竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 《焔乱舞》の静まり

心は同じであるはずなのに……

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 無言でキリハに背を向けるアイロス。
 そして彼は、ドアの隣に設置されているカードリーダーに自分のカードをかざした。


 小さな電子音がして、オートロックのドアの鍵が開く音がする。


「あーあ…。ジョーさんに怒られますよ?」


 ネグレが諦めたように肩を落として、渋々といった様子でキリハを解放する。


「あはは…。まあ、その時は俺が胃痛と戦えばいいだけだよ。複雑だけど、あの人の圧迫尋問には慣れっこなんだ。」


 アイロスは苦笑する。


「それに、キリハ君だけを放り込むつもりはないから。万が一の時の責任は取るよ。」
「そうですね。」


 己の腰に下がる剣を握るアイロスとネグレ。


「じゃあ、行くよ。」


 アイロスがドアの開閉ボタンを押す。
 次の瞬間。


 ――――――ッ


 けたたましい絶叫が、鼓膜を突き破る勢いでとどろいた。


「つっ…」


 耳が痛んだが、そんなことは歯牙にもかけず、キリハは地下シェルターの中に飛び込んだ。


 ルカと共に入った時はとてつもなく広く感じたこの地下シェルターも、ドラゴンを二体も収容するといささか手狭に見える。


 予想はしていたが、暴れていたのは小さなドラゴンの方だった。
 必死に翼と体を動かしているが、その足に何重にも巻かれた太い鎖が邪魔をして、上手く身動きが取れないようだ。


 大きいドラゴンの方は、混乱したように暴れる仲間になすすべもないらしく、シェルターの隅で困ったようにか細く鳴いていた。


 ドラゴンが暴れるほどに、塞がっていない傷口から、血が噴き出しては床に落ちる。
 それを見たキリハは大きく顔を歪め、弾かれたようにその場を駆け出していた。


「キリハ君、待って!」


 アイロスの制止の声は、ドラゴンの悲鳴に掻き消される。


(ごめん……でも、やっぱり無理だよ。)


 自分の体を、自分でも止められない。


 居ても立ってもいられなかった。
 こんなにも苦しげなドラゴンの姿なんて、これ以上見ていられない。


 キリハは、無我夢中でドラゴンの首にしがみついた。


「飛ぼうとしちゃだめだよ! 血が止まらない!」


 必死に訴えるも、ドラゴンは落ち着く様子がない。


「大丈夫だから!」


 ドラゴンが身をよじらせる度に振り落とされそうになるが、それでもキリハは意地で食らいついた。


「このままじゃ、死んじゃう…っ」


 噴き出してくる血が全身を濡らす。
 頭から伝ってきたドラゴンの血が唇の端から入り込んで、口の中に鉄臭い味を広げていく。


「お願いだから……大人しくして……」


 ドラゴンの鳴き声が遠くなる。


「お願い…っ」




 もう、胸が―――痛い。




「うっ…」


 感情が臨界点を越えて、目頭にぐっと熱いものがせり上がってきた。


「ごめん…。俺たちのせいで……」


 そうだよ。
 悪いのは自分たちだ。
 この子だって、暴れたくて暴れているわけじゃないはずだ。


「怖いよね……不安だよね………ごめん……ごめんね…っ」


 長い眠りから目覚めた途端に攻撃され、状況もろくに把握できないまま、こうして閉じ込められて拘束されているのだ。
 ドラゴンたちからしたら、理不尽極まりないだろう。
 この状況で、むしろ暴れない方がおかしい。


 人間と並ぶ知性を持っているなら、きっとドラゴンたちだって、人間と同じように心があるはず。
 それならきっと、こんな意味の分からない状況は怖いに決まっている。


「ごめん……」


 もう、謝ることしかできなかった。


 勝手にドラゴンが危険だと決めつけているのは、人間の方。
 何も知らないのに、知ろうともしない内から、彼らのことを敵だと思い込んでいる。
 そんなの、一方的な暴力と何が違うの?


 見た目が違うだけで、心はきっと同じであるはずなのに。
 それなのに……


 ………………


 気がつけば、いつの間にかドラゴンが暴れることをやめていた。


「うっ……ううっ……」


 静かになったシェルターの中に、自分の泣き声がやたらと大きく響く。


 泣いてどうにかなる問題じゃない。
 分かっていても、あふれてくる涙を止めることができなかった。


 もしかしたら、このドラゴンたちは殺されてしまうかもしれない。
 そう思うと、罪悪感で押し潰されてしまいそうだった。


 大人しくなったドラゴンが、こちらの様子を気にする素振りを見せる。
 その頭上から首を伸ばしてきた大きいドラゴンが、まるでなぐさめてくれるように頭をすり寄せてきた。


 その優しさを感じながら、胸は悔しさともどかしさでさらにきしむ。


 助けてあげたい。
 分かり合える余地があるなら、そこに希望を見出だしたい。


 なのに、どうして……


 ドラゴンたちに身を預けて、キリハはしばらく、声を殺して泣いた。

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