから。」
「えっと……なんで、ルーノの言葉を知りたかったの?」


 あまりにも申し訳なくて、ひとまずは目的だけでも聞こうと、キリハはノアに問いかけた。


「いや、別に大したことではないのだ。」


 そう言って、ノアはルーノの足にそっと手をつけた。


「ルーノが私のパートナーとなって、もう七年…。言葉が分からないなりに互いを知ろうとしてきたし、今では誰よりも理解し合っていると思う。だが、もし知ることができるのなら……一度でいいから、ルーノの気持ちをちゃんと知ってみたいと思ったのだ。何か不便に思っていることはないかとか。私のことをどう思っているのか、とかな……」


 そこに見えるのはルーノに対する大きな信頼感と、ささやかな寂しさ。
 放っておけるわけがなかった。


「ねえ、レティシア。」


 キリハは後ろを振り返る。
 しかし、レティシアはルーノを見たまま、微動だにしない。


「レティシア。レティシアってば!」
「え…? ああ……」


 キリハが何度か呼びかけると、レティシアはハッとして頭を振った。


「何よ?」
「ちょっと、ルーノに訊いてほしいことがあるんだ。」


「え…? こいつに?」
「うん。ノアがね、ルーノが自分のことをどう思ってるのか知りたいんだって。」


「お前……」


 ノアが目を丸くして呟く。
 そんなノアに、キリハは明るく笑いかけた。


「待ってて。直接は分からないけど、レティシア伝手づてになら分かると思うから。」


 彼らが何を思っているのかが分からなくて、切なくなる気持ち。
 それは、自分にだって痛いほど共感できる。


 ここで出会ったのも何かの縁だ。
 できる限りのことはやりたい。


 そう思ったのだが……


「あー…」


 レティシアはルーノとノアを交互に見つめ、心底嫌そうな声を出した。


「レティシア? どうしたの?」


 彼女がこんな反応をするなんて、一体何があったのだろう。


「いや、そのことなんだけどね……」


 口元をひきつらせるレティシア。


「訊く必要もなく、自動的にあっちからずーっと語ってるのよねぇ…。適当に聞き流してたんだけど、まだ終わらないのよ。完全に、一人の世界でご満悦だわ。」


「へぇ…」


 キリハはルーノを見つめる。


 時おり体を揺らしながら、機嫌がよさそうに高い鳴き声をあげるルーノ。
 そんなルーノを見ていると、そんなに悪いことを語っているわけではないだろうと察せられた。


「まとめると、どんな感じ?」
「そうねぇ……」


 レティシアは難しげにうなる。


「百枚くらいのオブラートに包んで、差しさわりのない言い方をするなら……〝心底尊敬しています。一生お供させてください〟ってとこかしらね。とてもじゃないけど、ノーフィルターでは聞かせられないわ。」


「そっか。分かった。」


 キリハは頷き、次にノアへと向き直る。


 先ほどまで自信に満ちあふれていたはずの彼女は、一転して緊張の面持ちでこちらの言葉を待っていた。


 嫌われていないと感じてはいても、その気持ちを知るとなると、ちょっぴり怖くなる。
 その気持ちが分かるから、早く言ってあげたい。




 ―――大丈夫だよ、と。




「〝心底尊敬しています。一生お供させてください〟だって。」


 にこやかに、キリハは告げる。


 ノアは大きく目を見開いて、ゆっくりとルーノを見上げた。


 何かを熱心に語っているらしいルーノは全くそれに気付いていない様子だったが、彼女としては別にそれでも構わなかったらしい。


「そうか……」


 嬉しそうに。
 本当に嬉しそうに、ノアは笑った。


 その姿を見ていると、ノアとルーノの絆の強さが自分のことのように嬉しく思えて、キリハも微笑んで彼女たちのことを見つめていた。


 レティシアたちと言葉を交わせてよかった。
 心の底から、そう思える瞬間だった。


「ありがとう。今日の出来事は、私にとって唯一無二の宝となった。」


 感動の余韻を噛み締めていたノアは、ふとした拍子にこちらを向くと、今まで以上に親しげな笑みを浮かべた。


「お前、名前はなんという?」
「あ、そういえば……」


 うっかりしていた。


「ごめん。俺、まだ名前を言ってなかったね。キリハだよ。」


 かなり遅れての自己紹介だったが、ノアは大して気にせずに頷いてくれた。


「キリハか。―――よし。私は、お前が気に入ったぞ!!」
「……ん?」


 またバンバンと背中を叩かれ、キリハは不思議そう首を傾げる。


 なんとなく、今の言葉をきっかけにノアの雰囲気が変わった気がするのだが、気のせいだろうか。


「この場限りの縁で終わらせるのは、あまりにも惜しい。だが、今日はもう時間がないな……。キリハ。お前はいつも、この時間にここに来るのか?」


「いや…。その日によって違うけど……」


「では三日後のこの時間、またここに来い。詳しい話はその時だ。」


「え? ちょ、ちょっと―――」


「ルーノ! そろそろ時間だ!」


 戸惑うキリハを後目しりめに、ノアは服の内側から取り出した小さな笛を吹いた。
 その音を聞いたルーノはすぐに姿勢を正し、ノアに向かって自分の前足を差し出す。


「そうだ、キリハ!」


 ルーノの助けを借りてその背中に乗ったノアは、ルーノの首の後ろからひょっこりと顔を出した。


「私はドラゴンや、お前のようにドラゴンに理解ある人間がうとまれるセレニアの国風が、少しばかり気に入らなくてな。なんだったら、私がこの国を根本から変えてやってもいい! お前がいるなら、簡単にできそうだ!!」


 最後にそんな晴れやかな宣言を残し、ノアたちはあっという間に空の向こうへと消えていってしまった。


「……なんだったのかしら、あいつら…?」
「うん、そうだね。……なんか、嵐みたいな人だったなぁ。」


 レティシアとキリハはそれぞれに呟き、思わず溜め息をついてしまった。


 一方的に約束を取りつけられてしまった。
 いつドラゴンが出現するか分からない手前、迂闊うかつに外で会う約束はできないのだけど……


「とりあえず、私たちもそろそろ帰る?」
「そうだね。」


 何を言おうにも、すでに相手がいないのでは仕方ない。
 三日後のことは、また後で考えるとしよう。


 キリハはレティシアに頷きを返し、暇になって眠っていたロイリアを起こしに行くことにする。
 この時のキリハに少しでも国際的な知識があれば、また状況は変わっていただろう。




 ノア・セントオール




 その名がとんでもない意味を持つことを、この時のキリハはまだ知らない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

処理中です...