竜焔の騎士

時雨青葉

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第6章 共に、同じ世界を―――

〝今〟を創っているのは、自分たち。

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 叫んだフールは、そのまま深くうつむいてしまう。


 彼がここまで感情を乱すのは、ターニャでさえも初めて見るようだ。
 全く予期しなかったその姿に、誰もが狼狽うろたえて騒然としていた。


「僕は……これまで、たくさんの子たちを見てきた。」


 フールの声は、どこか泣きそうな響きを伴って震えている。


「何度も何度も、ユアンがドラゴンと血を交わさなければって……そんな言葉を、腐るほど聞いてきたんだ。キリハだって、一度くらいは考えたことあるでしょ。」


「ないよ。」


「…………へ?」


 こちらの言葉が予想外だったのだろう。
 思わず顔を上げたフールは、ポカンと大口を開けていた。


「俺は、ユアンが間違ってたと思ったことはないよ。」


 もう一度、強く想いを伝える。


「だって〝今〟を創ってるのは、ユアンじゃなくて俺たちだよ。みんな〝これが普通だから〟って諦めて、変わろうとしなかった。そんな俺たちが創った今がこれなんだ。誰も自分のせいだって思いたくないから、歴史の中で目立ってたユアンに責任を押しつけてるだけだよ。そんなことしたって、なんの意味もないのにさ。」




『ねえ。それって、いつまで引きずらなきゃいけない問題なの?』




 ミゲルたちと初めて話した時、彼らに投げかけた問いを思い出す。


 過去に理由を求めて何が変わる?


 不当な理不尽を押しつけているのも、それを諦めて受け入れているのも、結局は今を生きている自分自身に他ならない。


 過去に責任を押しつけて瞳を曇らせているのは、自分たちでしかないというのに。


「過去は過去。今は今だよ。だって、見てみてよ。」


 キリハは周囲の一人ひとりと目を合わせる。


「ここにいるみんなで創ってる今が、俺はすごく好きだよ。みんな、言い訳せずに俺たちと向き合ってくれる人たちだもん。小さな世界かもしれないけど、ここには確かに、色んな人がみんなで笑える世界があるんだよ。」


 たくさんのことがあった。
 何度もぶつかり合って、何度も泣いては、諦めずに何度も手を伸ばした。


 その結果できた〝今〟は、こんなにも輝いているじゃないか。


「俺は、未来が苦しいなんて思わない。ここにいるみんなと創れる未来なら、きっと楽しいよ。俺はそう信じてるし、そのために自分にできることを精一杯頑張るつもり。これまでは変えられないけど、これからはいくらでも変えられるんだから。変わらないことが難しいって言ったのはフールじゃん。ならみんなで、〝苦しい〟を〝楽しい〟に変えちゃえばいいんじゃない?」


 変わることに怯えた自分の背を押したのは、他でもないフールのあの言葉だ。


 進んでも戻っても、同じ場所には帰れない。
 一秒ごとに変わっていくものを受け入れて、自分たちはこの世界で生きていく。


 でも、行き着く先が〝絶望〟だなんて、誰が決められるというのだ。
 もし絶望が待っていたとしても、それは絶対に〝行き止まり〟じゃない。




 そんなもの、ただの〝通過点〟にしてしまえばいい。




「……ほんと、よくそんなことが言えるよね。どうせ、たくさん嫌な思いをするよ。これから、何度でも、いっそ消えたくなるくらいに。」


「そうかもね。でも、それは受け入れるって決めたもん。なっちゃったものは仕方ないし。」


「なんで? 意味が分からないよ……」


 フールはいつになく頑なだ。
 そんなフールの姿に、キリハは思わず微笑んでしまった。


 きっとこれは、いつもおどけて周囲を振り回す彼が、初めて見せた弱い姿。


 彼の正体は未だに分からない。
 でも彼は、自分たちと同じように苦悩する、特別でもなんでもないちっぽけな存在なのだ。


 それが伝わってきて、こんな風に自分をさらけ出してもらえることが嬉しいと思うのは、おかしいだろうか。




「だって、好きになっちゃったんだもん。」




 キリハはフールに、今の素直な気持ちを告げる。


「―――っ!!」


 それを聞いたフールが、ハッと息をつまらせた。


 この場において、自分が変わったことを言っているのは自覚している。
 でも、嘘じゃない。
 そして、この気持ちを恥じるつもりもない。


 だから堂々と、真正面からぶつかってやるのだ。


「レティシアたちのこと、好きになっちゃったんだ。友達になりたいって思った。一緒にいたいって思った。それだけが理由じゃ、だめかな?」


 共に同じ世界を見ようと。
 かつて、リュドルフリアにそう言ったユアンのように。


 自分もまた、レティシアたちと同じ世界を見ていたい。
 理由なんて、本当にそれだけだ。




「―――ああもう…。悔しいな……」




 しばらく呆けていたフールは、ふいにそんなことをぼやいた。


「目が曇ってたのは、僕も同じみたいだ。そんな簡単で大事なことを、君に思い出させられるなんてさ。」


 フールはまたゆっくりと下を向いて、ふいに体を震わせる。


「ははは……はは………はぁ……」


 空笑いが溜め息に変わった、次の瞬間。




「もおおぉっ! ディアの馬鹿ー!!」




 そんな叫びと共に急発進したフールが、これまで部外者を装っていたディアラントに、ロケットの勢いでタックルをかました。


「なんでオレー!?」


 至極当然の抗議が、ディアラントの口から飛び出す。


「なんで、じゃないよ! キリハを育てたのはディアでしょ! なんつー子を育て上げてるのさ!? 少しは、常識ってやつを教えてあげてくんない!?」


「あててっ……じょ、常識っていうのは、覆すためにあるものでして……」


「スケールによるっての! 君といいキリハといい、やることの規模がおかしいの!!」


 猛スピードで柔らかい拳を繰り出すフールに、ディアラントが眉をしかめながらも減らず口を叩く。


「壁は、高くて厚くてなんぼってやつ?」


「黙らっしゃい!! 君をここに引き込んだのは僕だけど、最近割と本気で後悔してるよ! このまんまじゃ、事後処理に慌てる皆の胃がやられちゃうじゃん!!」


「オレらは、みんなの愛で生かされてますからね~。」
「何をぬけぬけと…っ」


「ほんとのことだしー?」


 さすがはディアラント。
 唐突な八つ当たりを、見事に受け流している。


「……なんかよく分からないけど、結果オーライって感じなのかな?」
「まあ、そうなんじゃねぇか?」


 いつもの調子に戻ったフールを見つめながら首をひねっていると、それに答えるように、上から大きな手が降りてきた。


「お前の言うとおり、過去は取り消せねぇしな。腹くくって、やるしかねぇだろ。」
「まったくだね。やらなきゃいけないことがたっぷりだ。」


 両脇で、ミゲルとジョーが口々に言う。


「お前がやらなきゃいけないことって、九割方脅しじゃねぇか。」
「人聞きが悪いなぁ。口止め、もとい交渉って言ってよ。」


 口の端をひきつらせるミゲルに対し、ジョーは唇を尖らせながら、さらりと恐ろしいことを言ってのける。


 そんな二人の掛け合いは、レティシアたちを保護する前と同じもの。
 会議室に満ちる空気にも、不穏なものは一切ない。


 紆余曲折ありながらも、最終的には元通りだ。
 何があっても、最後にはこうして笑える。


 ならば―――




「うん。なら、これでいいよね♪」




 キリハは表情をほころばせて、明るい笑い声をあげた。

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