167 / 598
第1章 《焔乱舞》の静まり
重たい沈黙
しおりを挟む「あらぁ…。これはこれは……」
責任者クラスの応援が欲しい。
ディアラントからのそんな応援要請によりロッカ森林へと訪れたフールは、そこで待っていた光景にそう呟くしかなかった。
陣営を崩さず、未だに警戒態勢を保っているディアラントたち。
その視線の向こうでは……
「あははははっ! くすぐったいって! ちょっと待ってよー!!」
地面に押し倒されて大笑いしているキリハと、まるでじゃれつくように頭をすり寄せて、キリハの頬を舐めてまくっているドラゴンの姿。
彼らから少し離れた先では、キリハにじゃれつくドラゴンより遥かに大きなドラゴンが、微笑ましそうにその光景を眺めていた。
「なるほどねぇ…。僕が呼ばれた理由が、よく分かったよ。」
「すまん。」
苦笑いで言うフールに、ディアラントは参ったと言わんばかりに肩を落とした。
「キリハ以外の奴が近づこうとすると、そっちの小さい方が途端に威嚇してくるもんだから、下手に動けないんだよ。こっちとしては、早くキリハの手当てをしたいんだけどさ……」
「キリハ、怪我してるの?」
「右手をちょっと引っ掻かれた。本人は忘れてそうだけど。」
「……なるほど、ね。」
フールの声のトーンがすっと落ちる。
彼は何かを悟った様子でキリハたちを見つめ、やがて静かに宙を滑ってキリハたちへと近寄った。
「!!」
フールの気配をいち早く察知した小さいドラゴンが、キリハの頬を舐めていた体勢のまま警戒態勢に入る。
「フール……」
ドラゴンの態度の変化でフールの存在に気付いたキリハは、ゆっくりと上半身を起こすと、ドラゴンの背を優しくなでた。
「大丈夫。こいつは怖くないよ。」
口ではそう言いながらも、キリハはさりげなくドラゴンを背後にかばっている。
そんなキリハに、フールはまた苦笑するしかなかった。
「さすが、焔に選ばれただけはあるよね。仲良くなるのが早いんだから。」
「フール、この子たち……」
「………」
眉を下げるキリハに、フールは何も答えなかった。
キリハの後ろで唸っているドラゴンを見つめ、次にその背後に座っているもう一匹のドラゴンに目を移す。
「君…」
微かに息を飲む気配。
「君―――もしかして、眷竜かい?」
呟くように訊ねたフールに、問われたドラゴンの方も驚いたように目を見開いた。
しばしの間続いた、フールとドラゴンの見つめ合い。
それは、ドラゴンの方が動き出したことで終わりを告げた。
彼は目を閉じると、フールに向かって恭しく頭を垂れたのだ。
騒然とするその場の空気。
誰もがフールに驚きと困惑の視線を向ける。
そんな中。
「―――うん。」
フールは納得したように頷いた。
「この子たちが壊れてないのは、本当みたいだね。」
そう言ったフールは、表情を和らげた。
「僕たちは、君たちにこれ以上の危害を加えない。」
小さいドラゴンに向かって、フールはそう語りかける。
「だから、他のみんなが動いても怒らないでくれるかな? 君もキリハも、怪我をしてるでしょ? その手当てをしたいだけなんだ。」
優しく告げるフールだったが、ドラゴンがその言葉を聞き入れる素振りはない。
すると、今度はキリハが動いた。
「俺からもお願い。 みんな優しい人だから、大丈夫だよ。ね?」
何度もその背をなで、キリハは真摯に訴える。
途端に態度を変えたドラゴンが、不安げに鳴きながらキリハを見つめる。
それにキリハが再度「大丈夫だから。」と告げて頷くと、ドラゴンは翼を下ろして、その場にぺたんと座った。
「ありがとね、キリハ。」
フールは微かに笑い、次いで背後のディアラントを振り返った。
「もう大丈夫だよ。」
「総員、武器を下ろせ!」
ディアラントが両手で大きなバツ印を作りながら大声を張る。
それでようやく緊張の糸が切れ、その場の誰もが肩の力を抜いて大きな溜め息をついた。
ひとまず、一つの山は越えられたようだ。
「ありがとう。お願いを聞いてくれて。」
キリハが笑ってドラゴンの首を抱き締めてやると、ドラゴンはどこか嬉しそうに鳴いて、キリハの頭に自分のそれを寄せた。
「それにしても、よくこの子たちが壊れてないって分かったね?」
いつもどおりの口調に戻ったフールが、意外そうな雰囲気でキリハに訊ねた。
「焔が全然動かなかったんだ。それに……」
キリハは顔を上げ、遥か頭上にあるもう一匹のドラゴンを見やる。
「あのドラゴンの目、すっごく優しかったから。」
自分の中の決定打はそれだった。
自分を見下ろしたアイスブルーの瞳には一切の敵意がなくて、そしてとても穏やかだった。
自分たちと戦うつもりはないのだ、と。
言葉はなくとも、そんな気持ちが伝わってくるような気がしたのだ。
「キリハ!」
ふとディアラントに呼ばれた。
それに顔を上げると、何やら箱らしいものが飛んでくる。
「おっと。」
両手でそれを受け取って中身を確認する。
中に入っていたのは、ガーゼや包帯といった救急道具だ。
「オレたちは近寄れないっぽいから、自分で手当てしてくれ。」
「あ……忘れてた。ありがとう、ディア兄ちゃん。」
ディアラントに礼を言い、キリハは救急箱の中から脱脂綿を取り上げて傷の手当てを始めた。
「ほー、器用なもんだね。」
「ま、レイミヤじゃ怪我なんてよくあることだし、俺がみんなの手当てをすることもざらだったからねー。」
手慣れた手つきで包帯を巻きながら、キリハはフールの言葉にそう答える。
「なるほど。……さて、これからどうするかなぁ。」
悩むような仕草を見せるフールに、後ろのディアラントが硬い表情でドラゴンたちを見上げた。
「どうするも何も、肝心の焔が動かないんじゃな……」
ディアラントの言葉に含まれるのは、何やら深刻そうな響き。
思わず、包帯を巻く手が止まった。
ディアラントだけじゃない。
ルカたち竜騎士隊も、ジョーたちドラゴン殲滅部隊もそう。
皆の顔には、とても穏やかとは言い難い表情がたたえられている。
ドラゴンたちに危害を加えないと宣言したフールでさえ、壊れていないドラゴンの出現に戸惑っているようだった。
この状況は、皆にとって喜ばしいものではないのだと。
そのことが、痛いほどに伝わってくる。
「ねえ、フール……」
気まずげな空気を肌で感じ取って、不安に駆り立てられたキリハは、おそるおそる口を開いた。
「この子たち、どうするの?」
訊ねると、フールが露骨に返答に窮する。
「助けてあげられないの?」
「………」
「………っ」
黙したままのフールに、心はより一層不安に煽られる。
「だ、だって…。フール、あの時に言ったじゃん。壊れたドラゴンは、楽にしてやることでしか救えないって。それって、壊れてないなら、他に救いようがあるってことでしょ? 違うの?」
「………」
「フール…?」
「…………ごめんね。」
フールは囁くように告げて、ゆっくりと目を閉じた。
「僕からは、この子たちを生かすとも殺すとも言えないんだ。もちろん、必ずしも処分するってわけじゃないよ。でも………この子たちへの対処が決まるまでには、相当時間がかかると思う。」
「なんで……」
「それだけ、人とドラゴンの間に生まれてしまった溝は深いってことさ。」
まるで突き放すようなフールの口調。
だが、その言葉を否定する者はこの場にいない。
ここにいる人々の表情と雰囲気。
それらが作り出す空気の重さ。
この場を支配するぎこちなさは、あまりにも如実に、フールの言葉の正しさを物語っていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。
世界の十字路
時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく―――
ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。
覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。
自分の見ている夢は、一体何を示しているのか?
思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき―――
「お前は、確実に向こうの人間だよ。」
転校生が告げた言葉の意味は?
異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!!
※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。
魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜
八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。
しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。
魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。
そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。
かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
隻眼の覇者・伊達政宗転生~殺された歴史教師は伊達政宗に転生し、天下統一を志す~
髙橋朔也
ファンタジー
高校で歴史の教師をしていた俺は、同じ職場の教師によって殺されて死後に女神と出会う。転生の権利を与えられ、伊達政宗に逆行転生。伊達政宗による天下統一を実現させるため、父・輝宗からの信頼度を上げてまずは伊達家の家督を継ぐ!
戦国時代の医療にも目を向けて、身につけた薬学知識で生存率向上も目指し、果ては独眼竜と渾名される。
持ち前の歴史知識を使い、人を救い、信頼度を上げ、時には戦を勝利に導く。
推理と歴史が混ざっています。基本的な内容は史実に忠実です。一話が2000文字程度なので片手間に読めて、読みやすいと思います。これさえ読めば伊達政宗については大体理解出来ると思います。
※毎日投稿。
※歴史上に存在しない人物も登場しています。
小説家になろう、カクヨムでも本作を投稿しております。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
スローライフ 転生したら竜騎士に?
梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる