竜焔の騎士

時雨青葉

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【第4部】エピローグ

最後には、ちゃんと―――

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 目の前に立つ彼を、かつての名前で呼んでやる。


「あの子たちも、びっくりするでしょうね。普段はお人形として馬鹿やってる奴が、本当はご先祖様だったなんて知ったら。」


 そう言うと、ユアンはびくりと肩を震わせた。
 顔色もさっと青くなる。


「そのこと、キリハには……」
「やあねぇ、言ってないわよ。言ったところで、信じるとも思えないし。」
「いや、あの子は信じるよ。絶対に。」


 フールとしての体を抜け出した彼は、赤い双眸を深刻そうに伏せる。


「あの子は、びっくりするくらいなんでも受け入れられる子だよ。で、基本的には無欲なくせに、ここぞという時は、呆れるくらいに諦めが悪くて貪欲だ。……想定外なんだよ。」


 大きく息を吐き出し、ユアンはさらさらと揺れる金色の髪を掻き上げる。


ほむらが気を許す子が現れれば、それが僕の絶対的な好機だとは思ってたけどね…。あんなに焔と馴染んでるくらいだから、根本的なところは僕と同じはずだけど……あの子と僕じゃ、掲げている指針が違いすぎる。これから、上手く動いてくれるかどうか……」


「それだけど…。あの剣って、相変わらず人間を拒んでるのよね。」


 ちょうどこちらが気になっていたことをユアンが口にしたので、レティシアはすかさず問うた。


「もちろん。今の焔は、キリハにしか扱えない。」


 答えは当然イエス。
 ならば、余計に頭が痛くなる。


「前代未聞ね。いくらなんでも馴染みすぎよ。私がちょっとコツを教えただけで、えらい精度で焔を使えるようになってたわよ。」


「しかも、一度はキリハの感情に、焔が完全に自分を委ねてるからね……」


 ユアンも自分と同じ思いのようだ。
 思案するように寄せられた眉が、彼の苦悩の程を物語っている。


 本来、《焔乱舞》が完璧に人間の思いどおりに動くことはない。
 それが成り立ったのは、《焔乱舞》を作った本人であるユアンが剣を握った時だけだった。


 ―――あの一件が起こるまでは。


「だから、キリハに血を与えたくなかったんだ。あの子はもう、僕の手に余る。この先何が起こるか、皆目検討もつかないんだよ。」


 途端に、ユアンが非難の目をこちらに向けてきた。


「何よ。あげちゃったもんは、取り返しつかないわよ。」


 この男も大概しつこいというか、なんというか。
 これ以上の無駄話はしたくないので、レティシアは話の方向を変えることにした。


「いい加減、切り替えなさいよ。たかだか、仕込むものが変わっただけじゃない。それに今は、そんな悠長に議論してる場合なの?」


 一気に声のトーンを下げる。




「今回の件、普通ならありえないって気付いてるんでしょ? 十中八九、が裏で動いてるわよ。」




 断定的に告げると、ユアンの顔が露骨にひきつった。
 それで彼も、自分と同じ結論に至っていると知る。


 離れた場所で同時に現れた、今回のドラゴンたち。


 もしリュドルフリアの封印がまだ健在なら、あんな変則的な出現などありえない。


 しかし、仮に彼の封印が完全に切れていたのだとしたら、今頃この国はもっと無法地帯になっていたはずだ。


 弱いながらも、まだリュドルフリアの封印の力は残っている。


 それなのに、封印の法則性に逆らってドラゴンが出現したということは、何者かが眠っていたドラゴンを無理に起こしたことになる。




 そんなことをする奴なんて、言うまでもなく明らかなのだが。




「分かってるよ。これはきっと、彼からの宣戦布告だろうね。」


「でしょうね。わざわざこんな時まで待つなんて、よっぽどあんたが嫌いなんでしょうよ。それか、逆に好きで好きでたまらないのかもね。」


「やめてよ。そんな病んだ好意は遠慮する。」


 苦笑いをするユアンだが、当然ながらその瞳は笑ってなどいなかった。




「でも、彼が僕にご執心なのは事実か…。焔も新しいご主人を決めたことだし、封印が完全に切れるまでのカウントダウンも始まった。―――最後にはちゃんと、僕が自分で決着をつけるさ。」




 ぐっと両の拳を握り締めるユアン。


 そう。
 彼の言うとおり。


 水面下で、戦いの火蓋は切って落とされた。
 必要な役者も状況も揃った。


 あとは、一つの結論へと行き着くだけなのだろう。


 ユアンの覚悟も、遠い昔から知っている。
 そこに一つだけ、憂いがあるとするならば……




「そのための駒になるあの子たちが不憫ね。」




 人間もドラゴンも等しく守ろうとしたキリハの笑顔がかすむ。


 キリハはきっと、最後に泣くことになるだろう。
 そして、一生引きずる傷を負わされるに違いない。


 他でもない、目の前にいるこの男の手によって。


「そうだね…。僕にとって、キリハたちは道具みたいなもんさ。実際に汚れるのは僕の手じゃないんだ。僕は結局、僕の尻拭いをキリハにさせることになるのかもね。でも……?」


 残酷なほどはっきりと、ユアンはそう言い切った。


「幸運にも、こうして都合のいいタイミングで、都合のいい駒が揃ったんだ。このチャンスをのがすつもりはない。何を踏み台にしても、僕は僕の決めたことをやる。それが、こんな姿になってまで生き続けている僕の役目だろうからさ。」


 何を言っても揺らがない瞳の輝きと、その決意。


「……これだから、あんたなんて嫌いなのよ。」


 彼は自分の汚さを偽らない。
 いつだって、自分にも他人にも、辛辣なほどに現実を叩きつける。


 愚直で孤高。
 今の彼は、まるで在りし日のリュドルフリアを生き映したかのようだ。


 レティシアはひっそりと息をつく。


 こんなユアンの姿を奴が見たら、きっと狂喜乱舞するのだろう。
 ここにいるのは、歪みに囚われた存在ばかりだ。


「……嫌い、か。君には昔から、そう言われてばかりだ。でも僕は、君のこともリュードのことも大好きだよ。もちろん、キリハたちのことだってね。だからこそ―――」


 ユアンはやはり、迷う素振りを見せなかった。




「だからこそ、ちゃんと終わらせる。」




 決して前向きではないその言葉は、不穏な空気の中に静かに溶けていくだけだった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 【第4部】はこれで完結となります。
 ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。


【第5部】あらすじ


「えええええぇぇっ!?」


 声が聞こえたので空を見上げたら―――ドラゴンに乗った女の人がいました……


 遠いルルアからやってきたというノア。
 文化も価値観も違う彼女と話すひと時は、キリハに小さな好奇心を植えつける。


 キリハはまだ知らない。


 ノアが何者であるのか。
 そしてこの後、再会した彼女がどんな騒動を引き起こすかなんて……


「キリハ、どうだろうか。私の―――」


 ノアのとんでもない行動&爆弾発言に、キリハの頭は完全にパンク!!
 一体何が!?


 どうぞ、【第5部】もよろしくお願いいたします!


◆オマケ~ジョーとロイリアの不思議な攻防戦~












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