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第3章 知って 向き合って そして進んで
ジョーの苛立ち
しおりを挟む「ふふ…。誰からも恐れられている情報の覇者たるお前さんに〝会えてよかった〟とは…。やっぱり、あの子は見応えがあるのう。」
「……いつから見ていたんです?」
「いつからかのぅ。お前さんが、そこから飛び出してきた辺りからかのう。」
殺気すら伴っているジョーの視線を受けながら、ケンゼルは上機嫌で髭をなでていた。
「キリハ君に、余計なことを吹き込んでいないでしょうね?」
ジョーの口腔から、地を這うように低い声が漏れる。
ケンゼルはそれに、大袈裟な仕草で肩をすくめた。
「大丈夫じゃよ。ちょこーっと、歴史の授業をしたくらいじゃ。さすがのわしも、いくら気に入っとるからって、そう簡単に機密事項をほいほいと教えたりせんわい。」
「あなたのその言葉ほど、信用できないものはないんですよ。」
「まあ、打った分綺麗に響いてくる子だったから、もう少し可愛がってやりたかったがのう。」
「―――……」
その瞬間、ジョーの顔から表情が抜け落ちた。
無に彩られた表情の中で、その双眸だけが対照的に爛々と揺れている。
それこそ、視線だけで人を射殺してしまいそうだった。
「そうカッカするんじゃない。お前さんといいディアラントといい、この老いぼれの数少ない楽しみを邪魔しなくてもいいじゃないか。」
「時と場合によりますよ。あの子は、何も知らない子供なんですから。」
「―――だからこそ、じゃよ。」
ケンゼルが放つ声のトーンが一気に下がる。
「そうじゃ。あの子は、まだ何も知らない。だからこそ知りたがるのじゃ。自分のためにも、周りの連中のためにも、あの子は知ることを選んだのじゃ。お前さんたちにもたれかからないよう、自分で考えて立とうとしておる。無理に遠ざけようとしても、かえって逆効果というもんじゃぞい。知ることで痛い目を見ても、それはあくまで知ることを選んだ自分の責任じゃ。あの子も、それをちゃんと理解しておる。そういう目をしておったぞ?」
「やめてくださいよ。」
溜め息をつきながらケンゼルを止めたジョーは、うんざりとした表情を浮かべた。
「その手の話なら、あなたと大の仲良しの狸親父に、嫌というほど聞かされてきたばかりなんです。あなたたちみたいに、ある程度の高みにいる方から見れば、キリハ君は大層可愛く見えるのでしょうね。―――でも僕は、キリハ君には余計なことを教えるべきではないと考えます。」
ジョーはきっぱりと言い切った。
「僕はキリハ君が、この世界の汚さを受け止めきれるとは思いません。ルカ君たちも含め、本来民間人である竜騎士隊の彼らは、そもそもここにいるべき人間じゃないんですよ。一緒に任務に就いている以上、彼らを無事に本来の居場所へ帰すのは僕たちの義務です。その手段として情報を遮断するのは、往々にしてあることでしょう。」
「そうかのう? わしは、あの子は相当化けると思うがのう。」
「別に、ここで化けさせる必要はないという話です。ディアもそう思っています。というか、傍観者は傍観者らしく、知らぬ存ぜぬの態度を取ってくださいよ。僕の人生だけではなく、あの子の人生にまで首を突っ込む気なんですか?」
ジョーの口調に、どんどん棘が混ざっていく。
事実、内心でかなり苛ついている自分がいることを、ジョーは自覚していた。
キリハが一人で研究部に向かったという情報を掴んで、慌ててそこに乗り込んだものの、キリハの姿はそこになく。
問い質してみても、研究部の皆は結託したように口を割らず、その時点でかなり気は立っていた。
引き下がったふりをして、裏で個人的に研究部の人間を脅し、キリハがオークスに連れていかれたことを吐かせたはいいが、オークスの元に辿り着いた頃には時すでに遅し。
その後散々オークスの長話に付き合わされ、満足したオークスから告げられたのが、ケンゼルの名だったわけだ。
全てが後手に回ってしまっているこの状況。
普段の自分なら、ありえないことだ。
憮然とするジョーに対し、ケンゼルはあくまでも穏やかだった。
「もちろん、基本的には傍観者でおるつもりじゃよ。ただ、やっぱり気まぐれっていうのは、誰にでもあるものじゃろう?」
「気まぐれ? あなたらしくないですね。」
相手の人間性よりも情報の価値に重きを置くケンゼルの口から、よもや〝気まぐれ〟という言葉を聞こうとは。
皮肉のつもりで言ったのだが、それを聞いたケンゼルは、何故か面白そうに笑みを深めた。
「らしくない、か。その言葉、そっくりそのままお前さんに返してやろう。」
「おっしゃる意味が分かりかねます。」
売り言葉に買い言葉の速さでジョーは言い返す。
すると、ケンゼルはくすくすと笑い始めた。
「ほれほれ。いつもの鉄壁スマイルはどこへ行ったんじゃ? お前さんらしくないのう? 悪魔がただの人間になってしまったようじゃぞ?」
「なっ…」
カッと顔を赤くするジョーを煽るように、ケンゼルがからかい口調で続ける。
「お前さんの行動基準は、面白そうか否かではなかったか? 今は何が面白くて、そんなに怒ってるのかのう~?」
「―――っ」
喉の奥からせり上がってきた衝動を、ジョーは無理やり押し殺した。
だめだ。
ここで感情的になっては、ケンゼルの思う壺だ。
奥歯を噛み締めるジョーを見据えるケンゼルは、上機嫌で声を弾ませる。
「あの子は、本当に面白い。あんなに情報主義で利己的だったお前さんを、ここまで変えるんじゃから。わしはてっきり、お前さんは二年くらいで国防軍に戻るかと思ってたがのう。契約上動けないのか、それとも……案外、そっちでの暮らしが気に入ってしまったか? どちらにせよ、わしは今のお前さんの方が、人間らしくて好ましいがの。」
「―――それで? 僕がどう答えれば、あなたは満足なんです?」
その声が発せられた瞬間、その場に満ちる空気がぐっと下がるような感覚が、ケンゼルを襲った。
少しだけ目を見開くケンゼルに、ジョーは人形めいた無表情で告げる。
「生憎と、僕は特に何も変わっていませんよ。百歩譲って、今の環境が悪くないと感じていることは認めましょう。国防軍は面白味の欠片もないし、ある程度の情報は網羅しましたしね。それに……今の僕には、ランドルフ上官とのあの契約が何よりも重要なので。」
淡々と、機械的に。
ジョーの口から発せられる声からは、人間味というものが徹底的に排除されていた。
「キリハ君のことだって、仕事上の責務を全うしているだけです。邪魔になれば、容赦なく潰す用意はあります。」
「そんなに意固地になることもないんじゃぞ。」
やれやれ。
相変わらず頑固で困ったものだ。
ケンゼルは思わず息をついた。
「世の中には、色んな人間がおるもんじゃ。お前さんが今まで出会わなかっただけで、あんな風に、何があっても純粋さを保てる子もおるんじゃぞ。」
「僕がそれを一番信じていないことくらい、あなたはもうご存知ですよね?」
ジョーはにっこりと笑って、ケンゼルの言葉を遮った。
そこにあるのは―――高くそびえる巨壁のような否定と拒絶。
「そろそろ失礼します。このまま無駄話をしていては、仕事に差し支えるので。」
踵を返したジョーは、ふとした拍子に歩みを止める。
「でも、今回のお話はなかなかに有意義でした。確かに今の僕は、本来の自分を見失っていたようです。いい原点回帰になりますよ。」
そう言い残し、ジョーはケンゼルを一切振り返らずに、すたすたと歩いていった。
そんなジョーを見えなくなるまで見送り……
「…………ほほおぉ……」
ケンゼルは目をまんまるにして髭をなでた。
「本当に頑固な奴じゃ。じゃが……―――甘くなったのう。」
ふいに止まるケンゼルの手。
「仕事だけの仲だというなら、単純にディアラントに報告するだけでよかろう。お前さんが、わざわざ直接ここに来る必要はなかったんじゃないか? ここが何階だと思っとるんじゃ。あんなに息を切らせて……エレベーターを待つ時間すらも惜しいくらい、あの子を心配していたということじゃろう? ばればれじゃぞ。ほっほっほ。」
朗らかに笑い、ケンゼルは自室へ戻るために体の向きを変える。
「そうじゃよ。わしは、キリハが可愛いぞい。なんたって……お前さんに、あそこまでの影響を与えておるんじゃからな。」
とても優しげに呟いた彼は、最後にもう一度だけ後ろを振り返った。
「あの子を守りたいなら、必死に守っておれ。それで、いつかお前さんも変わって……―――いや、元に戻れるといいな。」
願いのようなその言葉を聞く者は、誰もいない―――
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