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【第3部】エピローグ
夜空に溶ける呟き
しおりを挟む「ディア兄ちゃん!」
その背に呼びかけると、ちょうど噴水の前で立ち止まっていたディアラントが、ゆっくりと振り返ってきた。
「よ。」
柔らかな月光に照らされる中で、ディアラントは優しげに微笑む。
「主役が二人揃って抜けちゃだめじゃんか。」
「ごめん…。出ていくのが見えたから、つい……」
「ははっ。ちょっと酔い覚ましだよ。」
ちっとも酔っていないくせに、ディアラントはそんなことを言う。
ディアラントが噴水の縁に腰かけたので、キリハはとことこと隣に寄って、同じようにそこへ座った。
「はあ…。今年も大変だったな、ほんと。」
月を見上げ、彼は一言。
〝本当に、大変だと思ってたの?〟
そんな軽口は、ディアラントの静謐な瞳の中に吸い込まれて消えてしまう。
「ディア兄ちゃん?」
思わず呼びかける。
月明りを反射するディアラントの瞳には、なんだか不思議な光が宿っているように見えた。
それは今まで見てきたどんなディアラントとも異なる、物静かで決意に満ちた瞳。
「―――キリハは、さ。」
視線を空に固定したまま、ディアラントが口を開く。
「オレが関係ないところで、この国を見てどう思った? あの人が治める、この国のこと。」
「あの人って……ターニャのこと?」
訊ねると、ディアラントは静かに目を閉じて頷いた。
キリハはじっと思案する。
どう思ったかと問われても、そんな簡単に言葉で表現することなどできない。
こうして訊かれるまで考えたこともなかったという理由もあるが、すぐに答えられるような簡単な問いじゃないように思えたのだ。
「………」
いくら考えても、いい言葉が全然見つからない。
でも、強いて言うなら―――
「なんだかんだで……優しいと思った、かな。」
常に冷静で、とても強くて。
いつもあの凛とした声で、堂々と皆を引っ張ってくれるターニャ。
彼女は何事にも真剣に向き合っていて。
だけど本当は、いつも自分の感情を我慢していて。
きっと、彼女や彼女が治める国を表す言葉はたくさんある。
その数々の言葉の中で、一番しっくりきたのが〝優しさ〟だった。
レイミヤに自分を迎えにきた時も、自分たちに《焔乱舞》の可能性を賭けた時もそう。
ターニャは皆のことを、出口のない袋小路へと追い詰めることはしなかった。
必ず一縷の希望と逃げ道を確保してくれていて、それに甘えることを責めはしなかった。
権力の押しつけにならないように、こちら側の意思を最大限に尊重してくれようと必死だったように思う。
ディアラントの夢を潰してしまったと。
自分は他人を、ひどい戦いの中に放り込むことしかできないのだと。
そう言って泣きそうな顔をしていたターニャの声には、精一杯の優しさがこもっていた。
そんな彼女が治める国はきっと、優しい国になるのだと思う。
「―――そっか。」
ディアラントはキリハの言葉を聞いて、表情を柔らかくほころばせた。
心から、嬉しそうに。
「実はさ……オレ、教師になりたかったんだよね。」
唐突なディアラントの告白。
それにキリハは、きょとんとして目をまたたいた。
「そうなの?」
「うん。キリハに剣を教えるのが、自分でも楽しくてさ。色んな人に剣を教えていきたいなって、そう思うようになったんだ。それでより見分を広げるために、国立の軍事大学に進んだんだよ。」
ディアラントは語りながら腰の剣に手を伸ばし、鞘ごと剣を取ると、それを自分の膝に乗せた。
「でもさ…。将来の夢も理想の未来像もあったけど、オレは自分の剣を、誰のために使うかは決めてなかった。オレのこの目は、人を育てるために使いたい。そこにくっついてくる剣の腕は、おまけ程度でいいやって、そう思ってた。……あの人に会うまでは。」
握っていた剣を両手で抱き、静かに目を閉じるディアラント。
「別に、教師になる夢を捨てたわけじゃない。でも今は、ただあの人のために剣を握っていたいと思った。この剣もこの身も、全部この国に―――いや、あの人に捧げるって誓ったから。」
そこにあるのは、まさに〝誓い〟と表現するにふさわしい強い意志だった。
あの時自分がターニャに言ったことは、間違っていなかったようだ。
そう実感する。
やっぱりディアラントは、自らターニャについていくとを決めたのだ。
どんな理不尽がつきまとってくるのかを理解した上で、あえてドラゴン殲滅部隊にいることを選んでいる。
だから何があっても強く立っていられるし、堂々と胸を張っていられる。
自分でやると決めたからには、とことん本気で向き合う。
今目の前にいるディアラントは自分が知っている彼ではなかったが、なんだか今までで一番彼らしい姿に見えた。
「ディア兄ちゃん……」
「ははっ。突然何言ってるんだかね、オレは。」
ディアラントは困ったように破顔した。
「―――キリハには、知っていてほしかったのかもな。」
小さく零れる、その言葉。
「え? 何?」
あまりにも小さくて聞き取れなかったので訊き返すと、ディアラントは首を横に振った。
そして次に、キリハの頭に向かって勢いよく手を伸ばす。
「わっ…」
「なんでもない。でも―――」
キリハの髪の毛を乱暴に掻き回し、ディアラントはその手を止めた。
「ありがとな、キリハ。オレと一緒に立ち向かってくれて。……それに、オレに曇りのない目をくれて。」
柔らかく、慈愛に満ちた表情で微笑むディアラント。
「………?」
キリハは小首を傾げる。
自分は何か、彼に礼を言われることをしただろうか。
「キリハー?」
考えようとした思考は、食堂の方から聞こえてきた声に阻まれてしまった。
「あ…。みんな、捜してるっぽいね。」
「ま、オレもキリハもいないんじゃ、ただの飲み会になっちゃうもんな。」
反射的に腰を浮かせたキリハに軽く答え、ディアラントはその背中を押した。
「ディア兄ちゃん?」
「ごめん。先に行って、みんなのことを騙しといて。オレは、もうちょいここにいる。」
「ええーっ!」
「あと五分だけ。」
ディアラントは顔の前で手を合わせて、悪戯っぽく笑った。
「もー…。ちゃんと戻ってきてよ?」
キリハは肩を落とし、食堂に向かって駆けていった。
そんなキリハの後ろ姿を、ディアラントは和やかな目で見送る。
「なんだかねぇ……」
大きく息をつきながら、ディアラントは夜空を彩る澄んだ月と星々を見つめる。
「オレの人生、竜使い様様って感じ?」
のほほんと呟くその声は、誰も聞くことなく空気に溶けていくのだった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【第3部】はこれで完結となります。
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
今回暴れまくりのお師匠様については、本編とは別に外伝がございます!
いずれ公開しますので、どうぞお楽しみに~。
【第4部】あらすじ
見た目が違うだけで、心はきっと同じはずなのに……
いつものようにドラゴン討伐へ出動したキリハは、先遣隊からドラゴンが逃走したとの一報を受ける。
逃げたドラゴンを追い詰めたキリハは《焔乱舞》に手をかけるが、そこで何故か《焔乱舞》が沈黙してしまう。
「この子たち、壊れてない!」
キリハが告げたこの言葉は、宮殿に未だかつてない不協和音を生んでいき……
誰も答えが分からないなら、何が〝正しい〟答えになるのだろう。
迷いの中、キリハが出す結論は―――
どうぞ、【第4部】もよろしくお願いいたします!
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