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第2章 だだ、生きているだけなのに……
今だけは、同じ夢を―――
しおりを挟む「じっとしててねー。」
声をかけながら、大きな翼をゆっくりと広げる。
「うん、傷も結構塞がってきたね。よかった。」
安堵しながら首筋をなでてやると、小さなドラゴンは心地よさそうに目を細めて、小さな鳴き声をあげた。
このドラゴンが暴れることがなくなってからというもの、こまめに手当てをしたかいもあって、翼の傷はかなり癒えてきた。
始めは翼に触れる度に痛がっていたのだが、今は特に痛みも感じないようだ。
「よく頑張ったね。君が我慢してくれたから、手当てもしやすかったよ。」
キリハは微笑む。
すると。
―――エラ……イ?
頭の中に、微かに声のような何かが響いた気がした。
「……うん、偉い偉い。」
一度首を傾げながらも、キリハは頷いてまた首筋をなでた。
いつからかは分からないが、このドラゴンと接していると、時々こんな風に不思議な感覚がするのだ。
なんとなくこの子の様子に合っているように感じて、これはこの子の感情なのではないかと期待している自分がいる。
まあこれも、自分の都合のいい幻聴だと言われれば否定できないのだけど……
「ちゃんと……君たちの言葉が分かったらいいのになぁ……」
ぽつりと零れる呟き。
人と人の溝は、埋めようと思えば埋められた。
少しずつでも、自分が小さな変化を起こすことで、開いていた距離も縮められた。
でも、人とドラゴンとなると、ここまで状況が変わってしまう。
ドラゴンたちと一番接してきたはずのルカたちやミゲルたちでさえ、ドラゴンに近づくことを避けているように見える。
最近では自分と目が合うと、気まずげに目を逸らしていくことも多くなった。
ドラゴンは、そんなに怖い存在じゃない。
そう伝えても、皆の根底にある恐怖を完全に拭い去ることはできない。
恐怖を克服しろと強要することもできない手前、そこまで強気な態度にも出られない。
姿形が違う。
言葉が通じない。
そんな違いで、皆の理解を得ることがここまで難しくなる。
自分がドラゴンたちの言葉を理解できたなら、もしかしたら何かが変わったのだろうか。
…………
それまで動かずにこちらを見守っていた大きなドラゴンが、ふいに首を伸ばして頭をすり寄せてくる。
するとそれに倣うように、もう一匹のドラゴンもこちらに身を寄せてきた。
「……ありがとう。なんか、慰められてばっかだね。」
胸に苦い気持ちが広がる。
助けたいと願って頑張って、それが叶わなくて落ち込んで、ここに来る度に彼らに慰められているように思う。
「やっぱり俺には、君たちが危ないとは思えないんだけどな……」
先入観も何もない、素直な気持ちだ。
人間とドラゴンで力比べをすれば、その差は歴然。
仮にこのドラゴンたちが暴れ出したとしたら、《焔乱舞》でも使わない限り、彼らを治めることは不可能だ。
その上に人間と同等の知性を持っていると言われているのだから、確かにドラゴンは、人間にとっての天敵となりえるのだろう。
でも、彼らが知性を持っているからこそ、そこに歩み寄る余地があるのだと思う。
彼らと過ごして分かったことがある。
小さなドラゴンの方は勢い余って自分を押し倒すことが多々あるが、大きなドラゴンは人間との接し方をかなり心得ているように見えた。
体を動かす時には、必ずこちらの気を引いてから動き始めるし、こちらに触れてくる時の力加減も完璧に調整されている。
「ねえ、もしかして……人間とドラゴンが仲良かった時のこと、知ってたりするの?」
訊ねると、大きなドラゴンがピタリとその場で動きを止めた。
間近からアイスブルーの瞳を見つめる。
彼の方も、こちらのことをじっと見つめていた。
互いの瞳を見つめ合ったまま、しばらく。
「……ごめん。訊いても、分かんないのにね。」
キリハは寂しげに目を伏せた。
もしこのドラゴンたちが何かを訴えてきたとしても、自分にはその言葉が分からないのだ。
どんなに彼らがこちらに語りかけてくれていたとしても、それを受け取る自分が分からないのでは意味がない。
(分からない……)
もう、何度思ってきたことだろう。
自分と相手は違う。
積み上げてきた経験も知識も違うのだから、必ずしも伝えたいことが伝わるわけじゃない。
それは知っているつもりだった。
仕方ないことなんだとも思っていた。
でも、今はそれがこんなにもつらい。
自分の気持ちが伝わらないことが。
そして、このドラゴンたちの気持ちが伝わってこないことが。
もし騙されているだけだったら、と。
ジョーはそう危惧していた。
でも自分は、彼らがそんなことをするようには思えない。
かといって、ジョーの危惧を否定する証拠もない。
だから歯痒い。
だから願ってしまう。
ドラゴンのことを、もっと知りたい。
彼らの気持ちを理解したい。
共に歩むことが叶わないのだとしても、せめて互いの幸せを願って別れたい。
どちらかが死ぬことでしか救われないなんて、絶対に認めたくない。
「俺、わがままなのかな…?」
無意識に呟いてしまい、キリハはハッとして首を左右に振った。
「ごめん。俺が弱気になってちゃだめだよね。」
他でもない自分に言い聞かせる。
「今日はもう遅いから帰るね。また明日来るよ。」
ドラゴンたちに笑いかけ、足早にそこを去ろうとした。
しかし。
「………?」
後ろから服を引っ張られて、足が止まる。
振り向くと、小さいドラゴンがふるふると首を振っていた。
―――イカナイデ……
不思議な感覚と共に流れ込んでくる、何かの意思。
キリハは泣きそうな顔で眉を下げた。
これは、都合のいい幻聴なのだろうか。
本当は、一人でいたくない。
誰かに大丈夫だって言ってほしい。
そんな自分の心が生み出している幻。
「……いいよ。今日は、一緒に寝よっか。」
ドラゴンの頭を両手で挟み、そっと自分の額をつけるキリハ。
もしこの声のようなものが幻聴だとしても、ドラゴンたちが自分のことを心配してくれていることは事実だと思う。
都合のいい解釈だと言われてもいい。
どうか、今だけは……
キリハはゆっくりと目を閉じる。
―――どうか今だけは、彼らと共に同じ夢を見させて。
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