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第3章 知って 向き合って そして進んで
味方についてくれる人
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その夜。
「おい。お前に客だってよ。すぐに正門に向かえ。」
ルカにそう言われ、キリハは宮殿内に建つビルの間を駆けていた。
こんな時間に誰だろうか。
ルカに訊ねてみたが、相手が誰なのかは彼も知らないそうだ。
「あ。」
ふと、キリハは声をあげる。
見えてきた大きな正門の近くに、よく見知った男女二人組の姿があった。
彼らは正門の外にいるらしい誰かと話しているようで、こちらに背を向けている。
「おーい、何して―――」
声をかけようとした、その矢先。
「だから、そこは悩むとこじゃないって言ってんでしょ!? それでも、副隊長張ってる男だっての!?」
「いってぇ!!」
甲高い一喝と共に、女性の張り手が隣にいた男性の背中に命中した。
「お前なあ、ちったあ加減しろよ!」
「ヘタレてる男にかける情けはないわよ。人間嫌いだったかなんだか知らないけど、それを言い訳にしてんじゃないっての。」
「うぐっ……ホントにお前、人の痛いとこを抉るの得意だよな。」
「あぁら、はっきり言ってやってるんだから、感謝してほしいくらいだわ。」
「ちょっと待て!? お前、だんだん性格変わってきてるぞ!?」
相変わらず、仲のいい二人だ。
そんなことを思いながら、彼らにそろそろと近づいていると……
「ははは、なるほどね。僕が呼ばれた理由が、分かった気がする。」
彼らの話し相手らしい、第三者の声が聞こえたきた。
(この声……)
聞き覚えのあるその声に、思わず足取りが軽くなった。
「やっぱり、エリクさんだった。」
一気に正門まで駆けて、キリハはこちらに背を向けている男性の後ろから、ひょっこりと顔を出した。
「うおっ、キー坊!?」
突然のキリハの登場に、背中を叩かれて飛び上がっていた男性―――ミゲルが驚いて体を仰け反らせた。
「キリハ君、こんばんは。」
「こんばんはー。」
微笑むエリクに挨拶を返し、キリハはこちらを見下ろして固まっているミゲルに視線を移す。
「どうしたの?」
「い、いや…。キー坊、どこから話聞いてた?」
唐突にそんなことを訊ねてくるミゲル。
キリハはきょとんと目をしばたたかせる。
「何も聞いてないよ。なんか、ララがミゲルのことを叩いてたのは見えたけど。内緒の話でもしてた?」
嘘をつく理由もないので、正直に答えて首を傾げる。
すると。
「いや、聞いてないならいいんだ……」
明らかに安堵するミゲルだったが―――
「この馬鹿があんまりにもうじうじしてるから、思い切り喝を入れてたんですよ。」
隣のララが躊躇なくそう言い放ったことで、緩みかけたその表情がまた固まった。
「ばっ、馬鹿!」
「馬鹿はどっちよ。ここで濁したら、かえってキリハさんが不安になるでしょ! あんたはいちいち、虚勢を張ってかっこつけてばっかなのよ!」
慌てるミゲルをばっさりと切り捨て、ララはキリハに向き合った。
「いい加減、キリハさんの努力を認めてやってもいいだろって、そう思うんですって。」
「え…?」
ララのその言葉に、キリハは目をまんまるにする。
自分のことではないからか、ララの口はとても快活に回った。
「それとなく根回しをしてるけど、これがなかなか上手くいかないんだって、へこんでるわけなんですよ。今回は親友のジョーさんと真っ向から対立してるだけあって、手強いのなんの。〝おれがあいつに、交渉術で敵うわけねぇー…〟って、毎日のようにぼやいてますから。」
「お、おい……それ以上は……」
口元をひきつらせるミゲルを空気のように無視し、ララはぺらぺらと話を続ける。
「キリハさんにのしかかりそうな責任を代わりに背負ってやるくらいの気概はあるくせに、それを表立って言えば、今の部隊が本当に真っ二つになりそうだって気にしてるんです。まったく……そんなに部下たちのことが信用できないんですかね?」
「そ、そんなことは―――」
「そんなことはないって言うなら、自分の立ち位置くらいはっきりさせなさいよ。今まで積み上げてきた信頼が本物なら、対立すべき時と協力すべき時くらいの分別はできるでしょ。」
「だから、何ができるか分からねぇのに、そんな中途半端な段階で期待させるようなことを言ってもだな……」
「またそう言う。」
ララの声が不機嫌そうに低くなる。
「そこは悩むとこじゃないって、何度言えば分かるの? 誰かを支えることに、躊躇なんて必要なの? そもそも何ができるか分からないって言うけど、あんたは一人でなんでもかんでもできると思ってるわけ?」
「………」
「自覚してるなら、最初から一人で背負い込むんじゃないの。信用してるなら、遠慮なく巻き込んでやりなさいよ。三人寄れば文殊の知恵っていうでしょ?」
とうとう黙り込んでしまったミゲルに、ララはきっぱりと言葉を叩きつける。
そして。
「―――って、お説教しようかなって思ってたとこだったんですよ。」
くるりとキリハに向き直り、にっこりと笑った。
話の流れについていけずにまばたきを繰り返していたキリハの両手を握り、ララはその表情を優しげに和らげる。
「大丈夫ですよ。キリハさんは、絶対に一人じゃありませんからね。代わりに言っといてあげますけど、とりあえず後ろの馬鹿は、キリハさんの味方につく気満々みたいなんで。じゃんじゃんこき使ってあげてください。」
ララはキリハの両手を握る手に力を込める。
それでより伝わってくる手の温かさが、言葉の温かさも一緒に伝えてくるようだった。
キリハは目をしばたたかせてミゲルを見やる。
ララに色々と暴露されたことで格好がつかなくなったミゲルは、どうしてこうなったとでも言いたそうな様子で顔を覆っていた。
そんな彼はキリハの視線に気付くと、諦めたように息を吐いてその頭を少し乱暴に掻き回す。
「そういうわけだ。なんか困ったことがあったら言え。頑張って交渉してくるからよ。」
言っていて照れくさいのか、ミゲルの頬は微かに色づいているように見えた。
(夢……じゃないんだ……)
そう感じて、さっきまでの自分が放心していたらしいことに気付く。
ふわふわと宙に浮いているようだった心が地につくと同時に、ララとミゲルの優しさに柔らかく包まれて胸が温かくなる。
「ありがとう。すっごく嬉しい。」
満面の笑みを浮かべ、キリハは明るい声でそう答えた。
こちらの反応が想像以上だったらしく、ミゲルが一瞬虚を突かれたように固まって、次に照れくささを振り払うように頭を振った。
「やめろって。大したこともしてねぇのにそんなことを言われたら、なんか申し訳が立たねぇじゃねぇか。」
「そんなことないよ。」
キリハはミゲルをまっすぐに見つめる。
「俺、知ってたよ。ミゲルは最初から、俺のことを一番心配してくれてたもんね。影で色々と手伝ってくれてたのにも、ずっとお礼を言わなきゃって思ってたんだ。」
ドラゴンの食事を地下フィルターの前まで持ってくるのは、いつもミゲルだった。
それと研究部の人から聞いたのだが、ドラゴンの処遇がなかなか決まらないのは、ミゲルが研究部と組んで交渉に乗り出ているからなのだそうだ。
「本当にありがとう。一人じゃないんだね、俺。」
音に乗せて言うと、胸の温かさがほんわかと増すようだった。
「……ったく。キー坊には敵わねぇな。格好つかなくて情けないぜ……」
「だから、かっこつける必要ないんだってば。」
困ったように笑うミゲルの傍で、ララがまた唇を尖らせる。
「うるせ。無様な姿を見せたくないから、あえてかっこつけんだよ。お前には分からんだろうけどな。」
「ああっ! なんか、馬鹿にしてるでしょ!?」
頬をつんつんとつつくミゲルにララが抗議的な声をあげるが、ミゲルは意地悪く笑って彼女を見下ろすだけだ。
「ま、いいや。とりあえず、おれらは戻るわ。悪いな、なんか愚痴みたいなことを聞かせちまって。」
ミゲルはエリクに軽く頭を下げる。
「全然大丈夫だよ。話を聞くくらいなら、いくらでもできるからね。なんなら、今度また飲みにでも行こうよ。」
「そうだな。予定空けとくわ。」
にこやかに言うエリクに頷いて、ミゲルはララを連れて宮殿本部の方へ戻っていった。
「………」
そんな二人を見送るキリハとエリクの間に落ちるのは、なんともいえない沈黙。
「キリハ君。」
それを打ち破ったのは、エリクの方だった。
「ここじゃ落ち着いて話もできないし、ちょっと散歩にでも行こうか。」
そう提案してくるエリクに一瞬戸惑いながらも、キリハは小さく首を縦に振った。
「おい。お前に客だってよ。すぐに正門に向かえ。」
ルカにそう言われ、キリハは宮殿内に建つビルの間を駆けていた。
こんな時間に誰だろうか。
ルカに訊ねてみたが、相手が誰なのかは彼も知らないそうだ。
「あ。」
ふと、キリハは声をあげる。
見えてきた大きな正門の近くに、よく見知った男女二人組の姿があった。
彼らは正門の外にいるらしい誰かと話しているようで、こちらに背を向けている。
「おーい、何して―――」
声をかけようとした、その矢先。
「だから、そこは悩むとこじゃないって言ってんでしょ!? それでも、副隊長張ってる男だっての!?」
「いってぇ!!」
甲高い一喝と共に、女性の張り手が隣にいた男性の背中に命中した。
「お前なあ、ちったあ加減しろよ!」
「ヘタレてる男にかける情けはないわよ。人間嫌いだったかなんだか知らないけど、それを言い訳にしてんじゃないっての。」
「うぐっ……ホントにお前、人の痛いとこを抉るの得意だよな。」
「あぁら、はっきり言ってやってるんだから、感謝してほしいくらいだわ。」
「ちょっと待て!? お前、だんだん性格変わってきてるぞ!?」
相変わらず、仲のいい二人だ。
そんなことを思いながら、彼らにそろそろと近づいていると……
「ははは、なるほどね。僕が呼ばれた理由が、分かった気がする。」
彼らの話し相手らしい、第三者の声が聞こえたきた。
(この声……)
聞き覚えのあるその声に、思わず足取りが軽くなった。
「やっぱり、エリクさんだった。」
一気に正門まで駆けて、キリハはこちらに背を向けている男性の後ろから、ひょっこりと顔を出した。
「うおっ、キー坊!?」
突然のキリハの登場に、背中を叩かれて飛び上がっていた男性―――ミゲルが驚いて体を仰け反らせた。
「キリハ君、こんばんは。」
「こんばんはー。」
微笑むエリクに挨拶を返し、キリハはこちらを見下ろして固まっているミゲルに視線を移す。
「どうしたの?」
「い、いや…。キー坊、どこから話聞いてた?」
唐突にそんなことを訊ねてくるミゲル。
キリハはきょとんと目をしばたたかせる。
「何も聞いてないよ。なんか、ララがミゲルのことを叩いてたのは見えたけど。内緒の話でもしてた?」
嘘をつく理由もないので、正直に答えて首を傾げる。
すると。
「いや、聞いてないならいいんだ……」
明らかに安堵するミゲルだったが―――
「この馬鹿があんまりにもうじうじしてるから、思い切り喝を入れてたんですよ。」
隣のララが躊躇なくそう言い放ったことで、緩みかけたその表情がまた固まった。
「ばっ、馬鹿!」
「馬鹿はどっちよ。ここで濁したら、かえってキリハさんが不安になるでしょ! あんたはいちいち、虚勢を張ってかっこつけてばっかなのよ!」
慌てるミゲルをばっさりと切り捨て、ララはキリハに向き合った。
「いい加減、キリハさんの努力を認めてやってもいいだろって、そう思うんですって。」
「え…?」
ララのその言葉に、キリハは目をまんまるにする。
自分のことではないからか、ララの口はとても快活に回った。
「それとなく根回しをしてるけど、これがなかなか上手くいかないんだって、へこんでるわけなんですよ。今回は親友のジョーさんと真っ向から対立してるだけあって、手強いのなんの。〝おれがあいつに、交渉術で敵うわけねぇー…〟って、毎日のようにぼやいてますから。」
「お、おい……それ以上は……」
口元をひきつらせるミゲルを空気のように無視し、ララはぺらぺらと話を続ける。
「キリハさんにのしかかりそうな責任を代わりに背負ってやるくらいの気概はあるくせに、それを表立って言えば、今の部隊が本当に真っ二つになりそうだって気にしてるんです。まったく……そんなに部下たちのことが信用できないんですかね?」
「そ、そんなことは―――」
「そんなことはないって言うなら、自分の立ち位置くらいはっきりさせなさいよ。今まで積み上げてきた信頼が本物なら、対立すべき時と協力すべき時くらいの分別はできるでしょ。」
「だから、何ができるか分からねぇのに、そんな中途半端な段階で期待させるようなことを言ってもだな……」
「またそう言う。」
ララの声が不機嫌そうに低くなる。
「そこは悩むとこじゃないって、何度言えば分かるの? 誰かを支えることに、躊躇なんて必要なの? そもそも何ができるか分からないって言うけど、あんたは一人でなんでもかんでもできると思ってるわけ?」
「………」
「自覚してるなら、最初から一人で背負い込むんじゃないの。信用してるなら、遠慮なく巻き込んでやりなさいよ。三人寄れば文殊の知恵っていうでしょ?」
とうとう黙り込んでしまったミゲルに、ララはきっぱりと言葉を叩きつける。
そして。
「―――って、お説教しようかなって思ってたとこだったんですよ。」
くるりとキリハに向き直り、にっこりと笑った。
話の流れについていけずにまばたきを繰り返していたキリハの両手を握り、ララはその表情を優しげに和らげる。
「大丈夫ですよ。キリハさんは、絶対に一人じゃありませんからね。代わりに言っといてあげますけど、とりあえず後ろの馬鹿は、キリハさんの味方につく気満々みたいなんで。じゃんじゃんこき使ってあげてください。」
ララはキリハの両手を握る手に力を込める。
それでより伝わってくる手の温かさが、言葉の温かさも一緒に伝えてくるようだった。
キリハは目をしばたたかせてミゲルを見やる。
ララに色々と暴露されたことで格好がつかなくなったミゲルは、どうしてこうなったとでも言いたそうな様子で顔を覆っていた。
そんな彼はキリハの視線に気付くと、諦めたように息を吐いてその頭を少し乱暴に掻き回す。
「そういうわけだ。なんか困ったことがあったら言え。頑張って交渉してくるからよ。」
言っていて照れくさいのか、ミゲルの頬は微かに色づいているように見えた。
(夢……じゃないんだ……)
そう感じて、さっきまでの自分が放心していたらしいことに気付く。
ふわふわと宙に浮いているようだった心が地につくと同時に、ララとミゲルの優しさに柔らかく包まれて胸が温かくなる。
「ありがとう。すっごく嬉しい。」
満面の笑みを浮かべ、キリハは明るい声でそう答えた。
こちらの反応が想像以上だったらしく、ミゲルが一瞬虚を突かれたように固まって、次に照れくささを振り払うように頭を振った。
「やめろって。大したこともしてねぇのにそんなことを言われたら、なんか申し訳が立たねぇじゃねぇか。」
「そんなことないよ。」
キリハはミゲルをまっすぐに見つめる。
「俺、知ってたよ。ミゲルは最初から、俺のことを一番心配してくれてたもんね。影で色々と手伝ってくれてたのにも、ずっとお礼を言わなきゃって思ってたんだ。」
ドラゴンの食事を地下フィルターの前まで持ってくるのは、いつもミゲルだった。
それと研究部の人から聞いたのだが、ドラゴンの処遇がなかなか決まらないのは、ミゲルが研究部と組んで交渉に乗り出ているからなのだそうだ。
「本当にありがとう。一人じゃないんだね、俺。」
音に乗せて言うと、胸の温かさがほんわかと増すようだった。
「……ったく。キー坊には敵わねぇな。格好つかなくて情けないぜ……」
「だから、かっこつける必要ないんだってば。」
困ったように笑うミゲルの傍で、ララがまた唇を尖らせる。
「うるせ。無様な姿を見せたくないから、あえてかっこつけんだよ。お前には分からんだろうけどな。」
「ああっ! なんか、馬鹿にしてるでしょ!?」
頬をつんつんとつつくミゲルにララが抗議的な声をあげるが、ミゲルは意地悪く笑って彼女を見下ろすだけだ。
「ま、いいや。とりあえず、おれらは戻るわ。悪いな、なんか愚痴みたいなことを聞かせちまって。」
ミゲルはエリクに軽く頭を下げる。
「全然大丈夫だよ。話を聞くくらいなら、いくらでもできるからね。なんなら、今度また飲みにでも行こうよ。」
「そうだな。予定空けとくわ。」
にこやかに言うエリクに頷いて、ミゲルはララを連れて宮殿本部の方へ戻っていった。
「………」
そんな二人を見送るキリハとエリクの間に落ちるのは、なんともいえない沈黙。
「キリハ君。」
それを打ち破ったのは、エリクの方だった。
「ここじゃ落ち着いて話もできないし、ちょっと散歩にでも行こうか。」
そう提案してくるエリクに一瞬戸惑いながらも、キリハは小さく首を縦に振った。
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