207 / 598
第5章 一縷の希望
その行為の意味
しおりを挟む
自分は逃げない。
逃げたら何も変わらない。
変えるのだ。
どうしようもなく変わりようがない未来だって、全てのチャンスを掴み取って変えてやる。
思い込みや常識なんて―――全部壊してやる。
キリハは全速力で廊下を走る。
階段を駆け下り、目指す場所はただ一つ。
セキュリティカードをかざしてから、ドアの鍵が開くまでのわずかな時間。
それすらももどかしくて、ドアの鍵が外れる音を聞くと同時に、もつれるようにその奥へと飛び込む。
「お願い……力を貸して!!」
辿り着いたその先で、キリハはすがるように訴えた。
「都合がいいって分かってる。さっきのことがあったのに、なんで協力しなくちゃいけないんだって思ってるよね。でもこのままじゃ、俺の大切な人たちが危ないんだ! もう時間がない。お願い、俺を助けて…っ」
一息に叫んで、キリハはぐっと両手を握った。
そして毅然とした態度で顔を上げ、目の前のドラゴンたちを見つめる。
自分は何を言っているのだろう。
心の片隅で、もう一人の自分がそんなことを思っている。
でも、この非常事態を切り抜けられる可能性と希望があるとすれば、彼らの存在以外はありえないと思ったのだ。
それに、馬鹿げたことをしていると思う自分を遥かに凌いで、この行動が正しいと信じている自分がいた。
「俺は、人もドラゴンも信じたい。」
ドラゴンたちに向けて、真摯な想いを伝える。
くるる……
小さなドラゴンが、指示を仰ぐように頭上を見上げる。
その視線の先にいた大きなドラゴンは、穏やかなアイスブルーの双眸で、じっとこちらを見つめていた。
少しの間を置いてから、彼は呻くように低い鳴き声をあげる。
そして……
―――――はぁ……
と、なんだか人間くさい溜め息を吐いた。
「え?」
想像の斜め上を突き抜けていったドラゴンの反応に、キリハは思わず口をあんぐりと開けた。
なんだろう。
今の数秒で、あのドラゴンが一気に身近な存在になったような感じがする。
目をしばたたかせるキリハの前で、彼はゆっくりと体を動かした。
太い腕を上げた彼は、反対側の腕の鱗の間に器用に爪を差し込む。
次の瞬間、彼は躊躇なく爪に力を入れて腕を引いた。
その爪は鱗の下にある皮膚を切り裂いたらしく、あっという間に鱗の隙間から血が流れてくる。
「ちょっと!? 何してるの!?」
唐突な自傷行為に頭がついていかず、キリハは目を白黒させてドラゴンたちの傍に駆け寄った。
すると、自らを傷つけたドラゴンがキリハに向かってずいっと腕を突き出した。
「………?」
目の前に血が滴る爪先を差し出され、キリハはその意味を問うようにドラゴンを見上げる。
そんなキリハに、彼は何かを促すように顎をしゃくるだけだ。
こんな状況で、自分に何をしろと……
反射的にそう思ったが、それと同時にはたと思い至る。
ユアンとリュドルフリアは、互いの血を交わすことで意志疎通を可能とした。
ならば、このドラゴンがこんな行為に出た意味は―――
「……いいの?」
おそるおそる訊ねる。
彼はこちらを湖面のように静かな瞳で見据え、やがてゆっくりと首を縦に振った。
それを見届けてから、キリハはそっとドラゴンの爪先に両手を差し出した。
その爪先から滴る血が落ちて、両手に生温かい血だまりを作る。
キリハが血を受け取ったことを確認し、ドラゴンは自分の腕を引いた。
「………」
キリハは自分の両手にたまった血を、どこか神妙な面持ちで見つめる。
これを受け入れたら、何かが変わるのだろうか。
ドラゴンたちが何を考えて、人間に対して何を感じているのかが分かるのだろうか。
そして、あの悲しい戦いの真相を知ることができるのだろうか。
知りたい。
彼らの気持ちを。
ユアンやリュドルフリアの願いを。
自分のことを伝えたいのと同じくらい、彼らのことを知っていたい。
ならば、迷うことはないはずだ。
キリハは意を決して、両手を口元に持っていく。
そして、両手にたまっていた血を一気に飲み干した。
途端に口の中に広がっていく鉄の味と、鼻を突き抜ける独特の臭い。
「うっ…」
気合いでそれを燕下し、キリハは盛大に咳き込んだ。
「ううっ、分かってたけどまっずい! うううぅぅ……」
飲み込んでもなお口の中に強烈に残る後味に、キリハは思い切り顔を歪める。
「ちょっと…。―――私の声、聞こえてるの?」
澄んだ綺麗な声が頭に響いたのは、その時のことだった。
逃げたら何も変わらない。
変えるのだ。
どうしようもなく変わりようがない未来だって、全てのチャンスを掴み取って変えてやる。
思い込みや常識なんて―――全部壊してやる。
キリハは全速力で廊下を走る。
階段を駆け下り、目指す場所はただ一つ。
セキュリティカードをかざしてから、ドアの鍵が開くまでのわずかな時間。
それすらももどかしくて、ドアの鍵が外れる音を聞くと同時に、もつれるようにその奥へと飛び込む。
「お願い……力を貸して!!」
辿り着いたその先で、キリハはすがるように訴えた。
「都合がいいって分かってる。さっきのことがあったのに、なんで協力しなくちゃいけないんだって思ってるよね。でもこのままじゃ、俺の大切な人たちが危ないんだ! もう時間がない。お願い、俺を助けて…っ」
一息に叫んで、キリハはぐっと両手を握った。
そして毅然とした態度で顔を上げ、目の前のドラゴンたちを見つめる。
自分は何を言っているのだろう。
心の片隅で、もう一人の自分がそんなことを思っている。
でも、この非常事態を切り抜けられる可能性と希望があるとすれば、彼らの存在以外はありえないと思ったのだ。
それに、馬鹿げたことをしていると思う自分を遥かに凌いで、この行動が正しいと信じている自分がいた。
「俺は、人もドラゴンも信じたい。」
ドラゴンたちに向けて、真摯な想いを伝える。
くるる……
小さなドラゴンが、指示を仰ぐように頭上を見上げる。
その視線の先にいた大きなドラゴンは、穏やかなアイスブルーの双眸で、じっとこちらを見つめていた。
少しの間を置いてから、彼は呻くように低い鳴き声をあげる。
そして……
―――――はぁ……
と、なんだか人間くさい溜め息を吐いた。
「え?」
想像の斜め上を突き抜けていったドラゴンの反応に、キリハは思わず口をあんぐりと開けた。
なんだろう。
今の数秒で、あのドラゴンが一気に身近な存在になったような感じがする。
目をしばたたかせるキリハの前で、彼はゆっくりと体を動かした。
太い腕を上げた彼は、反対側の腕の鱗の間に器用に爪を差し込む。
次の瞬間、彼は躊躇なく爪に力を入れて腕を引いた。
その爪は鱗の下にある皮膚を切り裂いたらしく、あっという間に鱗の隙間から血が流れてくる。
「ちょっと!? 何してるの!?」
唐突な自傷行為に頭がついていかず、キリハは目を白黒させてドラゴンたちの傍に駆け寄った。
すると、自らを傷つけたドラゴンがキリハに向かってずいっと腕を突き出した。
「………?」
目の前に血が滴る爪先を差し出され、キリハはその意味を問うようにドラゴンを見上げる。
そんなキリハに、彼は何かを促すように顎をしゃくるだけだ。
こんな状況で、自分に何をしろと……
反射的にそう思ったが、それと同時にはたと思い至る。
ユアンとリュドルフリアは、互いの血を交わすことで意志疎通を可能とした。
ならば、このドラゴンがこんな行為に出た意味は―――
「……いいの?」
おそるおそる訊ねる。
彼はこちらを湖面のように静かな瞳で見据え、やがてゆっくりと首を縦に振った。
それを見届けてから、キリハはそっとドラゴンの爪先に両手を差し出した。
その爪先から滴る血が落ちて、両手に生温かい血だまりを作る。
キリハが血を受け取ったことを確認し、ドラゴンは自分の腕を引いた。
「………」
キリハは自分の両手にたまった血を、どこか神妙な面持ちで見つめる。
これを受け入れたら、何かが変わるのだろうか。
ドラゴンたちが何を考えて、人間に対して何を感じているのかが分かるのだろうか。
そして、あの悲しい戦いの真相を知ることができるのだろうか。
知りたい。
彼らの気持ちを。
ユアンやリュドルフリアの願いを。
自分のことを伝えたいのと同じくらい、彼らのことを知っていたい。
ならば、迷うことはないはずだ。
キリハは意を決して、両手を口元に持っていく。
そして、両手にたまっていた血を一気に飲み干した。
途端に口の中に広がっていく鉄の味と、鼻を突き抜ける独特の臭い。
「うっ…」
気合いでそれを燕下し、キリハは盛大に咳き込んだ。
「ううっ、分かってたけどまっずい! うううぅぅ……」
飲み込んでもなお口の中に強烈に残る後味に、キリハは思い切り顔を歪める。
「ちょっと…。―――私の声、聞こえてるの?」
澄んだ綺麗な声が頭に響いたのは、その時のことだった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。


間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた
アイイロモンペ
ファンタジー
2020.9.6.完結いたしました。
2020.9.28. 追補を入れました。
2021.4. 2. 追補を追加しました。
人が精霊と袂を分かった世界。
魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。
幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。
ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。
人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。
そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。
オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー
MIRICO
恋愛
薬師のロンは剣士セウと共に山奥で静かに暮らしていた。
庭先で怪我をしていた白豹を助けると、白豹を探す王国の兵士と銀髪の美しい男リングが訪れてきた。
尋ねられても知らんぷりを決め込むが、実はその男は天才的な力を持つ薬師で、恐ろしい怪異を操る男だと知る。その男にロンは目をつけられてしまったのだ。
性別を偽り自分の素性を隠してきたロンは白豹に変身していたシェインと言う男と、王都エンリルへ行動を共にすることを決めた。しかし、王都の兵士から追われているシェインも、王都の大聖騎士団に所属する剣士だった。
シェインに巻き込まれて数々の追っ手に追われ、そうして再び美貌の男リングに出会い、ロンは隠されていた事実を知る…。
小説家になろう様に掲載済みです。

この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている
朝陽七彩
恋愛
ここは。
現実の世界ではない。
それならば……?
❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋
南瀬彩珠(みなせ あじゅ)
高校一年生
那覇空澄(なは あすみ)
高校一年生・彩珠が小学生の頃からの同級生
❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋

老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる
八神 凪
ファンタジー
世界には多種多様な種族が存在する。
人間、獣人、エルフにドワーフなどだ。
その中でも最強とされるドラゴンも輪の中に居る。
最強でも最弱でも、共通して言えることは歳を取れば老いるという点である。
この物語は老いたドラゴンが集落から追い出されるところから始まる。
そして辿り着いた先で、爺さんドラゴンは人間の赤子を拾うのだった。
それはとんでもないことの幕開けでも、あった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる